FC2ブログ
土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
2020-02-10-Mon  CATEGORY: 建設
元気しています。

久しぶりに更新。

今年で、現在の会社にお世話になり47年をむかえる。
顧みれば、70年代の建設業から、様々な変転をみてきた。
それぞれの時代、折々、大小のいろいろな問題や課題にぶつかり、いい悪いはともかく、なんとか対応しつつ現在までやってこれた。

今後の大きな問題はなんといっても「人手不足」というキーワードに尽きる。
人が少なくても可能な施工方法。職人技があまりなくても可能な施工。

働き方改革(休み方改革)だけでは、如何なものかと思う。

なかなか、難しい。

今までの課題や苦難、それをなんとか対処してこれた実績のみで楽観視することはできないが
「何とかなる」と信じて、それぞれにやっていくしかないのだろう。
スポンサーサイト



ページトップへ  トラックバック0 コメント0
無題
2019-07-09-Tue  CATEGORY: 建設
元気しています。

継続更新のため記載。

ページトップへ  トラックバック0 コメント0
久しぶり
2018-09-11-Tue  CATEGORY: 建設
元気です。




久しぶりに更新。

今月の3日は、66歳に。翌日4日は、こちらに移住して45年目。7日は今の組織に入社して45年目。節目の9月。

今日は、現在の会社の前にお世話になった会社の会長と電話での話。私がいた頃は、全社員7~8名だったのが、今や63名の会社に発展し、県外でも元請として仕事を受注していたりする。わずか1年と7カ月しか在社しなかったが、仕事の基本をすべて教えてもらった大恩ある会社である。
今後も、ますます発展成長してほしいと願う。
会社名は、株式会社エス・ビー・シー

写真は、なぜか、昔の写真アルバムに貼ってあった「軍艦三笠」とおぼしき写真
軍艦三笠

ページトップへ  トラックバック0 コメント0
自治会
2018-05-14-Mon  CATEGORY: 未分類
まだ、元気させてもらっています。



 夕暮れどき

DSC04212 (1)


昨年度、1年間をとおして122所帯規模の自治会の会長をやらせてもらった。
輪番制なので、誰かがやらないといけない。それが、私の組に回ってきたのだ。朝暗いうちに家を出て暗いうちに帰宅。休みは日曜だけと、ほとんど知らない人たちばかり。
最初は「仕事があるので勘弁してください」と、かたくなに断っていたのだが、周囲を見渡すとご高齢の人ばかりで、たしかに自分しかと思うようになり、近所の人から「応援するから大丈夫」と言われて、仕方ないと引き受けたのだ。

でも、今は「やってよかった」と思っている。今まで知らなかった人たちと顔見知りになったり、ちょっとした会話がはずんだりと、得ることのほうが大きかったと感じている。
様々な地区行事や会合など企画して実施したり、行政とのやりとり、地域の連絡など、想像していたよりも忙しかったが、なんとか消化することができた。さらにいえば、仕事に支障することもなかった。というより、終わってみれば、差し支えないようにすればいいだけのことであった。

仕事と家庭、仕事と地域、対立してみるのではなく、無理しないで、並立してみれば、いいのだと思えるようになった。
と、言いつつ「もう、一回やる?」と問われたら、ちょっと考えて「いや、勘弁してください」と答えるだろう。


ページトップへ  トラックバック0 コメント0
西部版
2018-04-21-Sat  CATEGORY: 未分類
まだ、まだ元気です。




今朝の朝刊(西部版)に掲載されていた。
前回とは違って「西部版」だけ。いま読み返しても、よく掲載されたものだと思う。


「からころとなるや聴こえぬ凍土(いでつち)をげたで歩めば頭(ず)にひびくなり」
母の詠んだ歌です。母は聴覚障害者で生涯のほとんどを無音の世界で過ごしました。十歳を過ぎて耳が聞こえなくなったので、健常者と同じように「しゃべる」ことができました。母とのコミュニケーションは簡単な会話なら口の形や表情で、複雑になると手の甲に指先で文字を書く筆談でした。漢字でもカタカナでも下手な字でなぐり書きしても、指先と手の甲の触れ合いで読み取ってくれました。
生きるため必要にせまられた私は、他の子供たちよりも文字の覚えが早かったようで、幼稚園の頃には小学六年生で習う漢字の一部を読み書きできるようになっていました。
子供の頃の主食は麦飯でした。麦飯は夏場になると腐りやすくなるので朝炊いたご飯はざるに入れて布巾をかぶせて風通しのよい軒下につり下げていました。それでも、夕方になると臭いがして糸をひくこともありました。母は「くんくん」と嗅いで「心配ない」と流水で麦飯を洗い、ぬめりを取り食卓にならべてくれました。そのころ、鍛えられたおかげか、成人してからは怪しいものを食べても食中毒になることは一度もなく鉄の胃袋で過ごしています。



という内容であった。



ページトップへ  トラックバック0 コメント0
<< 2020/03 >>
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -


余白 Copyright © 2005  日々(いや、気のむくままに)読み書き. all rights reserved.