土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
44年目
2017-09-04-Mon  CATEGORY: 未分類
元気です。



昨日は65回目の誕生日。
でも、今日4日のほうが、自分にとっては節目の日にあたる。

44年前の今日、故郷から当地にたどり着いた。はじめての長距離運転ということで、貞光町から友人が助手席に同乗してくれた。
延岡に着いた頃には真っ暗になっていて、腕や肩もこわばっていた。
地域には地域の風土、匂いというものがある。はじめてかいだ延岡の匂いは、工場のものだった。

写真(散歩の途中、日の出と工場)
工場

それから44年。いろいろな人たちのおかげで、元気に暮らしているところだ。

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この道
2017-08-20-Sun  CATEGORY: 貞光町
元気です。

DSC01028_R_20170820105433e35.jpg

この道は、貞光川左岸沿いにある。今はコンクリートで舗装されているが、昔は土のでこぼこ道であった。

今から55年ほど昔、この道の下の河原に一頭の馬が手綱に留められ川草をはんでいた。
土手に遊びに来た友人と私は、どちらからともなく道上から馬に石ころをぶつけて遊びはじめた。
馬にとっては「遊び」ではなかったのだろう。何回か投げているうちに、突然、馬が暴れだした。手綱は簡単に外れた。
馬は河原から道に駆け上がり疾走をはじめた。
写真に見える潜水橋(長橋)を渡ったかと思うと急にUターンしてこちらに暴走してきた。道の上の畑に避難していた私たちの前を凄い速さで通り過ぎたと思うとすぐにこちらに引き返し、また長橋を渡る、そしてUターン。
子供心に「どうなるのだろう」と心配な気持ちになりつつ、行ったり来たりの疾走を見ていたら、持ち主と思われる人が桑畑の端から暴走馬に飛びついてまたがり、ことなきを得たというようなことがあった。

興奮気味の私たちは何事もなかったような顔をして家に帰った。

そういった思い出の道である。
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ストレス
2017-08-11-Fri  CATEGORY: 未分類
元気です。
久々に更新。

台風一過。土曜から日曜の台風5号は、九州の南端をかすめて日向灘の沖合をゆっくりとした速度で通り過ぎて行った。
あれが、上陸して九州を横断していたら、このあたりは甚大な災害になっていたろうと思われる。12年前の台風14号を想定して、いつでも対応できるように準備していたのだ。


ライフイベントストレスチェックというのををやってみた。
結果。300点を越えた。
「300点以上:病気を引き起こす可能性があるほどストレスが溜まっている可能性がある段階」だそうである。
予想以上の高得点に、やや驚いた。

病気を引き起こすようなストレスをためているという自覚は皆無。これぐらいのストレスがあって当たり前だし、少しぐらいのストレスがないと面白くないようにも思える。
とはいえ、ストレスというものを否定するものでもない。私自身のストレス自覚はないけれど、私以外の人たちにストレスを与えているかもしれない、という思いを持つことは、大切だと思う。

ストレスをひとことでいえば「変化」だという。
いいことであるにせよ、悪いことであるにせよ、ある状態から別の状態へと大きな変化があったとき、人間はそれをストレスとして抱えることになる。人は生きている限り、ストレスから解放されることはない。生まれてから死ぬまで人はずっとストレスとともに生きていくことになる。

 日頃の修行でストレスフリーを体得した人のことを「仏」と呼ぶのかもしれないなと思った。

写真は、散歩の途中で写した。止まり木
止まり木

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2017-06-04-Sun  CATEGORY: 未分類
元気です。

今日は「元気です」だけ。

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2017-05-04-Thu  CATEGORY: 未分類
元気です。 (気持ちは・・)




東雲

昨日から休みをしている。

この歳になって、はじめて腰痛を経験している。今朝、立ち上がろうとして「きりり」と腰に痛みが走った。

 ぎっくり腰と いう奴なのかもしれない。
 歳のせいではない、と断言できる。

思いもよらなかったが、世間的には65歳から「高齢者」の範疇に入るとか。
でも、これからは75歳以上を「高齢者」と呼ぼう、という声が提唱されているようだ。これは、同感である。

朝日新聞↓

一般的に65歳以上とされている高齢者の定義について、日本老年学会と日本老年医学会は5日、75歳以上とすべきだとする提言を発表した。65~74歳は「心身とも元気な人が多く、高齢者とするのは時代に合わない」として、新たに「准高齢者」と位置づけた。」



私は、今年の9月で65歳を迎えるわけだが、自分を高齢者だと意識したことはない。
とはいえ、かわいい孫もいるし、体力的にも、筋力の衰え、ひざ関節の痛み、歯の状態、頭髪、顔のしわ、など、毎朝の鏡を見れば「爺」とよばれてもおかしくはないかもしれない。でも、気持ちは年寄りとは思えない。

 5年前には大病を経験したものの、それも緩解し「いい経験だった」と思っているぐらいで、数値的にも健康そのものである。
今も、伸びる一方の孫に負けないようにと、毎夜、寝静まったあとで、腕立て伏せ20回3コースをこなすこともできる。なので「准・・」というのも抵抗がある。

カーネルサンダースも伊能忠敬も歳をとってからの活躍だと自分に言い聞かせる。
高齢者、準高齢者、まだ捨てたものではないのである。
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