プロフィール

G3(じーさん)

Author:G3(じーさん)



孫が居るので、そのまんまG3(じーさん)です。
 徳島県で生まれ育ち、宮崎県に住んでいます。
  地場中小建設業に勤務する、自称土木技術屋です。最近は、永く現場を離れているため、培われた「技術」も、かなりあやしくなっています。

●たかが資格、されど資格。

普通自動車免許

自動二輪免許(ただし400CCまで)

衛生管理者

労働安全コンサルタント(土木)

宅地建物取引主任者(ペーパードライバー)

乙種火薬類取扱保安責任者(実際に爆破作業に従事していたのは二十年以上も前なので、ペーパードライバー気味かな・・)

技術士(建設部門「施工計画、施工設備及び積算」)

技術士(総合技術監理部門)

一級土木施工管理技士(これで仕事していたものだ)

一級造園施工管理技士(ペーパードライバー)

二級管工事施工管理技士(これも、ペーパードライバー)

VEリーダー (これもぺーパードライバーだな・)

コンクリート技士(コンクリートと地質が好きです)

好きなもの、嫌いなもの。
【好きなもの】盆踊り、渡し舟、縄文時代、近代の土木構造物、食べること、河川、非・合理、フォークソング、加川良、高田渡、書物、落語、講談、映画、Web・・・・・
【嫌いなもの】脱脂粉乳、蛇、卑怯な人、理不尽な人、薬、注射、合理、弱肉強食。。。。。。。。
 

※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません


リンクは、ご本人に連絡しないまま「無断」でリンクさせていただいております。お許しください。
 ご許可いただけない場合はご連絡ください。
 くわしいプロフィールは
 http://www.geocities.jp/g3nobeoka/ 


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DATE: CATEGORY:昭和の話
 はじめての歌謡曲は、三曲あります。

 今でも覚えているのは、幼稚園で聞いた「月がとっても青いから」。何で幼稚園なのか、わかりませんが、幼稚園の職員室の前(玄関)で、耳にした覚えがあります。

 「月がとっても青いから」・・・・・昭和30年に発表されたようです。

 そして、知らず知らず、口ずさんでいたのは「若いおまわりさん」。もーち、もーち、などと唄っていたようです。
 「若いお巡りさん」・・・・・昭和31年に出た歌です。


 父が教えてくれたのは「おーい、船方さん」。

 オーイ、船方さん 船方さーんよ
 土手で呼ぶ声 聞こえるか
 姉さかぶりが見えないか
 エンヤサーと回して
 停めておくれよ船足を
 ふーなーあーしーを。

 この歌を、歌の意味と一緒に教えてくれました。

 「船方さんよ」・・・・・・・昭和32年に出た歌です。


 ・・・・・ということは、私が、4歳から5歳にかけての歌ということになります。

 ひなたは、今、四歳。

 今の情報過多の時代の中で、ひなたは、どんな歌を、歳を経ても覚えているものかなあ。


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DATE: CATEGORY:昭和の話

   子供の頃、父親に腕枕をしてもらって、創作童話や昔話などを聴きながら寝ていた。父は、話がおもしろくて、例えば「浦島太郎」の話でも、乙姫様の住む竜宮城に行くまでの話しは波乱万丈で、ついには、たどりつかないまま、未完に終わったこともある。

 また、父の子供時代の話や、村に住んでいた奇人・変人の話など、父と一緒に寝て、話を聞くのが楽しみであった。



 このところの私は、ipodの中に入っている落語を聴きながら寝ている。私のipodは、落語と音楽の比率は6:4ぐらいになっている。

 昨夜は、米朝さんの話を聞きながら、いつのまにか眠っていた。途中で起きて、ipodの電源を切って、朝まで眠る、そんなことを繰り返している。

 父の寝物語が落語に変わった、そんなところだ。

 10歳前後の子供の頃に植えつけられたものは、 今でも、身に付いているものだな、と思う。
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DATE: CATEGORY:昭和の話

  私が生まれ育った家は、二階建てでした。

 総二階で建てた家屋に、あとからトタン屋根の平屋を付け加えたような造りになっていました。

 養蚕のために建てた家屋だった、と母から聞かされたことがありました。つまり、住居用ではなかったのです。

 床下には、大きな穴倉があると母が言っていました。 のぞきこんでみると、真っ暗でなにやら深い穴があるようでした。床下は恐くて入ったことはありません。

 そこには「主」が住んでいる、そう信じ込んでいました。

  「主」は、大きな青大将の姿になって、ちょくちょく、家の中に出現していました。多分、天井裏のネズミを食べにきていたのでしょう。

 母は、視力がよくないので、間違って青大将を踏んづけたり「誰がこんな丸太を置いたの」と横たわっていたのを片付けようと握ったら「蛇だった」ということが何回もありました。

 二階にある寝間の真ん中に、青大将がとぐろを巻いて寝ていたこともありました。すると、母は、線香に火をつけて「こうしておくと、青大将が逃げる」と近くに置いたりしていました。

 私は、青大将はもちろん、蛇は大嫌いでした。

 でも、昔の家々には、こうした「主」がどこの家にも居たようです。



 父は、添い寝をしてくれながら、「天井には、クマサカチョーハンが住んでいる。早く寝ないと、大きなマサカリを持って出てくるぞ」と云われていました。

 でも、クマサカチョーハンは、ぜんぜん、恐くなくて、幼心に子供の味方だと解釈していました。



 クマサカチョーハン

 多分、若い頃の父が岐阜県や長野県で「木こり」に従事していたときに、仕入れてきた話ではなかったのかな、と今になって、そう思えます。



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DATE: CATEGORY:昭和の話
 今日も、日々読み書きのミラーサイトです。


 ■午前5時30分起床。天候は晴天。室内温度27度、外気温25度の朝となっている。
 暑い。

 ではまたあとで。

..7月7日(月) 7:04



■今日は、七夕か。

 子供の頃の七夕は笹の葉がいっぱいついた竹を取ってきて、短冊や色紙をつくって飾り、立てかけておいたものだ。
 七夕の夕方になると、めいめいが短冊のついた竹笹をかついで、貞光川に行き、流した。流す場所は、長橋の下の川原、ときまっていた。沢山の、竹笹が流れていった。

 川に流すといえば、お盆の最後の日は、貞光川に灯篭を流した。近隣のお寺の住職の読経に合わせて、各家庭が、灯篭をもちより、ろうそくに火を灯して流した。川の流れの、S字形に、色とりどりの灯篭が流れていた。

■今日は、帰宅してから、自転車に乗った。今日の走行距離は22.3キロというところ。


 ・・・・・・ということで本日はこれで失礼いたします。


..7月7日(月) 19:54


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DATE: CATEGORY:昭和の話
思えば、小さい頃、ほんと、悪いことばかりしていたなあ、と思う。

 どのような犯罪の範疇に入るのか、記憶の襞から、かき起こして数えてみた。

 泥棒、不法侵入、傷害、器物破損、密漁、密猟、その他。 (笑)

 「その他」というのは、土手につながれていた馬に石を投げつけて暴走させたこと。暴れ馬に跳ね飛ばされた人もいなかったし、器物破損もなかったので「その他」にカウントした。

 犯罪の中身は「柿を盗った、枇杷を黙ってもらった」というのが泥棒。中身は略すが、こうして、並べてみると、すごい犯罪経歴のように見える。

 しかし、グレていたこともないし、あの子は不良だと指を差されたこともない。

 月光仮面やスーパーマンといった正義の味方に憧れていた、ごく普通の昭和の少年だった。

 こうしてみると、今の少年たちのほうがおとなしいのかもしれない。いや、おとなし過ぎるというか・・・。

 親父から、頭にコブができるくらい拳骨をもらいはしたが、周囲の大人たちは「コラッ!!」と怒鳴られはしてね、大目に見てくれたものである。



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