土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
書初め。
2011-01-09-Sun  CATEGORY: 地域社会
 午前6時15分起床。天候晴れ。7時40分頃の外気温0度。

 今日は、孫のひなたの書初めデビュー。

 家人は、主催者側。ひなたは、別の先生から書道を習っている。

 チャレンジ

 今回は、50回目の書初めとか。五十年も続いている行事。50年続けるというのは、素晴しいことだと思う。
かんばん

 三歳半の幼児からお年寄りまで。
 
 みな、うまい。

 

スポンサーサイト
ページトップへ  トラックバック0 コメント0
延岡いろいろ [1]
2009-08-04-Tue  CATEGORY: 地域社会
 
 延岡は、水には恵まれています。
 水に恵まれているということは、すなわち、水からのリスクも大きいということになるかと思います。

 北川、祝子川、五ヶ瀬川、大瀬川など4つの大きな川の河口が、ほぼ一ヶ所に集中している延岡は渇水とは無縁の地域です。

 郷土史を見てみると、いちばん古い記録は「887年7月、大地震と洪水があり、祝子村千光寺が流失」というのがあります。

 千光寺というと、私の住んでいるところから自転車で5分ぐらいの上流の川沿いにあるお寺です。それにしても、水害と地震災害の複合災害が起きたということは、今後もあり得ると考えるべきでしょう。

 また、会社の近くにある「春日神社」は、元々は現在の場所から、五、六百メートル西に位置していたのが洪水で流れて、現在地に再建されたと聞いています。
 (クリックすると大きな画像になります。)

 流れた春日神社


このように、延岡は「水害の町」です。
幾多の洪水を経て今の町が形成されています。そして、現在も、川の中に蓄積された土砂を掘削し たり、堤防を補強したり嵩上げしたり、排水機場を造ったりしています。

何十回、何百回もの水害を経験してきても、延岡に住む人たちは、そこを離れはしませんでした。

四年前にも、我が家が床上50センチも浸水する洪水があり、市内は水浸しになりました。


 古から伝わる地名も「川」にちなんだと思われる地名が沢山存在しています。

 川水流、吐合、小川、古川、北川、三瀬、川島、中ノ瀬、下渡、中川原、鹿ケ瀬、大瀬、川原崎、瀬之口、柳沢、北川、川島、・・・・まだまだ沢山あって、枚挙にいとまがありません。

 川、水、低い土地、などと縁の深い地名は、洪水により浸水するリスクの高い土地だといえます。

 地名でいうと「田」。野田、夏田、宇和田、柚木田、沖田、角田、片田、石田、伊形、・・・・・・こういう地名が広がっています。
 (伊形のがたは潟からきているかもしれませんが・・)

そして、今年の梅雨は「空梅雨気味」でしたが、8月後半から9月にかけては台風襲来の恐れがあります。


 台風が来たときは自宅に居たためしはありません。道路が浸水して車が通行できなくなる前に会社に行って「パトロール」や「緊急出動」に供えるのが常です。

 もし、この仕事を引退することがあれば、雨の音で夜中に飛び起きなくてもいい、いつか、そんな日が来るのだろうなあ、と思うこともあるこの頃です。


ページトップへ  トラックバック0 コメント0
貞光劇場。
2009-05-11-Mon  CATEGORY: 地域社会
  かねてからの念願であった「貞光劇場」をたずねてきた。

「寅のような男がふらふら歩いていたら似合う町」。

 と、山田洋次監督に言わしめた町、貞光町(つるぎ町に改名)に、それはある。

 昭和七年に開業されて以来、今も、営業を続けている国内屈指の現役の「映画館」だ。

 私が、4月29日に行ったときは「成人映画」を上映していた。入場料1000円を支払って入った。

 チケットはなかった。1000円札1枚を手渡して入る。料金の受け取り、映写、すべて館主ひとりでまかなっている。

 館主に「写真を撮らせてもらってもいいですか」と許可を得、思いつくまま撮らせていただいた。

 「あんな。中の映画は撮ったらいかんけんな。法律がうるさいきん。」 と、盗撮禁止のポスターを指差す。

 「はい。わかりました。絶対に撮りません」と答えて観客席に入った。暗闇に目が慣れて、場内を見回すと、お客の姿は一人も見当たらなかった。

 他のお客がいたら撮影など、もってのほかだが、幸い、今回は、私ひとり。少し遠慮の気持ちも働いたが、チャンスは今回しかない、と、ストロボをたいて館内を撮影した。
 
 【館内のポスター】
 劇場のポスター


 一通り撮影してから、外に出て、館主と昔の話をさせてもらった。

 以前は、脇町にある「オデオン座」。美馬町の喜来にあった「美馬劇場」、そして当館の三つの映画館を経営されていて、今は、貞光劇場だけを経営されている。

 「偏屈者」。

 館主は、どこにでもここにでも居るような、フツーの変わり者ではない。

 名うての「偏屈者」だ。頑固、偏屈、狷介・・といった言葉が似合う人だ。

 しかし、偏屈者だからこそ、シネコン全盛の時代に、人口一万人足らずの田舎町で、今も、毎日、映画をかけ続けているのだ。

上映時間は、13:00から22:00まで。体調が悪いとき以外は、年中無休だ。

 後継者は、多分、居ない。館主の代で歴史を閉じるのだろうか。

 願わくば、いつまでも健康を維持されて、少しでも永く、営業してほしいなあ、と思う。

「ありがとうございました。今日は、これで失礼いたします」。

 ちょっと寂しげな表情が浮かんだように思えた。

 「すみません。連れを待たせているものですから。また、機会があったら来ます」と挨拶して出た。

 外には、手押しポンプの井戸がぽつん。

 その横の、コンクリートで叩いた広場は、かつてのローラースケート場だ。

 「もっと居たい」と、こころを残しながらも、貞光劇場をあとにした。



 多分、4月29日の観客動員数は一名。売り上げは1000円だったにちがいない。

 【スライドショー】・・・・・・ぜひ、ご覧になってください。ほんと、今どきの映画館じゃ、ありません。存在自体が奇跡のような映画館です。
 画像をクリックするとPicasa Webアルバムに飛びます。

 



 【追記】

 ①48年も昔。入り口付近の、人の居ないすきをうかがって、無賃で侵入して映画を見たことがある。上映していたのは「月光仮面」。見つかるかもしれないとドキドキしながら見たものだから、筋書きも覚えていない。ふと、そのときのことを話ししようかなと思った。しかし、館主の真剣なまなざしを見つめていると、いらんこと言うと怒鳴られるかもしれない、と恐くて告白できなかった。

②今の私の「映画好き」の原点は貞光劇場にある。小さい頃、よく父に連れられて貞光劇場で映画を観た。旗本退屈男。水戸黄門。赤穂浪士・・。石原裕次郎、小林明。モスラ、ゴジラ・・。

③地元紙、徳島新聞による、貞光劇場の紹介記事は ここ




ページトップへ  トラックバック1 コメント8
自転車に乗って。。。。。
2009-04-25-Sat  CATEGORY: 地域社会
 今日は、ある現場の深礎杭のコンクリート打設に立ち会ってきた。

 昼過ぎには帰宅し、ご近所のいつもの散髪屋さんで、頭をすっきりとしてもらった。

 夕方頃から、愛車の空気を補填してから、カメラとipodをポーチバッグに入れて、ぶらりと出かけた。

 コースは、車の通行の少ない、祝子川沿いの道路だ。ここを、上流に向って走り、橋を渡って帰宅してくる。アップダウンのあるコースで、今日は、雨上がりのせいか、風か強くて、きつい思いをした。

 ダウンヒル(坂道下り)なのに、向かい風が強くて、ペダルをこいでも、ゆっくりとしか進まない。自転車は、坂道よりも、向かい風には弱い。

 祝子川は、とても水のきれいな川だ。
 【せき】
 祝子川のせき

 この「せき」のすぐ下には、焼酎工場があって、きれいな水で焼酎をこしらえているのだ。

 【おおきな木】
大きな木

 私は、春になると、もこもこと盛り上がってくる若葉を見るのが好きだ。

 【夕陽】

夕陽が沈む


 では。




ページトップへ  トラックバック0 コメント0
落語好き。
2009-02-12-Thu  CATEGORY: 地域社会
 落語が好きだ。
 
 好きになったきっかけは、白黒TVで見た、桂米朝さんの落語だ。

 そのあと、米朝さんの落語を聴くようになった。

 圧巻は、地獄八景亡者戯である。


 この落語の「まくら部分」で、飛脚の話が出てくるのがある。

 飛脚は、今の郵便配達、宅配人みたいな職業で、頼むとする自らの健脚を駆使して、ほぼ一日、駆けている仕事だ。

 ある飛脚が「急げ、急げ。近道、近道」と言いながら、野越え、山越え、走っていたら、急に便意を催した。先を急いでいたものの、仕方なく、近くにあった厠に走りこんだ。
 用をたそうと、しゃがんだ瞬間、ふところに入れていた、弁当のおにぎりが、すとんと落ちてしまった。
 それを見た飛脚が「あっ、近道だ」というような小咄が印象に残っている。


 志ん生の落語に「黄金餅」がある。

 このなかで志ん生が、さりげなく「ひとにするんじゃねえ。みんな自分にするんだ」というシーンがある。よく、聞いていないと聞き逃すかもしれないぐらい、さらっと、しゃべっている。

 あらすじは、こうだ。

 裏長屋の住人で、ケチで有名な、西念という乞食坊主が亡くなる。

 死ぬ前に、隣の金兵衛が餅がたらふく食いたいという西念の願いを聞き届けてやる。大量の餅をどうするのかと、金兵衛がのぞいていたら、西念は貯めたお金を餅の中に押し込んで、ぜんぶ食べてしまう。死んでも、人様に金を取られたくないという生き様である。

 それを見ていた金兵衛が、腹の中に入れた金を手に入れようと苦心して、手にする。

 それを元手に「黄金餅」という餅屋を店を出して、繁盛するという後日談のある咄である。

 西念が亡くなる。

 金兵衛が大家に「西念が、まいっちまったよ」と知らせる。

 大家は「そうか、それはかわいそうなことになっちまったなあ」と長屋の住人を集める。

 「長屋のみんなで葬式を出してやろうじゃねえか」

 「ひとにするんじゃねえ。みんな自分にするんだ」 と大家が言う。

 この落語そのものについての感想は、沢山出ているので、そっちに譲るとして、私は、この「ひとにするんじゃねえ。みんな自分にするんだ」という言葉に、反応してしまうのである。



 

 
ページトップへ  トラックバック0 コメント0
<< 2017/03 >>
S M T W T F S
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -


余白 Copyright © 2005  日々(いや、気のむくままに)読み書き. all rights reserved.