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土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
本屋
2007-03-02-Fri  CATEGORY: 未分類

 桃知さんのブログを読んで、たった2ページの中沢新一の文章が読みたくなった。

 「いらいら感」や「不安」が、つきまとうときには、本屋がいい。いい気分転換になる。

 この二つのために、本屋に行った。

 以下、桃知さんのブログを無断引用する。

 

テクノロジーが発達した都市社会では、複雑なプロセスを排除しようとします。一方、日本の社会において、ながらく芸術を担ってきたのは、職人と芸人でしたが、とりわけ芸能をおこなう人々は、人間というものが抱えている矛盾も理解し、デリケートなコミュニケーションに長けた人たちでした。宮崎県の東国原英夫 (そのまんま東)知事が、知事選に立候補したとき、「談合というのは善し悪しだと思う」とコメントして、案の定、マスコミから叩かれました。本人もあとから認識不足だったと反省していましたが、「税金を使う官製談合は悪だが、一般の談合がすべてなくなってしまうと中小零細企業には大きな打撃となる」「社会には必要悪もある」と語った、この発言の背後にある、彼が芸能者として理解しているものをよく考えもせず安易に切り捨ててしまうべきではないと思います。 (p71)

こんなのもある。

もちろん、いまの大手ゼネコンが支配する制度化された談合はよくない。けれども、はじまりを考えれば、弱い者同士が生き延びていくための方便として、圧倒的な勝者を出さないかわりに敗者もつくらないという庶民の知恵が、そこには働いていたように思います。正攻法だけでは、ものごとはうまく運びません。ただその場合、なぜその必要悪は必要なのか、「悪」を運用する人間は、その意味を理解していなければいけない。ほんらい「悪」は、「自然」ときわめて近いところにあり、中世では、自然の力に直接触れている人のことを「悪党」と呼んだのでした。 (p71)


 ・・・・・なのである。
 私は、桃知さんの書いていることや中沢新一に共感を持っている。
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