DATE:
2007/04/30(月) 22:47
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地域社会
ジャスコは便利だ。快適だ。なんでも売っている。休みがない。楽しい。
この利便性が、知らず知らずのうちに、街を忘れさせてしまっている。街を忘れるということは、故郷を忘れるということになるし、パトリも失われていく。
街は、ジャスコと較べると、品数も少ない。駐車場から、歩かなくてはならない。
なので、というわけでばかりではないが、ジャスコには、近頃は、行かないようにしている。
だが、GW期間中に、なんと、ジャスコで、親しい知人の人たちが、高千穂鉄道の署名運動をしたり、復活のためのコンサートを計画している。
行こうと思っている。
DATE:
2007/04/29(日) 22:18
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昭和の話
食べ物
はったい粉。
大麦を煎ってから粉にしたものです。子供の頃のおやつにはよく出ていました。
砂糖を入れてよくかき混ぜて、そのまま食べます。古ハガキを筒状丸めてスプーン代わりにして食べておりましたが、途中で、必ず「げほんげほん」と、むせたものです。
ちょっと砂糖の甘さは落ちますが、お湯や水で練って食べると、むせることもなく最後まで食べることができました。
あめ湯。
片栗粉に砂糖を入れて熱湯を入れてかき混ぜた飲料です。ショウガを摩り下ろしたものを加えたりして飲んでいました。
寒いときなど、体がぽかぽかしてきます。
剣山に登ったとき、見ノ越という登山基地の茶店で飲む「あめ湯」は最高でした。
梅干を竹の皮で三角形に包んだもの。
なんと呼ぶものかは知りません。母が、よく作って、外に遊びに出るときに持たせたくれました。柔らかい竹の皮の三角形の隅から「ちゅーちゅー」と吸っていました。竹の香りと梅干の味がいいハーモニーになっていました。
切干、ゆで干し。
さつま芋を輪切りにして中央に穴を開け、わら縄を通して、そのまま釜で茹でて、干したものです。
そのほか、いろいろなものがありました。
甘酒。
だんご。
つけ焼き餅。
芋飴。
おいのこ菓子。
黒棒。
日の丸キャラメル。
コリスガム。
渡辺ジュースの素。
コーヒー牛乳。
さとうきび。
まだ、ほかにもありますが、今日は、このあたりで。
DATE:
2007/04/28(土) 20:41
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建設
結婚披露宴の帰り、本屋に寄り道して、みるともなく書棚を見ていたら、ネットワークの本に気づいた。
「私たちはどうつながっているのか」という新書だ。
パラパラと頁をめくったら、パラパラと読めるような内容ではなかったので、ゆっくり読もうと、発作的に買った。
もうすこしすると「愛と経済のロゴス」が読み終わる。次は、これを読んでみよう。
DATE:
2007/04/28(土) 09:26
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未分類
ちょっと前のこと。
「詩」のことについて、下のように日記に書いて「そうだよなあ」と共感したことがある。
↓ ↓ ↓ ↓ ↓
こういう「詩」がある。多分、有名だ。サム・ウォルター・フォスという。
真面目さを表現している「詩」だ。
「子牛の通った小道」
野原があった。そこへ一匹の子牛がやってきた。子牛はきまぐれに、くねくね曲がりながらその野原を通っていった。
その翌日、狩人に追われた鹿がやってきた。鹿は、子牛の通った、草が寝ているあとを逃げていった。・・・緊急のときは、創造している暇はない。人の通ったあとを通るものだ。・・・狩人もそこを通って追っていった。草は、ますますふみつけられ、はっきりと曲がった道ができた。
その次の日は羊がきた。羊は、その曲がりくねった小道を、曲がりくねっていると不平をいいながら通って行った。
しばらくたって、こんどは旅人が来た。旅人もその曲がりくねった道を通っていった。
こうして、草はとれ、土面が顔を出し、曲がりくねった小道ができ上がった。こうなると、村人も、旅人も、馬車も、犬も、そこを通る。
月日は矢のように過ぎ、その曲がりくねった小道は大通りになった。村の家々は、その大通りに沿って曲がりくねって建てられていった。またたくうちに、そこは大都会の中心街となった。
鉄道が敷かれたが、その線路も道に沿って曲がっていた。
何十万人もの人々が、今もなお、
三百年も前に通った、あの子牛に導かれて、くねくねと曲がりながら通っていく。
確固たる前例なるものは、
こんなにまでも尊ばれるのだ。
・・を読んで、「ただ、真面目に、決まった道の上だけを歩いている価値は、だいたいこういうものだ」と、読後感を書いていた。
「今」
でも、今は、ちょっと違う。
確固たる前例、いいじゃないか、と思えるのだ。
子牛も、狩人も、ちょっとしたことで、道をつくり、鉄道が敷かれて街が出来た。
素晴らしい、とさえ思う自分が居る。
子牛も、狐も、狩人も、非合理的かもしらないが、何か、突き動かせれるものがあり、それに従って、行動し、やがて、街が出来た。
この、突き動かしたもの、これが、大切なような気がする。
ちょっと前と今、自分の反応が違う。
来年になると、また、違っているかもしれない。
DATE:
2007/04/27(金) 12:51
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建設
時代遅れ
時代遅れかもしれないが、この頃「うーん」ということが多い。
この頃の建設会社のトップは、現場を担当したことの無い、いや、現場の仕事が分からない方が社長として指揮をとっていられるようだ。
先代は、ヘルメットをかぶり、長靴をはいて、泥と汗にまみれて施工をしていたのだけれど、二代目、三代目になると、そういった、泥くさいものに手を触れたことのない人が多くなっているような感じだ。
時代の流れなので、それはそれで、いいのかもしれないが、自分はどうも違和感を感じてしまうのである。
見ていると「モノを売る」が主なのである。土木の仕事は「モノを造る」なのに、売るが主になってきつつある。なので、現場など全く知らなくても、務まるのである。
今朝は、社に居る発注機関のOBと話をしていた。
OBの方も、自分らの仕事は芸術だし、芸術なのだから、おもしろくなくてはならない、でも、このごろは面白くなくなってきている、と、話していた。
そう。土木の仕事は「芸術」なのだ。「芸術」がなにものか知らないけれど、自分らの仕事は芸術なのだ。
↓ ↓ 芸術だ。
この白水ダムは大分県竹田市にあります。 農地の灌漑のために、昭和7年に着工し、7年の歳月をかけて昭和13年(1938年)に完成した石造りのダム。
国指定重要文化財の土木構造物になっている。私たちが訪れた2004年の12月は、雨上がりの直後で、水量が多く、堰堤の斜面を、伝い落ちる、レースのような波紋はみられなかった。
しかし、轟々と落ちてくる水の迫力と美しさには、感動を覚えた。
ため池の側壁は水圧で傷みやすいので、左岸は階段状の石壁、右岸は円周上を曲線状の石組みで仕上げている。水が増えると、左・右岸に沿って流れる水が、正面から流れ落ちる水の勢いを弱める仕組みになっている。
阿蘇凝結溶解岩(灰石)を切り出してきて、現地の石工が、ひつひとつ積み上げて造られていた。
今でも、農地の灌漑や発電に寄与している。
現地には、石碑が建立されていて、設計者の氏名、現場主任及び配下の氏名、施主氏名なとが掘られていまた。
石工の技術と設計、施工、どれも素晴らしいっ!!
昔の職人さんが、持てる技術、技能を発揮し、施工したのです。
土木の仕事は「芸術」でしょ。
DATE:
2007/04/26(木) 21:18
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建設
先日、「学際」という言葉を知った。恥ずかしながら、はじめて聞く言葉だった。
辞書でひいてみると「研究対象がいくつかの学問領域にまたがっていること。諸科学が総合的に協力すること」とある。
また、田坂広志さんも「これからの時代の労働は、全体性の回復に向かうでしょう。本来、私たちの「生」は全体性を持っていました。生きるためには、食べ物や着る物などすべてを自ら作らなければならなかった。しかし、近代社会においては専門化や分業化が進み、効率的で機能的になった半面、我々の「生」の全体性が失われてしまった。仕事においても、自分を「部品」にしてしまった。しかし、自分の「専門」を磨いても「部品」にはなるべきではない。仕事というものを一つの側面からだけ見るのではなく、その全体を見つめなければいけません」と言われている。
近年は、こういった、総合的な視点で物事を見たり、考えようとする動きが増えてきつつある。
技術士試験でも、20番目の部門として「総合技術監理部門」が新たに創設されたりしている。これも、従来の、専門技術を深く追求するだけでなく、それと同時に、鳥瞰的な視点で科学を見据え、考え、全体的な視点にたった「何か」導き出そうという考え方が基本となっている。
今の社会システムは、それひとつで成立しているものは皆無といってよい。全てが、複雑に絡み合い、影響しあっていて、一見、無関係なものと思われるものでも、生き物のように関連しあっている。
これか?あれか? ではなくて、これも、あれも・・という時代なのだうろと思う。
土木屋という稼業は、専門的でよかった。ひとつの構造物を造るときには、多くの産業や、人が携わっているけれど「こういうものをきちんと作りなさい」という、あまり考えなくても、構造物は出来るからだ。
そういった「方法」で慣らされた自分たちは「さあ、変われ」と、おまじないの言葉を言われても、なかなか、変われないのである。
しかし「変われない」と諦めないで、絶え間ない向上心をもつことが大切なのだ。
情報を発信する、まだ見ぬ人たちとも、相互情報のやりとりをする。そういったこも大切だなぁ、と思うのである。
この、日々読み書きであるが、どうも最近は、惰性でだらだらと書いているように思えてしかたがない。反省する、と書いているのに反省の行為が書かれていない。
書かれていない、ということは反省していないのと同じだ。
自虐的ではなく、冷静に考えて見ると、「進歩」とか「前進」というのが、見られない。
つまり、考えていないのである。考えていないから、すべてに読みが浅いのである。これでは、いかん、と心が焦るのである。
DATE:
2007/04/26(木) 15:40
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昭和の話

子供の頃、屋台をひいて商売をしているオヤジが居ました。年がら年中、同じ屋台を自転車の荷台にくくりつけて、露地から露地を回っていました。売るものは、四季によって変わるのです。
冬は「お好み焼き」。
一枚10円でした。屋台の鉄板に、溶かしたメリケン粉を広島焼きみたいに円形に薄く広げます。それに、キャベツやねぎ、を乗せて、焼いてくれるのです。熱々のお好み焼きにソースを塗り、鰹節粉をふりかけて、四つに折りたたんで紙に巻いて渡してくれます。そいつを、両手で包むように持って、ほおばるのです。口の周りについたソースを舌でなめまわしながら食べました。
初夏は、わらびもち。
ぷるぷるの透明なワラビ餅に、黄な粉をまぶして、木の皮でつくった容器に入れてくれるのです。アイスキャンデーのような暴力的な冷たさはありませんでしたが、ほんのりとした涼感がありました。
真夏は、かき氷。
これを、割り箸と一緒に「型」に入れて固め、アイスキャンデーのようにして赤や青の蜜をたっぷりとかけてくれました。早く食べないと、氷が解けてアイスキャンデー状ではなくなります。時間との勝負。真夏の炎天下にぴったりの食べ物でした。
夏から秋にかけて「ところてん」。
木の型にところてんを入れて押し出すと、四角いところてんになって出てきます。それが、おもしろくて、親父の手元を見ていました。器の中の透き通ったところてんに酢醤油をかけて出してくれました。子供のくせに、練辛子を少しつけて食べていました。あの、酸っぱさもよかった。
今よりも、時間がゆっくりと流れていた時代でした。
DATE:
2007/04/25(水) 21:05
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昭和の話
高校を卒業するとき、進路がなかなか決められなかった。本当は、大学に進学したかった。高校三年生の一学期頃からは、深夜のラジオ講座に耳をすませていたこともある。
でも、進学はできなかった。いや、しなかった。
進学しなかった理由は、自分自身の覚悟ができてなかっただけである。家は、たしかに経済的に貧窮していたし、高校も工業系なので進学不利だった。
今から思えば、やろうと思えばやれたはずだ。
あとは就職。求人は、多かった。
建設会社、測量会社、建設省、県、市町村・・。
でも、役所に入ろうという気持ちは起こらなかった。8時から17時まで、日曜休み、土曜半ドンの勤務体制が、気にいらなかった。あの頃は、待遇だとか給与だとかは考えなかった。経済的に厳しい環境で育ってきたはずなのに、金銭のことをいちばんに優先するのは、潔くない、という概念があり、一日中、労働することに嫌悪感を持ってはなかった。
育った家が、私を取り巻く社会が、そういう風潮だったのであろう。
・・・で、何をいいたいかと言うと「中沢新一」である。
「・・・・近代になると、目標達成のために懸命に働く産業労働が入ってきたけれど、それでも日本人自身は、欧米人が感じるほど労働が苦役ではない。自分たちのことをワーカホリックなどとは思っていないでしょう。」またも、
桃知さんから。
日本人の自然な心性は、労働は「美」だったのだろう。
でも、今は、目先の金銭ばかりを追及している。エラそうに書いている「私」も、そういう部分はかなりある。というより、それがないと、生きていきにくいようになっている。
昭和の話、これからも、時々、思い出しながら書いてみよう。
DATE:
2007/04/24(火) 22:42
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建設
自分たち「土木屋」は「ものつくり」である。
私の従事している、公共工事主体の建設産業の目的は「ものつくり」である。
しかし、利益を出すことも目標のひとつなので「商売」の要素もかなり持っている。
とはいっても「商売」とは何なのか。
そう、改めて問われると「こうだ」という答えはでない。ここでは、入ってくる金額以内で物を売る、その差益を利益として受け取る、というのが「商売」であると仮定しておく。
こうしてみると、「ものつくり」と「商売」は、分野が違うのだと思う。
「ものつくり」は贈与であり「商売」は交換なのではなかろうか。→「愛と経済のロゴス」
今の社会システムで生きていく以上は、交換原理も大切である。
ただ、いえるのは「ものつくり」という贈与的(職人的)な精神を自分たちは、失ってはならない、ということである。
今、あちこち見ていると「商売に徹した」建設会社が多く見られるようになってきている。
それを「市場原理」「自由経済」という言葉で、金が儲かればいい、という方向に向かわしめている。
これでいいのだろうか。
時代の流れだから仕方ないじゃないですか、という意見もあるし、そうかもしれない、と、思わないでもない。
でも、自分たち技術屋には「変えてはならないもの」が絶対にある。それは「ものつくり」としての立場の職業意識である。誇りなどいう高尚なものでなく「いいものを造る」という意識である。これは、時代がどう変わろと、変えたり、流されてはいけないのである。
元々、公共工事というのは「ものつくり」のほうが主体だったはずである。
太古の昔は、集落のみんなで力を出し合って水路や堤防や砦を築いた。それが、国の直轄事業となり、請負制度に発展してきたわけである。それを、市場原理でいう、安ければいいという風潮は、大きな矛盾をはらんでいるのである。
土木屋は、商売だけしても面白くない。ものをつくることが、面白いのである。
参考書籍→
「愛と経済のロゴス」
DATE:
2007/04/23(月) 22:27
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未分類
このページにアクセスできなかった。
理由は、プロフィールにあった。(多分)
プロフィールに「ブログ用アクセス解析にも最適な無料アクセス解析ツール、「 Research Artisan - リサーチアルチザン 」というのを置いていたためだ。
それに、河川の水位「国土交通省の「観測所別水位グラフ(10分間隔更新)」を利用した「水位警報メールシステム」という奴を常駐させていたからだ。
おそらく、これらのせいで重くなって開くことができなかった。
なので、これらは削除してみた。
これで、少しは、つながりやすくなるかな。
DATE:
2007/04/23(月) 08:57
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地域社会


街
そしてJ・ジェコブスの4原則。
1.都市の街路は必ずせまくて、折れ曲がっていて、一つ一つのブロックが短くなければならない。
2.都市の各地区には、古い建物ができるだけ多く、残っているのが望ましい。まちをつくっている建物が古くて、そのつくり方もさまざまな種類のものがたくさん交ざっている方が住みやすい。
3.都市の多様性、ゾーニングの否定。都市の各地区は必ず2つあるいはそれ以上の働きをするようになっていなければならない。
4.都市の各地区の人口密度が充分高くなるように計画したほうが望ましい。人口密度が高いのは、住居をはじめとして、住んでみて魅力的なまちだということをあらわす。
・・・・を、
桃知さんのプログで知った。
このJ・ジェコブス4原則は、自分が育った昔の街並みそのもののようである。
昔の生活は、経済的に厳しいものがあり、そのことを思えば、手放しに「昔はよかった」とはいえないが、、それでも「昔はよかった」ように思える。
経済だけでさらえるにら、今のほうがいいだろう。経済的以外のことでいえば「昔はよかった」になる。
人は、金銭だけではないのである。
※写真は、
徳島県美馬郡貞光町の街並みです。
DATE:
2007/04/22(日) 10:00
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建設
土木系と建築系
どちらも、建設産業ですが、私には、両者に差異が感じられます。どこから、きた差異なのか。自社だけなのか。そのあたりはわかりません。
例えば、以下のような差異です。
土木は「工業的」なのにたいして建築は「どちらかというと商業的」だと思えます。
(以下、すべて、どちらかというと・・が頭につきます)
土木は「群れる」にたいして建築は「孤高」という感もします。
同じような表現として、土木は「依存」建築は「自立」という感じもあります。
土木は「情緒的」にたいして建築は「非・情緒的」という感じもします。
土木は「非合理的」にたいして建築は「合理的」という感じもします。
土木は、野外産業で自然条件の影響をおおきくうける。建築は屋内的なので、自然というより人為的な影響を受ける。
土木は、公的な仕事が主体。建築は、公的なものもそうでないものも両方あります。
また、土木は「湿地」建築は「乾燥」。土木は「地元紙」建築は「日経」、といえるかもしれません。(笑)
DATE:
2007/04/22(日) 09:48
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未分類
5.2.7.25.4.9・・・・そして、今日が今のところ2となっています。
このブログの、訪問者数です。3日前の「25」の数字の意味はわかりません。
自分のアクセス数は、カウントしないようにしているので、日々、どなたかが、この拙いブログを訪問していただいているのです。
今回、はじめて、トラックバック付きのブログを使っているのですが、トラックバックにまで「スパンメール」みたいなものがあるのを知りました。
トラックバックというのは、Web2.0の特徴を現している機能のひとつだと思いますが、まあ、いろいろあるものですね。
ところで、私は、まだトラックバックをしたことはありません。いつか、やってみようと思っています。
では。。
DATE:
2007/04/21(土) 20:27
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建設
専門用語が出るので、わかりにくいと思います・・・・。誰にも、理解できるように書く技量はありません。m(__)m
私の、好きな職人の中に「U木さん」という親方がいる。
型枠大工会社の社長である。
私が、はじめて、現場を任せれたとき、U木さんも、親方から離れて独立して私の現場の型枠を組んでくれたのだ。
当時は、お互いに、素人同然で、試行錯誤し、数々の失敗をしたものだ。
でも、今は、私の知る限り、県内でもトップクラスの職人になっている。
本職は型枠大工だが、足場組立て、型枠支保工、コンクリート打設までの一連の仕事をする職人中の職人だ。
足場を組む。
枠組み足場では、足場板がずれて隙間が出来ることがある。植木さんの組んだ足場は、隙間ができない。なぜか。ひとつひとつ、ずれないよう、番線で固定するからである。
型枠組み立て。
U木さんたちの組む型枠には、目違いがない。念がはいっている。しかも、早い。工程を組むと、工程どおりの仕事をする。遅延、というのは今までただの一回もない。
コンクリート打設。
この人の打設したコンクリートは実に美しい。天端仕上げも、鏡のように仕上げられる。
コンクリートは、バイブレーターで締め固めるのだが、仕事が堅実で念がはいっている。
打設したあと、しばらくして再振動をかける。
植木さんの話によると、再振動もタイミングがある、という。夏場と冬場でも違うし、構造物によっても、天候によっても、コンクリートの品質でも違う。様々な環境に左右されるという。U木さんは、長年の勘で、そのタイミングをつかみ、ブリージングの無い、構造物が出来上がる。
再振動は、セパの部分を木槌で50回以上叩くのである。
それで終わりではない。
構造物全体をシートで覆う。ホースに孔を開けて、水タンクで常時湿潤養生を行う。
型枠を解体したあとも、裸にはしない。シートで全体を覆う。このことにより、コンクリート中の水分の蒸発を防ぐ。また、温度を一定に保つ。生まれたばかりのコンクリート構造物を、一人前になるまで、育ててやる、という感じだ。
すると、ひび割れの無い、密実な構造物が出来上がるのである。
こうしてみれば、基本どおり、教科書どおりのことをきちんとやっているに過ぎないことがわかる。
でも、どんな現場でも、教科書どおり仕事をするというのは、難しいものなのである。
こういった技術と、仕事に対する考え方、こういうものが、自分たちの造る構造物を支えている。
継承してほしいものである。
DATE:
2007/04/21(土) 08:47
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音楽
「よしだたくろう」の歌に「にいちゃんが赤くなった」というのがあります。この歌が好きで、若い頃はよく口ずさんでいました。
「にいちゃんと二人で歩いていたな
とても、きれいな夕焼けだ
にいちゃんは毎日働きに
顔も、強い腕も真っ黒だ
だけど夕焼けの中で 黒いにいちゃんが
赤くなったなあ あ〜あ
「にいちゃんはとても恥かしそうだな
とても、きれいな人なんだ
にいちゃんが時々連れてくる
きっと、あの人が好きなんだ
だけど二人きりだと 黒いにいちゃんが
赤くなったなあ あ〜あ
私にも、たったひとりの兄がいて、ある正月に帰省したとき、町に一軒しかない本屋に私を連れていって漫画を買ってくれたことを鮮明に思い出すことができます。
そのときの情景を吉田拓郎の歌が、思い起こしてくれるのです。
コード進行も簡単です。
C Am E G7 F ぐらいで弾くことができます。
なので、古いギターを引っ張り出して、昨夜も、口ずさんでいました。
DATE:
2007/04/20(金) 12:53
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昭和の話

何をそんなに、急いでいるのかなー。
カレンダーは、はや、5月になろうとしています。
あと8ヶ月もすると「いい人の上にも、悪い人の上にも」正月が来ます。
歳をとったせいかもしれませんが、一日、一週間、一ヶ月の時間の経過がやけに早く感じられます。
もっと、ゆっくりと歩むわけには、いかないのかなー。
もっと、いいかげんでは、いかないかのかなー。
写真は「プラニメーター」といって、複雑な図形の面積を測定する器械です。コンパスのように針で固定し、先端の棒で図形をなぞるだけで、面積が出てくるようになっています。その数値は、バーニヤを利用して「勘」で数値を読み取ります。
これを読み取れば、複雑な図形の面積がわかるのです。
このバーニヤ測定方式は、昔の測量器械にも、よく使われていました。
でも、今は、こういうものはありません。
デジタルで「きちっとした」値が「ポン!」と音は出ませんが「ポン!」といった感じで正確に出てきます。測量器械には、器械が数値を読み取ってくれるものまで出てきています。
また、CADで図形を描けば、プラニメーターなど無くても、座標で正確な面積が「ポン!」と出てきます。
なんでもかんでも「ポン!!」です。
それはそれで便利がいいし、使っているわけなんだけれど、こういったモノが、今の時代の速度を速めているのかもしれません。
こういうモノに追いまくられないように自分を見失うことなく、生きていきたいものです。
DATE:
2007/04/20(金) 11:18
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八千万歩の男、伊能忠敬は、二歩で一間のペースで歩く訓練を積み重ねたという。
私も、歩測をすることがある。
そう、大きくは違わない。
私の場合は、普通に歩いて一歩が72センチであった。。
これは、高校生の頃、グラウンドで決められた距離を何キロも歩いて、歩数を数えて、統計処理して決めた歩幅である。
かなり昔の頃の歩幅なので、今は65センチで換算しているけど・・・。^^;
今日は「地図の日」。
207年前、伊能忠敬が、蝦夷地測量のために旅に出た日だ。
DATE:
2007/04/19(木) 22:03
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未分類
読書
このまえ、自宅のディスクトップパソコンの再インストールをしながら
「愛と経済のロゴス」を読んだ。
この本は、以前、読んだのだが、前回は、難解さに最後から三分の一ぐらいでリタイアした本である。
交換 贈与 純粋贈与 の意味は私なりに理解できた。
小僧の神様を例にとり「交換、贈与、純粋贈与」の解説は、すんなりと頭に入った。これは、前回読んだときよりも、理解度が深まっているように思えた。
贈与。
グーグルのビジネスのやり方は「交換」より「贈与」に近い。少なくとも交換の原理は働いてないようにも思える。
地域では「高千穂鉄道沿線の会」などが自主的に活動している。
いろいろな社会活動が繰り広げられている。
こういった風潮は、実は、贈与的なものではないのか、と思う。
資本至上主義で、魂の豊かさを無くしながら、物質的豊かさのみを追求してきた「私たち」。
いろいろな社会活動を見ていると、今までの反省の裏返しかもしれない、などと思ったりしている。
まだ、半分しか読み終えてない。今度は、最後まで読破するぞ。
DATE:
2007/04/18(水) 12:54
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建設
昔から、建設業協会という法人があるのを知っているだろうか。
はっきりいえば、今までは、公共工事の「受注調整」のために必要不可欠な協会であった。
しかし、価格競争の時代になり、その役割はすでに終えている。
先日、地場の中堅建設会社が、地区の建設業協会に脱退届けを出した。
この会社は、真面目な建設会社である。それが「脱会」を選択した。
廃業、ではなくて脱会である。理由は、推測でしかないが、今の協会では協会員としてのメリットがない、と判断したのだろう。
このように、今後は、協会から脱会していく会社が増加の一途を辿るように思われる。
今のうちに脱会して、持ち株を現金化したほうがいいし、それに、毎年の賦金を支払う必要もなくなる。
このまま減少が続くと協会としての呈をなさなくなるのではないだろうか。
と、なれば、どういうことになるのだろう。
風水害が発生した場合は、役所と協会の協定を基に、協会員である地場の建設会社が出動している。それが、出動できなくなるのではないだろうか。
昨年の竜巻災害の折には、建設業協会がこぞって片付けに出動して迅速な対応ができたことは記憶に新しい。
それが、できないとなると、どうなるのだろう。
従来の協会としての役割は意味を成さなくなったかもしれないが、別の意味で、協会活動を活性化していくことが必要ではないだろうか。
別の意味とは「地域(パトリ)を守る」ことだ。
公共工事の発注者は役所だが、地場の建設会社は、地域に拠って立っている。
地域貢献。
公的機関に対する陳情。
地域社会への情報発信。
協会として、すべき活動は、いくらでもある。
我々の仕事は「公共工事」である。役所ではないけれど「公的」な立場にある。イザ!というときには出動していくことは、誇りでさえある、私はそう思っている。
このあたり、建設会社のトップの皆さんは「地域に立脚した」企業をスローガンに上げていられる会社が多いのだから、パトリである地元を守るというためにも、協会の役割を考え直してほしいと思う。
DATE:
2007/04/17(火) 19:30
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地域社会
私たちが子供の頃にあり、今、失われつつあるのは「共同体性」である。パトリである。
昔は、稲刈りの手伝いに行ったり、近所で餅つきをしたり、部落総出で祭りをする、など、人々の生活は「共同体」に多くを依存していた。しかし、機械化が進展し、所得が増えてくると「共同体」に依存しなくても生活できるようになった。文明の進展(?)の引き換えに、協働をすることが必要でなくなってきたのである。
さらに、携帯電話、マイカーなどが普通に所有できるようになってくると、家族の中の「共同体」さえ必要なくなってきている。
そのことが悲惨な事件の要因の一端になっているようにみえる。
しかし、それが、今、いろいろな形で「共同体」が、徐々に復活しようとしているように思える。もちろん昔とは違った形でだ。疑似共同体といえるものかもしれない。
人は、所詮、ひとりでは生きていくことは出来ない。いつも、何かにつながっていたい、それが「人」なのだと思う。
昔、旅をしていた頃のこと、一日、誰かと会話しないと、気がおかしくなるような思いがしたものだ。今でも、出張で遠方にゆくと、周りは見知らぬ人ばかりで、人と話ができないと、たまらなくなってしまう。
私など、ロビンソンクルーソーには、とてもなれやしない。
人は、一人では生きてゆけないのである。
私個人は「近景」である。家族は「中景」である。地域は「遠景」である。
また、家族は「近景」であり、地域や所属している組織は「中景」であり、それ以外は「遠景」である。
さらに、会社は「近景」であり、延岡は「中景」であり、宮崎県は「遠景」だ、ともいえる。
・・・・といったように、その時点やそのときの立っている場所により、自分を取り巻く周囲は「近景」になったり、「中景」になったり、「遠景」になったりする。
高校野球では、地元高校を応援するし、でなければ同じ県内を応援するし、でなければ九州から出場した高校を応援するのも、こういう観念が働いているのである。
人は、なにかに所属していたいし、何かに所属していないと生きていけないのである。
しかし、グローバリズムが蔓延し、今、という世の中は「近景」からいきなり「遠景」に直結していこうとしている。
「中景」がなくなりつつある。今の世の中で、大切なものは「中景」である。もっと「中景=パトリ」を大切にしないといけない。
つまり、家族を、家族の居る地区を、所属する会社を、学校を、自分たちの住んでいる地域社会を、故郷を、自分たちが拠って立っていられる根源である「場所」を大事にしないと、やっていけないのである。
そのことを、今頃になって、本能的にわかりつつある、というのが「今」ではないだろうか。
そのためにも「中景」をいとおしく思い、大切にする、そういうものにつながることがあれば、積極的にやっていきたい、そう思っているのである。
DATE:
2007/04/17(火) 07:24
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成果主義
成果主義は、好きか嫌いか?
問われれば、今の私の答えは「好きではない」と答える。
成果だけをトップが追い求める姿勢は、間違っているような気がする。そこには人間の尊厳という感覚が欠如しているように思える。
成果だけをいうのなら、それは、交通事故にも似ている。交通事故を起こすと、だいたいが「運が悪かった」となる。成果だけを追求していくと、やはり「運・不運」の世界になってしまう。
そして、成果だけで評価が決まるとすれば、どうしようもなくなると思う。
以前、言われたことがある。「一生懸命は誰でもできる」「要は、結果だ」と。
そのときは、なるほどなぁと思った。でも、今は少し違う。一生懸命は、誰でもできるものではない。
努力を重ねても報われない人もいる。でも、私は、努力をする人のほうが好きだ。
結果も大切かもしれないが、プロセスのほうがもっと大切、そういいたいのである。
DATE:
2007/04/16(月) 23:31
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建設
工事をするものが居なくなる。
公共工事を施工している「建設会社」に対して厳しいプレッシャーがかかっている。
公共事業の削減。
入札改革(市場原理の導入)
後者の入札改革では我が県は250万円以上が一般競争入札となる。全国知事会では1千万円以上が一般競争入札となっているが、それの上を行くという考えとか。
一般競争入札。つまり、価格競争である。いちばん安い金額を入れた会社が落札できる。取れるか、取れないかは、価格が安いだけでなく運も必要になってくる。
仮に、受注しても利益は出ない。
公共工事は、材料も規格もすべて発注者から指定されているので、材料のコスト縮減は困難だ。
次は、労務コスト、機械コストの縮減だ。今でも、ギリギリで仕事をしている方に、これ以上の大幅な値引きはできない。
例えば、道路工事で旗振りをしてくれている交通警備員の設計の日当は8500円前後である。設計価格の75%程度でないと仕事はとれない。つまり、8500円×75%=6375円。これから、警備会社がいくらか差し引くと、とても、やってなどいられない労務単価になってしまう。労務コストもコストダウンなどできやしない。
最後は、元請会社の経費削減だ。リストラから関節経費の削減、給与のカットなどがその手段だ。
これでは、誰も、仕事できなくなる。
マスメディアも役所も、建設業者は必要ないと思っているのだろうか。
だとしたら、いつか、それは間違いだと気づくにちがいない。
ここ数年のうちに、県内、地域の建設業者数は少なくなるだろう。
倒産、夜逃げ、廃業できる会社は廃業。これが、続出することだろう。
そのときになって、自然災害が発生したりすると、迅速で満足な復旧活動は望めなくなるだろう。
どうしたらいいのか。
なんとかしないと、どうしようもなくなる。
DATE:
2007/04/15(日) 23:03
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建設
弊社は、5月末が平成18年度の決算締め切りである。
昨年の我が部署は、完成工事高が、何十年も前のレベルまで落ち込み、赤字を覚悟していたのだが、なんとかかんとか、数十万円の利益が出たのである。
で、今期だが、かなり大きい利益を計上することができそうだ。
なんで、今までわからなかったのかというと、工事内容がコロコロと二転三転、手戻りの連続で、実行予算が作成できないまま、工事が完成したのが数件あったのである。
その工事は、利益率ゼロと仮定していたのが、精算したら、大きな利益が出ていた、ということである。
しかし、公共工事の環境激化、そして公共工事の削減を考えると、先行き、暗いことばかりなのである。
まるで「ローソクの炎」である。消える前に、パーッと燃えて光る。
このローソクになってはならない。
なんとか、この環境を自分たちの手で、力で、変えることはできないか、と思うのであるが、なかなか、なのである。
とにかく、誠意を持って、いい仕事をし続けていく、これは基本中の基本なのだと思う。
今のところ、これしない。
DATE:
2007/04/15(日) 22:45
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ブログに書けない、ということは、私の場合は「考えてない」ということに尽きる。
このブログを書きはじめたのは、ホームページで4年間にわたって書き続けている
「日々読み書き」という日記のブログ化がある。
最初は、ミラーサイトでいこう、と思っていたが、どうせ書くなら、もっと違うことを書けないか、と思ったのである。
それは、徹底的に反省しようということだ。反省の行為を行い、自己言及的に語る、これを習慣にしたいのである。
でも、反省の行為は、考えなければできない。
なかなか書けない、ということは、考えていないということだ。
もっと勉強して、考えよう。>自分。
DATE:
2007/04/15(日) 00:02
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フラガールを観た。
とても、良心的ないい映画だ。
当時の炭鉱。今の建設産業。
なんだか、似ている。
今朝の朝日新聞に、「日本人はどこから」が掲載されていた。縄文時代に使われていた黒曜石の産地は特定できるので、どこから運ばれてきたのか、推定て゜きるそうだ。
縄文ひとは、どうやら海伝いに南から来たらしい。もちろん、北から来た人たちもいただろう。その人たちが、列島に住みついた。
縄文ひとたちは、竪穴式の住居に暮らしていた。縄文の文化は、7,8千年も続いていたという。
その後、中国大陸から、朝鮮半島を経由して、いわゆる弥生人が入ってきた。入ってきたのは「侵略」というのとは違って、新しい文化や技術をもって移住してきたのだろう。
弥生人と縄文ひとがたちが混血し、今、になっているのだろう。
つまり、まだまだ、縄文の文化やDNAをもっているのが、自分たち日本列島に住み暮らしている人間ではなかろうか。
昔の家には、必ず「土間」が付属していた。これも、竪穴式住居の名残ではないか。
盆踊りなど、やぐらの周りで踊るのも、縄文の文化そのものではないか。
今、なにもかもアメリカ化されていきつつあるが、自分たちには、縄文の血が流れているのである。
フラガールのハワイアンダンスも、元をただせば、縄文に収斂されるのかもしれない。
DATE:
2007/04/09(月) 22:24
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「パトリ」という言葉は、桃知さんからおしえてもらった。パトリとは「依って立つ地面」のことをいう、と。
→
桃知さん。 つまり「故郷」とか「風土」のことだ。これをパトリというのである。
今という時代だからこそ、パトリを大切にして生きていきたい。
DATE:
2007/04/08(日) 23:43
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政治
私が投票した方は、落選した。惜しくも、でなく、惨敗だった。やはり、組織票を持っている人が、上位を占めた。
私は、人格と本当の実績で選んだつもりだ。
組織票は、強い。
組織票は、トリックスターのような候補者に存在が居ない場合は、誰でもいいや、とばかり組織が推薦した人に入れるのだろうなあ。
よりにもよって、私の嫌いなひとが当選している。
やはり、いちばんの問題は、議員は何をしているかわからない、ということに尽きるようだ。なので、投票率が低い。投票率が低いと、知名度のあまりない、私の選んだ人などは、不利になる。
これで「惜しくも逃した」のなら、捲土重来もあると思うがどんなものかなあ。
しかし、残念である。
当選していたら、仕事する人、だったのだけれど、選挙だから、これはこれで仕方ないことだ。
DATE:
2007/04/07(土) 16:22
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私は、子供の頃から風邪をひくと高熱が出てうなされるたちであった。
原因は慢性の扁桃腺肥大症。
医者からは「手術」を勧められたが、喉の奥に刃物を突っ込んでチョッキンする恐さに耐えられないし、親も強くは勧めなかったので、そのままにしていた。
その後、風邪をひくと「ウンウン」と悩まされたものである。
結婚する直前に高熱を発し、人から「針で治るげなよ。南町のお寺のお婆さんが、針の名人で、治してくれるげな」というので、高熱でふらふらしながらも、お寺に行き、本堂の階段に座らされて、針を打ってもらった。
打った場所は、両肘のすぐ下とこめかみ、ぼんのくぼ、だったように記憶している。ぼんのくぼに打ってもらうとき、必殺仕掛け人の藤枝梅庵を思い出したことが記憶に残っている。
翌日には、熱が下がり、不思議なことに、その後、扁桃腺肥大症も、いつのまにか無くなっていた。
なので、風邪をひかなくなって30年以上になる。
針で体質が変わったのだと思っている。それにしても、針治療は、不思議なものだ。
そのお婆さんは、今は、多分、この世の人ではない。
あの技術は、どうなってしまったのだろう。
継承されているのだろうか。されてないように思われる。
グローバル化とかいわれても、世の中の役に立つ技術は継承されなければならない。
DATE:
2007/04/06(金) 11:30
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地域社会
この時期になると、通勤経路を、桜並木のあるコースに変えている。信号が多い分、ちょっと時間がかかるのだが、こういう風景の中を走るのもいいものだ。