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土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
誕生日。
2007-09-03-Mon  CATEGORY: 未分類
 9月3日は、ドラエモンの誕生日だそうですが、私も、今日が55歳の誕生日となっています。
 だから、どうっていうわけではありませんが、Mixiでは、沢山の方からお祝いのメッセージや日記に対して、お祝いのコメントをいただいています。
 ありがとうございます。

 ウィークタイト、広くて薄い紐帯。

 これが、ネットというつかみきれない世界に、何らかのメッセージを発信してきて、得ることができた、とても、大切な紐帯なのです。
 
 55年前の今日、私は、徳島の貞光町という片田舎で生を受けました。
 道幅は狭く、家々も入り組んでおりました。各家庭の庭に、垣根や塀などのある家は多くはありませんでした。

 貞光の街並み2


 なので、ちょっとした用をたすために、よそ様の庭を道路代わりに利用していた。

 私の住んでいた家も、建ぺい率は50%以下で、わりと広い庭がありました。母は花が好きで、庭の手入れをよくしていました。庭には、花壇があり、季節季節の花が色とりどりに咲き、柿、無花果、枇杷、木イチゴ、蕗、茗荷、サクランボなどの「食べられる」木々も植えられていました。

 そのなかにも通路があり、そこを近状の子供や親が、世間話をしながら、通っていました。

 なので、子供たちも、勝手によその庭で、かくれんぼしたり石蹴りしたりチャンバラして自由に遊びました。そのことに、怒るものは一人も居ませんでした。

 今なら「人様の庭に無断で侵入するとは」と目くじらを立てて怒鳴り散らしたり、警察に電話をかける人が居るかもしれません。でも、当時は、それが、普通の生活だったのです。

 昔は、人様の庭も道路と同じ共有地という感覚を全員が持っていたのではないでしょうか。

 庭を通行しても、ことさら「お世話になっている」ということも「お世話している」ことも、全く無くて、そのことが「当たり前」だったのです。

 しかし、数年前に故郷を訪れたとき、昔と同じ様に、岡本さんの庭から津司さんの庭を通って西側の通りに出ようと歩いていたら、岡本さんと津司さんの庭の境界に、立派な塀が造られていて通り抜けが出来なくて不便になっていました。

  時代の流れとはいえ、少し、淋しい想いがしました。

 いつからか、人様の庭を通るときに「遠慮」みたいな気持ちが働くようになり、現在のように、なったのでしょう。

 合理、便利、財産、車、家、そられを得る代償として、こういった伝統(?)を失ってきたのでしょう。



 
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