土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
久しぶりに、東映、任侠映画を観た。
2007-10-30-Tue  CATEGORY: 映画
 昭和残侠伝「人斬り唐獅子」を観た。シリーズ最高傑作といわれている作品だ。
 1969年の作品である。
 69年といえば、私は、多感な17歳の頃だ。アームストロング船長が月面に降り立った年で、フォークに夢中になっていた頃だ。
 ・・・・・・・・ちなみに、中学時代はGSだった。

 感想。

 いやあ、おもしろい。当時の東映は、こんな映画作っていたのだ。
片岡千恵蔵がいい。あの貫禄はさすがだ。座っているだけで、存在感がある。

「義理と人情をはかりにかけりゃ、義理が重たい漢の世界・・」。

 時代の流れに逆らい、命がけでストイックに自分の生き方を貫きとおす。
片岡千恵蔵


最後は、例によって、雪の降りしきる中を、高倉健と池部良が殴りこみに行くシーン。

なぐりこみ


 池辺良の「生まれてきたときは違っても、死ぬときは一緒だぜ。兄弟。」
こうして書いてみると、歯の浮くような気障な台詞。しかし、この台詞が、実に、さまになっているのだ。

 この映画は、最後の、この台詞のために作られたといってよいのかもしれない。
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再び、高田渡について。
2007-10-28-Sun  CATEGORY: 音楽

 加川良さんも大好きだが、高田渡さんも、大好きだ。

 

  しかし、高田渡というミュージシャンの「よさ」というのは何だろう。

私は、ご本人のことはまったく知らないし、ライブさえ行ったことがない。


生活の柄、コーヒーブルース、ブラザー軒、鉱夫の祈り、銭がなけりゃ、値上げ、ねこのねごと、自転車に乗って、鎮静剤、ごあいさつ、アイスクリーム、火吹き竹、69、・・・・・思いつくままに、ならべてみた。ほかにも、沢山の歌がある。

 高田渡は、声がいいわけでもないし、世間的な意味でいう、うまい歌い手じゃない。晩年の風貌は「生活の柄」の主人公みたいで、ひげだらけの酔っ払い爺にしかみえない。時々、音程がずれていたり、歌詞を間違えたり、リズムが狂っているように見えるときもある。観客を前にして居眠りまでしてのける。
 それに、これといった、いわゆるヒットソングはない。世に知られているのは、多分「自転車に乗って」で、ぎりぎり「生活の柄」が、ちょっと知られているぐらいだろう。(本当は、この方の作品は名作ぞろいなのだが・・・・)


何がいいのか、考えてみた。
「歌詞」・・・いい。「曲」・・いい。「雰囲気」・・いい。
やはり・・「いい」としかいいようがない。

多分、全体が「いい」のだ。それしかない。

 しかし、何がいいのだろう。不思議なミュージシャンである。それにしても、一度、ライブに行ってみたかった。
「タカダワタル的」のDVDを、また、今夜も観よう。
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流行歌。
2007-10-24-Wed  CATEGORY: 音楽
 流行歌。加川良。
   この歌、大好きだ。

流行歌・・・・・・YouTubeより。




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地球温暖化に思う。
2007-10-24-Wed  CATEGORY: 未分類
 今日は、別のブログ「新・日々読み書き」をそのままコピーした。

 地球温暖化。 
 たしかに「温暖化」は確実に進行している。肌で感じとれる。 
子供の頃、私が生まれ育った徳島県貞光町、冬は、雪合戦をしたり、積雪した山道を踏み固めて、つるつるにして「きんま」という橇で滑ったりして遊んでいた。 
  今は、積雪が見られなくなって久しい。 
 
 温暖化の原因は、大気中の二酸化炭素の排出量が増えたから、らしい。でも、それだけではないだろう。太陽を回る地球の公転がちょっと狂うだけでも違うし、太陽活動が盛んになったり衰えたりするだけで、地球上の平均温度は変動するだろう。長い地球の歴史では、スノーボールといって地球が氷の塊になったこともあれば、その逆もある。なので、温暖化も地球のきまぐれな自然現象のひとつかもしれない。 
 
 今から6千年ぐらい前は、今の海面はもっと高かった、という。説によると5mから7mも高かったといういわゆる、縄文海進である。 
 
  下の図は、延岡の海面を10m上昇させた図である。
6000年前の延岡市

  これを見ると、桜ヶ丘にある我が家は、イナバザキ(稲葉崎)とナツタヤマ(夏田山)にはさまれた古代ナツタ入江の中に位置している。 
 鐘撞堂があるシロヤマ(城山)は、古代ノベオカ湾の小さな磯だ。 
 愛宕山は、アタゴ島と呼ぶほうがふさわしい。 
 
 古代に住んでいた縄文の人々は、今の我々よりも、自然に対してはるかに敏感であったし、謙虚であり、自然と共生していたと思われる。したがって、我々のご先祖は、自然災害による被害の少ないところに、大切なものをおいていただろう。大切なものは「居住地」「先祖を祭る墓」などが考えられる。 
 
 こうしてみると、安全性の高い場所は、旭化成の工場群が立ち並ぶ沖積層の平野部ではなく、古墳や貝塚のある丘陵地(洪積層)が安全であるらしいことがわかる。 
 
 今、社会的不安に比例するように自然災害に対する危機感が高まっていて、より安全な住居が求められているが、そのヒントはこのあたりにもあるのでは、と私は思う。 
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タカダワタル的。
2007-10-21-Sun  CATEGORY: 音楽

 タカダワタル的を観た、いや、聴いた。

 ヘッドホン着けて観た。第三者が、ニヤニヤとながら観ている私の姿を見たら、気持ち悪いことだろう。
 しかし、高田渡というミュージシャンは、何者なのだろう。吟遊詩人。日本で唯一のフォークシンガー。落語家でいえば「志ん生」。歌謡曲でいえば田端義夫??
タカダワタル
高田渡


 この方のライブ、生前に行きたかった。この、DVDでもライブの素晴しさは伝わるが、やはり、同じ空気を吸わないと、本当は、わからないだろう。

 しかし、いい。
 何で「いい」のかは、説明できない。
 観る人によっては、ただの酔っ払いオヤジでしかないだろう。
 
 しかし、私は、素晴しいと感じる。
 一度、タカダワタル的を観られることをお勧めする。
 ネットのDVDレンタルでも、借りれる。


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学生。
2007-10-17-Wed  CATEGORY: 建設
 今日から、三日間、地元工業高校土木科の5名の生徒を預かる。インターンシップである。久々に、高校生と話をしたのだが「いい。(^o^)/」である。
学生

 みんな、素直で、明るくて、笑顔がよくて、ハキハキして。
 「いまどきの若い者は・・・」なんて言ってられない。とても、いい子たちだ。

 欲しくなった。

 弊社は、新規採用を休止してかなりの時間が経過している。来年は、複数名採用したかつたのだけれど、もう、遅かった。
 再来年は、新しい人材を入れたい。
 そして、技術屋としての考え方、ものの見方、仕事に取り組む姿勢、つまり、自社のミームを継承していきたい。
 それが、技術の伝承だ。施工管理などの手法や小手先の技術など、自社のミームさえ伝われば、どうにでも、なる。

 今、活躍している社員は、いちばん若手でも29歳になっていて、年齢の差が広がっているが、今のところ、心配はしていない。伝わるはずだ。

 以前は「大学生」にこだわっていたことがあるが、今は、高校生でも大学生でもいい。

 そう、思っている。

 地場の建設業の未来は、正直いって、明るくはない。

 でも、絶対に、無くなつてはならない、必要な産業なのだ。



 
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報道に想う。
2007-10-16-Tue  CATEGORY: 地域社会
  わが街で、コンビニ強盗事件があった。犯人は逮捕された。二件目の犯行の当日だからスピード逮捕である。つかまった犯人は、近所の青年であった。

 前もって断っておくが、私は、犯人のことをぜんぜん知らない。見たこともない。無関係者である。


 私は、当日の地元紙の一面を見て、びっくりした。犯人の鮮明な顔写真が大々的に掲載されていたからだ。
 包丁を突きつけて金を奪う、このての犯罪はとても悪質でまわりに与えた影響も大きく悪質で許されるべき犯罪ではない。一歩間違えると、殺傷事件になる恐れもある、重大な事件だ。

 しかし、なにも、顔写真付きで載せなくてもいいのではないか、と単純に思った。

 人に、100%悪い人間は少ない。人は「悪いこと」しながら「いいこと」もする。青年が、犯罪に手を染めたのには、青年の弱さと、そして、いうに言われぬ事情や背景があったのかもしれない。

 地元紙は、地元の新聞である。グローバル的な中央紙が顔写真を載せる、というのならわかる。しかし、地元紙だ。もっと、地域に対して、なんらかの配慮があってもいいのではないか。

 顔写真を掲載したことにより、青年の立ち直る機会を失わせたかもしれない。何の罪もない(犯人の)縁者や関係者の方に、取り返すことのできない傷をつけたかもしれない。

 社会的ルールを理不尽な行為で破った容疑者は、裁判を受けて、重いペナルティを受けるだろう。マスコミは事実を知らせることが仕事だ。罰を加えるのは検察の仕事だ。「事実」を報道するといったことに隠れて、なんでもかんでも、知らせるのは、いかがなものかと思った。

 地元紙なのだから、地域に住むひとたちの味方になってほしい。ほんの少しの情けがあってもいいのではないか、そう思った。

 ついでにいえば、市民を震撼せしめた、連続放火殺人犯人の顔写真が掲載されたという記憶はない。犯罪に対して「公平さ」は無関係かもしれない。しかし、片方は放火殺人で写真なし、もう片方は、強盗事件で写真あり。どうも、すっきりとしない。
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貞光中学校に想う。
2007-10-15-Mon  CATEGORY: 昭和の話
  卒業して40年になります。話が古すぎて合わないかもしれません。(笑)

 私は、馬出にある木造旧校舎で2年間、最後の1年間を現・校舎で過ごした、といったような世代です。

貞光中 旧校舎

 今の生徒数は知りませんが、当時は1学年がA組からD組まで4クラスありました。全校生徒数が500名ほどの大きな中学校でした。
 技術家庭の授業中に、そっと後方から抜け出して、屋上に上がって遊んで怒られたり、授業中に本で隠しながら弁当を食べて拳骨をもらったりしていました。

 現在の運動場は、元々水田が広がっていましたが、自衛隊が泊り込みで造成してくれました。なので、子供たちも運動場整備の作業に時々狩り出されて、大きな石ころをひらい集めたりしていました。
 写真は、当時の、未完成のグラウンドの写真です。
貞光中 新グラウンド


 ここで野球をしたりして遊びました。

 生まれ故郷の貞光は、今も、昔の建物や路地が残っています。町並みは、昭和そのものです。
貞光の街並み1


 聞くところによると、こんな田舎町にも、ヤマダ電気が進出してくるそうです。ヤマダ電気が店をかまえると、パートなどの雇用も生まれ、町に住む人たちも便利になることでしょう。

 しかし、故郷を捨てた私が、勝手なことだとは思いますが、できればヤマダ電機なんか、来てほしくない、そう思います。
 街の電気屋さん、そして、昔からのコミュニティや町並みを変貌させるのでは、という危惧があります。
 利便性がよくなる、雇用が生まれる、という半面、街の人々の生活、家族や近所のありかた、人間関係をも変質させながら今に至っています。パトリなき時代になっている現在をみていると、勝手な意見てすが、ヤマダ電機の進出にたいして、もろ手をあげて賛成したくないのです。



 
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私は映画を観ることが好きだ。
2007-10-14-Sun  CATEGORY: 映画
 父や母の影響なのか、映画をも観るのが好きだ。

 父は、失業中にも、映画館に小さい私を子守代わりに連れていっていた。

 母は、耳がぜんぜん聞こえないのに、深夜の海外映画を観ていた。耳は完全に聞こえないのに、あらすじも、すべて理解していたのが不思議だ。

 ・・・・・で・・・。

 最近、観たDVD。
「無法松の一生 稲垣浩監督 三船敏郎主演 1958年」
「飢餓海峡  内田吐夢監督 三国連太郎 左幸子 伴淳三郎 1965年」
「デイパーデッド」2007年
「極大射程 」2007年   
「ブラッドダイヤモンド」2007年

 感想は、苦手なので書かないけれど、いずれも、おもしろい映画だ。

 「無法松の一生、飢餓海峡」今を生きている日本人として観ておきたい映画だと思う。

 「ディパーデッド」はアメリカのヤクザ映画。ジャックニコルソンの演技が怖い。あんなおっさんには近づきたくない。
 「極大射程」は、アクションものとして観れば、二回観てもいいぐらいの、最後まではらはらドキドキの映画だ。
 「ブラッドダイヤモンド」。アフリカの内戦の現実。人間というものは・・。アフリカといえば人類発祥の地。いちばん古い人類としての歴史を持っている。なのに、いつの時代にも、虐げられてきている。なぜなのだろう。日本列島に住む我々、欧米諸国に住む人たち、アフリカ大陸で生活している民族・・みんな、同じ「人」であって、根本はそんなに変わらないはずなのに・・。

 しかし、このごろの映画は、銃で頭をブッ飛ばすシーンをはじめ、人を殺す血なまぐさいシーンが多い。ふた昔前なら、こういうシーンはなかった。そして、その残虐であるはずの場面を「おっ」というぐらいの感じ方で観ている「私」が居てちょっと驚く。リアルさを表現しようとすれば、ああいうシーンになるのかなと思うが、なんでもかでもリアルがいいのかといえば、少し、疑問を感じる。人格形成途中の子供には見せたくない映画だ。


 これから観ようとしているDVD
「張込み 野村芳太郎監督 宮口精二、大木実 1958年」
これは、冒頭部の5分間ぐらいを試しに観てみたが、引き込まれそうになった。いい映画の予感がする。


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映画「張込み」から。
2007-10-10-Wed  CATEGORY: 映画
  1958年(昭和33年)の映画「張込み」の冒頭部に、二人の刑事が列車に遅れそうにな り、走りはじめている列車に飛び乗るシーンがある。
  
 私の幼い頃の列車もそうであった。疾走する蒸気機関車。しかし、列車の乗降口は開いたまま、というより、そもそも扉がない。なので、走行中に飛び降りることも可能であった。

 思えば、当時は、危険が身の回りに沢山あった。そういった危険に遭遇すると、怪我をして傷口を医者に縫合してもらったり、ギブスで固定されたり、川の深みにはまって溺れ死にそうになったこともある。

  昭和20年代に生まれ、昭和を育ってきた我々は「身の危険」を体験し、それらを乗り越えて子供から大人と呼ばれる年代に成長してきた。

 当時の社会がいい、とはいわないが、今ように、あまりにも危険なところを排除してしまうと「野生の部分」が退化してしまい、「いざ!!」のときに、何もできなくなる人ばかりになるのではないか、そういう気がする。

  しかし、よく考えてみると、今も相当に危険である。ただ、当時の危険と今の危険は種類が違うようである。当時の危険は、危険が目の前のそこにあった。危険をある程度認識して近づいていく、みたいなものもあった。
  ところが、今の危険は予想がつかない。例えば、コンビニのレジに並んでいるだけで後ろからいきなり刺されたりする。


ある意味、当時よりも怖い。



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自分が好きでありますように。
2007-10-09-Tue  CATEGORY: 未分類
 55歳を越えた。

 国鉄なら定年退職の歳だ。
 織田信長の時代なら「夢まぼろし」を過ぎている。

 しかし、相変わらず、すぐにカーッと頭に血がのぼり自分の正義感を振り回すし、読みが浅く思慮に欠けるし、優柔不断だし、それゆえに朝令暮改だし・・・。
昔とあまり変わっていない。

 三つ子の魂百まで、とはよくいったものだ。


気分が沈むと、自分の悪いところばかりが目に付く。

 加川良の「流行歌」
 
♪君は、君のことが好きでありますように
♪僕は、僕のことが好きでありますように

・・・・・・・いい歌だ。

 悪いところばかりの自分だけれど、もっと、ずっと、自分を好きであり続けたい。


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プロフェツショナル
2007-10-07-Sun  CATEGORY: 建設
 とっさの判断。

 (私の経験ではない。弊社社員の経験である。)

 鉄道の沿線で、電車の走行に支障の恐れがある立木を伐採していた。立木を伐るときは、絶対に、線路側に倒してはいけない。線路の上には20,000ボルトの裸の高圧ケーブルが張っている。電車は、この架空線から電気を取り込んで走行しているのだ。
ワイヤーロープを立木に固定して、山側に倒れるようにしていたのだが、枝の一部が架空線に触れた。
「ドッカーン!!」けたたましい音が谷あいの山中に鳴り響いた。瞬間的に高圧電流が立木に流れたのである。
作業員が駆け寄って、立木をのけようとした。

「触るな!!」大きな声で怒鳴り声がした。

作業員は、触るのをやめた。
その瞬間、
「ドッカーン!!」再び轟音が鳴り響いた。

架空線に何かが触れると電流が遮断される。しかし、数秒後に自動的に電流が再び流れるように、セットしてある。
もし、人為的なもの以外(例えば、サルが電線に触れたり、木から枝が落ちて電線に触れたり・・)で、送電が止まると電車も走らなくなる。それではいけないので、数秒経過したあとで電源スイッチが自動的に入ることになっているのだ。

もし、作業員が木に触れていたら、大変なことになっていただろう。直流二万ボルトの電流が流れると人間はろうそくのように燃え上がるのだ。

このとっさの判断。常人にはできない。

これをやれるのが、プロである「現場責任者」なのである。

プロなら事故を起こすな。事故を起こしてもプロか、と思われる方も居るかもしれない。

しかし、プロでも事故をゼロにすることは、できないのである。



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建設産業の行方。
2007-10-05-Fri  CATEGORY: 建設
  このあいだ知り合いの建設会社の社長が話しをしに私のところまで来た。
数人の若い社員が辞める、というのである。その中には、私の知っている社員も居た。みんな、若いけれど、根性のある社員だったので「ええっ?何でですか。」とにわかには信じられなかった。
 社長のいうには「給与の問題ではない。仕事がきつい。きつくても、将来がなんとかなるも のなら辛抱できるが、いま、がんばっても建設業に未来はないから」というのだ。つまり、彼らは「建設業に失望した」のである。

 社長は続けていう「そういう理由なら、どうしようもない」。
 社長自身も、将来はこうなるのだ、という明るい未来が描けないのである。

 多分、理由はそれだけではなくて、いろいろな要因が重なって「辞める」という結論にいたったのだろう。しかし、その理由のなかに「建設業に魅力が感じられなくなった」というのがあることは間違いない。

 先があれば、失望しないし、辞めるという重大な決断を下さなかったと思う。

 自分たちが若い頃も、今と同じようにきつかった。市内の現場を担当しているのに、自宅に何ヶ月も帰らなかったこともある。一日20時間ぐらい仕事を続けていた。でも、そのことが理由で「辞めたい」とか「辞めよう」とは思わなかった。そんなことを考える暇もなかったのかもしれないが、当時は、今よりは、先が約束されていた。

やればなんとかなる、と。

今という時代は、当時と違って「先が見えない」。見えないどころか不安だらけである。

 こうやって、若い人たちが建設業を見放しはじめたら、どうなるのだろう。技術や知識、やる気、そういったものが継承されなくなる。
建設産業がこのようになるということは「地域経済」とか「雇用」の問題だけではなく、建設産業そのものの存在が、危機的なものにおかれているのである。
 そのことは、とりもなおさず、地方の危機でもあるのだ。

 このことがわかっている人は多くはない。




 
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寝ていたら。
2007-10-03-Wed  CATEGORY: 昭和の話
 ひなたが「じーちゃん、ねんねしよ」というので、添い寝していた。
 いつのまにか、うとうとした。

 うとうとした状態のなかで、故郷の情景がうかんできた。
 
 今でも、母が、ひとりで、家に住んでいて、
 七輪の側で、私が帰るのを待って、ちょこんと座っているような、そんな気持ちになった。

母。


 こういうとき、父が出てこない。
 父は外で仕事をしていて、母は、いつも、家に居た、そういう体験をつんできたせいかもしれない。

 今は、家もない。土地も人手に渡っている。
 父が生きていたら、今年で101歳。母は、99歳になるはずである。


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話芸。
2007-10-02-Tue  CATEGORY: 未分類
 落語が好きだ。講談も好きだ。浪曲も、うまい人のは好きだ。



 落語は、すべてが笑い話ではない。
「文七元結」のように、しんみりさせる人情咄もあれば、「たち切れ線香」みたいな悲恋物語もある。そうかと思えば「かじか沢」みたいに、怖い咄もある。

 上方落語の「幽れんの辻」などは、当時の悲惨な時代背景が描かれているが、
それでいて、笑わせる。笑いながら、こんな残酷な話なのに、なんで笑えるのだろうと思ったりする。枝雀は「笑いは緊張の緩和」だと言ったが「なるほどなあ」と思える。
 しかし、緊張させたり緩和させたりするのは、やはり、話芸の力なのだろう。
落語は、たった一人で多くの人物を使い分ける。情景描写や、効果音まで、落語家ひとりでやってのける。

 同じ落語を、咄家を変えて聴くのもおもしろい。
 
 同じ、話でも、違う。笑える場所まで違う。雰囲気が違う。

 一度、寄席に行って「生」で聴いてみたいものだ。


 
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喜多の大地。
2007-10-01-Mon  CATEGORY: 地域社会
北の大地、北海道が大好きです。ここには、会社の慰安旅行で1回、家人とのプライベイト旅行で2回、広くて薄い紐帯の方からお呼ばれして1回、都合4回行ったことがあります。
 北の大地に行くと、どこに行っても、ある種の何かが感じられます。

寂寥感というものでしようか。(語彙の乏しい私には、ほかに表現方法がありませんので)、 あの、一種独特の「寂しさ」、掴もうとしても 掌からふわりと逃げていくような感じの自然環境など、何回、訪れても、新しい発見みたいなものがあり、私にとっては魅惑的な場所なのです。

同じ、北国でも日本海沿岸とは、感じられるものが違います。鳥取、若狭、敦賀、能登、富山、親不知、糸魚川などにも自転車を走らせたことがあります。灰色の空の下に、重く、鉛色した日本海。息を呑むほどに、素晴らしいものでした。
 北の大地の海の場合は、ちょっと違うのです。北の大地は開放感みたいなものがあり、日本海沿岸は閉塞感みたいなものがある(これは、あくまで個人的主観です。だいたい訪れた年代も違います)
 
 もう、初冠雪がみられた北海道。
 4月の中ごろに行ったとき、私の第一印象は「暑くて寒い」でした。そして「うまい!」「きれい」「凄い」と続くのです。

 暑くて寒い、というのはホテル内部がやけに暑く感じられるのです。汗ばむほどの暖かさで、エアコンのスイッチを見つけて暖房を切りました。しかし、その調子で外に出たら、これが寒いのです。北海道の人って、実は、私たちよりも、ずっと寒がりなのかもしれませんね。




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