土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
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昔を見習おう。
2008-01-26-Sat  CATEGORY: 昭和の話
  1970年夏の真っ只中、「私」は、自転車に乗って、あちこちと旅行をしていました。
 【岐阜の山中】
自転車旅行1


 【旧中仙道をいく】
自転車旅行 旧中仙道


  伊賀上野から四日市にたどり着きました。四日市にはユースホステルがありませんでした。「今夜の宿はどうしよう」と、ごま油のような匂いのする夕暮れの海を眺めながら、ちょっと不安にかられていました。夏用の寝袋を持っているので、どうしてものときは何とでもなるのですが、やはり、畳の上に寝るほうが「いい」にきまっています。
 
  そこで、どこかに泊めてもらおうと、目をとめた大きな民家を突然に訪ね「ごめんください。私は徳島から来た旅行者ですが、今夜、泊めていただけないでしようか」とお願いしたら「ああ、いいですよ」と、快く了解してくれたのです。何軒も訪ねた結果ではなく、いちばん最初に訪問したお宅が泊めてくれたのです。

「食事は、みんな済んだので、無いけれど、ここでよかったら泊ってもいいよ」と

 階段を昇り、20畳敷きもあるような広い部屋に招きいれられ、布団までひいてくれました。
 今、だったら、到底、考えられない事です。

 

 見ず知らずの、もじゃもじゃ頭の、半ズボンにTシャツ姿の日焼けで真っ黒の若者を「何も言わず」泊めてくれたのです。

信じられないかと思いますが「事実」なのです。

 当時は、無遠慮に「泊めてください」とお願いできる雰囲気がなんとなくあったし、お願いされたほうも、泊めてあげようか、という雰囲気があったのです。

当時の、見知らぬ若者を泊めてあげよう、というのは、いったい何だったのでしょう。

そのあとの旅行中においても、はじめてお会いする地元の方から、暖かい「思いやり」を沢山受けながら旅行を続けることができました。


 今、グローバルという名の下に「住みにくい、暮らしにくい」環境に、じわじわと侵食されています。
 それは仕方ないとしても、当時の「心ね」「気持ち」「雰囲気」などが、蘇るといいのになあと、思うこの頃です。

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1960年から1964年まで。
2008-01-24-Thu  CATEGORY: 昭和の話
貞光の積雪。

昭和の貞光の子供たち。
昭和。



 これは、戦争前や終戦直後の写真ではありません。当時、どこでも見られた風景です。
 私たちは、こんな子供時代を楽しく過ごしてきました。

 徳島でも、こんな積雪は、普通の風景でした。地球は暖かくなりつつあったのかもしりませんが、まだ、十分に寒かったのです。
 寒くても、家は、隙間風が吹いていましたし、暖房といえば、練炭火鉢しかありませんでした。それで、徳島では、凍え死にをした人はあまりいなかったと思います。
 雨が降れば、家中雨漏りで、洗面器やバケツや空き缶をたたみの上に置いていました。

 私たちは、山や川、街の路地などで、泥んこになって、遊びまわり・・・・・前・近代社会の風土で育ちました。
 今【三丁目の夕日】みたいに、昭和30年代は、ちょっとしたブームになっている。
 なぜか。
 単なるノスタルジアだけでは、説明できないと思います。

 当時も、格差はありました。イジメもありまた。金持ちと貧乏人。都会と田舎。
 でも、貧乏人でも生きていけました。頑張れば、なんとかなる世の中でした。
 ワーキングプアという言葉などはありませんでした。

 今は福祉施設も充実してきているのに、毎年三万人もの自殺者が出ている。
 今の「格差」と当時の「格差」は違う。何がいちばん不足しているかというと「思いやり」だと思います。

 「それが、どうした」と言われるかもしれないが
 この時代が、いとおしいのです。

 私は、こういう時代を生きてこられて「本当によかった」と思っています。

 戦争という悲惨な経験はしない、終戦直後の飢餓も知らない、昭和30年代。
 恵まれていたなあ、と思います。

 
 
  
 
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考えるようになりたい。
2008-01-18-Fri  CATEGORY: 未分類
私は「楽」をしたがるという性癖がある。
いや「楽」を追い求めている、というぐらいだ。

 考えるよりは、何も考えないで暮らすほうが「楽」だし、
 考えこむよりは、考えるふりをして暮らすほうが「楽」だ。
 こちらから投げかけるより、受け入れるほうが「楽」だ。

 世の人で考える人は1割ぐらいだという、とどこかで読んだ。
 かくいう私は、自虐的でなく、冷静に見て9割の部類に属している。
 なので、世間一般大衆のことを「衆愚」と呼んだりするのかな、と思う。

 私は、1割になりたいという、希望はあるのだが、なかなか9割のほうから抜けきれない。

 1割になりたいなどと、思っているうちは、絶対に9割から抜けられないのだろう。

 便利なことはいい。楽はいい。
 でも、便利ばかり追い求めてもいけないとは思う。
 不便を感じることや、楽の反対のことが、想像力や創造力の源かもしれない。



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温暖化。
2008-01-16-Wed  CATEGORY: 未分類

  「球温暖化の影響により、国内でも今世紀末には気温が最高6度近く上昇するとの予測結果が8日、環境省の専門家委員会で報告された。従来の気象庁予測より最高で約2度高く、より深刻な温暖化を考慮した対策が必要だと指摘している。」

 近頃のニュースより。

 6000年前の縄文時代は、今よりも平均気温が2度高かったというから、今世紀末には、縄文時代よりも暖かくなるようだ。

 当時は、縄文海進といって、現在の海面よりも4m(7mという説もある)も高かったという。
 そして、縄文海進といえば下の図である。

 これは、現在の海面より10m高くした地形である。
縄文海進。


 下は、現在の同じところである。
今の延岡。


 今世紀末には、このような地形になるのかもしれない。

 こんなに急速な海面の上昇はないかもしれないが、それなりの準備はしておく必要があると考える。
 
 


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優柔不断。
2008-01-15-Tue  CATEGORY: 未分類
私は、つくづく自分のことを「いい加減な男」だと思っている。 
 
 白の意見も「ふんふん」とわかるような気がするし、黒の考えも「なるほど」と思えるのだ。 
 
   優柔不断。どっちつかず。 
 
 でも、今は「それが、どした」と言える。 
 ひらきなおり、でなく、言える。 
 いいじゃないか、と言いたい。 
 
 違うかもしれないけれど・・・・・ 
 
 【矛盾人間のつくっている矛盾社会なんだから、それに適応したやりかたで人間社会というものは進歩させていかなきゃならない。科学的に、理論的にすべてを律してしまおうとしたら、人間の社会というものはすごく不幸なものになっていくわけですよ。必ずしも白と黒に割り切れるものではない。その中間色というものがあるということですよ。(池波正太郎:『新編 男の作法―作品対照版』)】 
 
 ・・・・・なのである。 
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今日は。
2008-01-14-Mon  CATEGORY: 未分類
 ブログの更新は、休みます。

 では。
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パートナーシップ。
2008-01-13-Sun  CATEGORY: 建設

「今頃、工期に間に合わない、なんておかしいですよ。入札するときには、ちゃんとわかっていたでしょ。それなら、なんで、受注したのですか」という言葉を、耳にすることがある。
 たしかに、おっしゃるとおりで、そのように言われると、二の口が出ない。

しかし、現実の施工では、朝早くから夜遅くまで、誠実に懸命に仕事をしていても工期に間に合わないこともある。
ご指摘されるとおり、安易な気持ちで「なんとかなるだろう」と応札した業者にも責がある。でも、市場調査をしないで、無理な発注した機関のそれは問題ないのだろうか。
 
 業者も、早く完成させたほうが経営的にメリットがある。工事が遅れたり、手待ちになったり、手戻りになったりすると、デメリットしかない。業者サイドも、早期完成をめざして努力していることはわかってほしい。

 公共工事というのは、発注者と施工者が協働でこしらえていくものだ。(と、思う。)ここが民間工事と違うところかもしれない。
 本来は、発注者と施工会社は、パートナーだ。
 でも、この頃の風潮は、発注者は発注者、業者は業者、といったように、発注者が業者を突き放しているような気がする。というより、手を切りにかかっているように思える。これは、悲しいことだ。

 ワンデイレスポンス活動の目的のひとつは、従来以上に、お互いパートナーとして「いい公共物」を造っていく、といった活動なのだろうと思う。

 でも、一部の発注機関では、なかなか難しいと思う。公共工事の意味の解釈の違いがあるように思える。
 
 むずかしいけれど、とにかく、いい仕事を愚直に続けていくことが大事だと思う。
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オーラ
2008-01-12-Sat  CATEGORY: 建設
 あの人には「オーラがある」とか「オーラが見える」とかいわれることがある。

 オーラ。

 観音菩薩様の頭部の後ろに広がっている「後光」みたいなものだろうか。

 オーラ、という言葉は、違和感がある。「オーラが・・」という話し方はしたことない。そういう使い方は、あえて避けてきた。オーラというものも見たことがないし・・・。

 「オーラ」で、ぐぐってみると「オーラの色で性格がわかる」などという言葉がある。
 ああ、私には「オーラ」が見えない。

 「オーラ (aura) は、物体(特に人間)が放出する雰囲気、霊気などのこと。」と書いてあるものもある。

 オーラとは雰囲気・・。これは、なんとなくわかる気がする。

 では「オーラ」という言葉を使ってみよう。


 現場代理人にも「オーラ」の強いものが居る。弊社にも、3から4人ぐらい、そういう技術者が居る。

 共通していることは、彼らの発する言葉や仕草に迫力を感じるのだ。
 それは、発注者と彼らが協議している場面で、いちばんよくわかる。

 今まで黙っていた彼や彼らが、話はじめると、発注者の方の表情が変化し、彼らの意見が通ることが多くなるのである。
 それは多分、彼らの日ごろの工事施工に対する「生き様」みたいなものが、それこそ「オーラ」みたいになって、発注者の方をして「わかりました」と、言わざるを得ないような雰囲気の中に、入れてしまうものがあるのだろう。
 私は、そのように分析している。

 以前、私や私たちを指導してくれた熱血上司の言葉。

 「することはきちんとやれ。言いたいことはきちんと言え」
 「仕事は命がけでやれ」
 「正論がいちばん強い」・・・・・・

 つまり、仕事に対して真剣であればあるほど、なんでも言える、ということである。

 「オーラ」というのは、常日頃の生き様とか覚悟みたいなものが、かもし出している「雰囲気」なのだろう。




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人と人。
2008-01-10-Thu  CATEGORY: 建設

私は、技術士という資格をもっている。今となっては、そうたいしたものではないのだが、当時は、結構、私なりに、真剣に勉強して、やっと取れた資格だ。

なんで、合格できたか。

合格さえすれば、いろいろな理由は、あとから付けられる。
 
しかし、本当の、いちばんの理由は「人と知りあったこと」これにつきる。

例えば技術士建設部門のときは、発注官庁国交省の監督官と、当時一緒に仕事をしたFさん、それに桃知さん、これらの方の一人でも知り合わなかったら、合格はしていなかった。

技術士総監部門のときは、やはり、桃知さん。それに、またも発注官庁である宮崎県の○○さん。今、ワンレスの旗振り役で活躍されている方だ。

 以上、挙げた、いずれの方も、私の受験に協力した、という自覚はほんの少しもお持ちでないと思う。
  でも、私という、当の本人がいうのだから間違いない。

  こういった「人と人」のコミュニケーションがあったから、その方たちに直接アドバイスしてもらったり、その方の持たれているものを(言葉は悪いが)盗んだり、その方たちの生き様を拝見したりして、それらの目に見えないものから影響を受けて、合格できたのである。

 人と人のつながり、これはとても大切なものだと思う。

 これからも、今のコミュニケーションを大事にしたいし、新しいコミュニケーションにも力をいれていきたいと思っている。


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食べ物からの逆襲。
2008-01-09-Wed  CATEGORY: 食べ物

タクシー乗ると、運転手さんと会話をすることが多い。こちらから話しかけたり、相手から話かけられたり、である。
なかには、あいその悪い人もいるが、多くの運転手さんは話に応じてくれる。

先日は、ひょんなことから、天候の話になり、地球温暖化にかわり、温暖化のせいで今年の新米がうまくなかったになり、最後はTVの早食い(大食い)の話題になった。
私が「TVの早食いを見ていると、不愉快になります。」というと、運転手さんも強く同意されて、「お客さんもですか。私もそうなんです。しまいには腹が立ちます」という話をした。

大食い・早食いが「芸」になっている。あれは、芸などではないのに「芸」扱いになっている。視聴率がとれれば「いい」とはいえ、あれでいいのだろうか。

実は、私もひとのことを言えないぐらい、早食いの大飯喰いなので、第三者から見たら「がつがつ」食っているように思われる。
しかし、あのTV番組は見ていると、ちと腹が立ってくる。食べ物を粗末にしているとしか思えないのだ。

食べ物で遊んでいる。食べ物をバカにしている。

私たちの子供の頃(年寄りくさいといわれるかもしれないが)は、食べ物を残したり、食べ物で遊ぶと、ひどく、怒られたものだ。

日本人め。ああいうことをしていると、今に(この私も含めて)食べ物から復讐されるに違いない。
・ ・・・と、危惧するのである。



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タイムスリップ。
2008-01-06-Sun  CATEGORY: 昭和の話
  
 大晦日の夜、私のケータイが鳴った。
 
 「ん? 何かあったか?」と受話器を耳に押し当てた。

 「のぶちん。わかるか。おい、おれじゃ・・・・・」と早口の徳島弁。
 「誰かわかるわけないじゃないか。徳島弁なので同級生だというのはわかるが、お前は誰か?」

 ・・といった調子で4人と入れ替わり話をした。

 なつかしい。
 このうち3人は、四十数年ぶりだ。
 でも、話をしていると、当時の自分たちにタイムスリップしたように戻る。

 西岡のひろっちゃんが言っていた。
 「この年になると、貞光がなつかしくて、とてもいいように思える」と、故郷をいつくしんでいる想いが伝わってきた。

 昔はよかった、あの頃に戻ろう、なんていうつもりは、さらさらないが、なんといっても、今の自分は、故郷ぬきには、成立していないし、故郷はひとつしかないし、やはり、大事なものだなぁと思うのである。

 いつかの正月、貞光に帰り、昔の悪童どもと夜を明かしたいものである。


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餅と穴吹橋
2008-01-04-Fri  CATEGORY: 昭和の話
餅は、焼くのがいい。
 餅は焼くものと思っていたが、今は「チン」するものになっている。

 「チン」はいけない。
 「チン」は内部から焼く。炭火は、外から焼く。
 餡餅の場合は、とくにいけない。
 中身の餡が、火傷しそうに熱くなり食べられるものじゃあない。
 
 それに「コゲ」ができない。
 餅は、コゲがあるぐらいのが、うまい。

 しかし、この頃の家には「七輪」も「火鉢」もない。
 あるのは「チン(電子レンジ)」と「ガスコンロ」ぐらいだ。
 石油ストーブでもいいけれど、我が家では使わない。

 やはりストーブを引っ張り出して、焼こう。
 そうしよう。


 ところで、下の写真。
 これは、昭和32,3年頃の写真だ。
 どこの橋だろうか。
 両側は木の柵になっている。

 兄に聞いたら「穴吹橋だよ」ということだった。
 そういえば、後ろに、鉄骨の塔みたいなのがみえる。
 【穴吹橋を渡りきったところ。吉野川左岸。つまり脇町から穴吹町を望む写真】
穴吹 橋?


【穴吹橋】
 旧・穴吹橋


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初詣。
2008-01-01-Tue  CATEGORY: 未分類

 あけまておめでとうございます。

 今日は、午前中、お墓参りをすませ、いきあたりばったりで西臼杵のほうに「雪」を見に行くつもりで、西のほうに車を走らせました。

 途中、高千穂に行くのなら、初詣をと思い、天岩戸神社で初詣をしてきました。
 【天岩戸神社】
 天岩戸神社。

 神社での気温は2度。いかにも、初詣にふさわしい、身がきりりとしまる寒さでした。

 今年も、どう変化していくのか、先の読めない一年になりそうですが、私どものとりえは「いい仕事をする」ことしかないので、今までどおり、いい仕事を目指しつつ、変化しなければならないところは、対応して、やっていきたいと思います。


 
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