積雪
今では、雪もめったに降ることもなくなった「貞光町」ですが、私の居た頃までは、一冬に何回かの積雪を見ることができました。

【徳島県美馬郡つるぎ町貞光町】

北国に住む人たちにとっては「雪」は、白魔のようなものになるかもしれません。でも、南に暮らしている私たちは、雪が降ると、なぜか「わくわく」してしまうのです。
はるかな昔、縄文人が降る雪を見て「わくわく」していた、というようなことはないと思いますが、この「わくわく」するという気持ちは、昔から、多くの人が持たれているような「遊びごころ」のようにも思えます。
わが故郷、貞光では、雪が積もると「雪合戦」と「きんま」が、子供たちにとって主流の遊びでした。
めいめいが手作りの「きんま」を持っていました。「きんま」とは「橇(そり)」みたいな乗り物です。二本の木に板を張り「縄」を付けただけの乗り物です。「縄」と足と体で舵をとるのです。
悪童連中は、雪が積もると、山に行って、坂道という坂道をみんなで踏み固めて「つるつる、ぴかぴか」にします。坂の途中に、ちょっとした「ジャンプ台」をこしらえることもありました。
大人たちから、時々、学校に苦情がありました。道が滑って歩けんぞ、というクレームです。でも、そのくらいで、こんな楽しい遊びをやめるような子供たちではありません。
子供たちは、自分たちで作ったそれぞれの坂に「心臓破りの坂」とか「別荘」とか、意味不明な名前をつけていました。
10mぐらい真っ直ぐに滑って終わり、みたいな初心者コースから、曲がりくねった急坂の「ベテランコース」まで、それは、多彩なコースがありました。
カーブを曲がりきれずに崖下に転落、ということもありましたが、大怪我をしたということもありませんでした。
雪が積もると、さらにいいことがありました。
学校が「休校」になるのです。「休校」は臨時の日曜日みたいなもので子供たちにとっては、冬の贈り物みたいなものでした。

静かな夜、裸電球の下で、父や母と火鉢にあたっていると「ああ、雪が降っているな」と、なんとなくわかることがよくありました。外に出てたしかめると、案の定、街灯に照らし出された空間のなかに、次から次へと白いものが降っているのが見えていました。
「明日は、積もっているかもしれんなあ」と「わくわく」しながら眠りにつきます。
朝、二階の雨戸をがらがらと開けると、屋根の上に積もった白い雪が目に飛び込んできたりすると、まぶしさに目を細めながら「わーーー」と喝采を上げたものです。
でも「積もっているかもしれない」という期待がはずれたするときの落胆は、かなしいものでした。
雪で、つぎに連想するのは「七輪」にかかった薬缶です。白い湯気を吹き上げている薬缶です。白い湯気を「しゅんしゅん」と上げている薬缶は、見ているだけで、暖かくなるような気がします。
七輪の近くには「火鉢」があって、炭が真っ赤にいこっています。この「七輪」と「火鉢」が唯一の暖房器具でした。
今よりも、確実に寒かった時代なのだけれど、それで一冬を過ごしていたのです。
今は、エアコン、灯油ストーブ、温風ヒーター、ホットカーペット、電気コタツ、どんな暖房でも、手に入ります。
昔より、今のほうが「便利」にきまっていますが、それでも、やはり、当時の生活がいとおしくてなりません。