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土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
ABCヤングリクエスト。
2008-10-28-Tue  CATEGORY: 音楽
  ユーチューブで冗談半分で「ABCヤングリクエスト」て検索してみたら、奥村チヨの歌う「ヤンリク」のテーマソングが聞こえてきた。



  Webには、いろいろな情報が流れているのだなあ、と今更ながら感心した。

 ♪星がやさしく ささやく夜は

 ♪小窓に雨が降る夜は


 ♪聴きましょう、夢のリクエスト・・・・・・

 11:25PMになると、ラジオからこのテーマソングが流れた。
 時々、ザザーっと雑音が入るときは、耳をすまして聴いたものだ。

 当時は「ヤンタン(ヤングタウン)派」と「ヤンリク派」みたいなのがあったのかどうか知らないが、徳島県の貞光町では「ヤンタン」のほうは、雑音が多くて聞き取りにくかった。必然的に「ヤンリク」を聴いていたのだ。

 主題歌の作曲は、キダタローさんだ。「ふるさとのはなしをしよう」の作曲家だ。浪速のモーツァルトの人だ。

 ヤンリクが終わると、ダイヤルを回して「走れ歌謡曲」とか「オールナイトニッポン」を聴いていた。

 当時の中学生や高校生は、深夜ラジオを聴きながら、チキンラーメンをこさえて食べたり、受験勉強したり、夜遊びしたりしていたのだ。


 では。

 
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地域貢献アンケート。
2008-10-28-Tue  CATEGORY: 建設
   地域貢献のアンケートがあり、末尾に、意見や感想を書く欄があったので、ついつい、くどく、長く、感情的に、書いてしまった。

 会社としての意見や業者側の意見というより、私個人の意見かもしれないが、今の時点で感じたことを書いた。

 

●昨今の「地域貢献活動」を見ていると、昔のISO取得ブームが思い起こされる。

 発注者から満点で評価されるためには、発注者の評価チェックリストをひとつひとつクリアーすることで、ほとんどの会社が「満点」を取れるはずだ。その昔、建設会社がこぞってISO認証取得のために「投資」した結果、ほとんどの会社がISO認証を取得して、ISO取得による差別化はなくなっている
 地域貢献についても、同じことがいえる。地域貢献という評価項目に「投資」し、投資余力のある会社のほとんどは「満点」になり、差異がなくなり、競争は無意味になる。
 ボランティアとか地域貢献活動は、自発的に行うものであり、発注者から、半ば強制されたり、制約されたりする行動ではない。それに、ボランティアや地域貢献などに競争原理が働いてくると、表面的な地域貢献ばかりになり、地域からの「信頼」が、ますます減ってくると思う。「技術」は、競争概念が似合うが、ボランティアに、競争概念やあからさまな取引概念をいれることは、そぐわない。

●わが国には「秘すれば花」という言葉がある。今の、地域貢献をみていると、評価してもらうために、新聞社や発注機関に事前に連絡し、近所の草刈を半日ぐらいかけて「ぱっぱっ」と行い、地元新聞に記事として取り上げてもらい、発注者から評価してもらっている会社が、見受けられる。それこそ、涙ぐましい努力である。企業として、少しでも受注機会が増えるように努力することは、これも、自然である。

 そんな努力をさせないでほしい。

 こうした「地域貢献活動」というのは、自らの「目の前の利益のため」というのが、ありありと見て取れる。このことは、決して地域というコミュニティの利益にはつながらない。長い目で見ると、結果的に地域社会における「信頼」の崩壊に寄与してしまう危険性もある。

 一般的に、個や法人であるなしに関わらず、何らかの形で「地域社会に奉仕する」という活動は、地域社会や隣人や発注機関から、何らかの「お返し」を期待している部分があることは、否定できない。

 これは、昔から連綿と維持されてきたシステムで、この「秘すれば花的」な活動は、ある意味、高度な「見返りの戦略」であるかもしれないが、その部分を、あからさまに「ギブアンドテイク型」に変えてしまうことはよくないと思う。

●先日、地方自治体で、はじめての総合評価方式の入札が実施された。これは「特別簡易型」という方式で、発注者が、業者からあらかじめ提出された資料や、発注者の資料で「評価する」という仕組みだ。その結果、私として、信じられない結果が出た。「あれっ?」と思われる業者が地域貢献の項目で満点をとり、何十年も前から、公園の清掃や草取りを、それこそボランティアで行っている優良企業が、「あれっ?」と思われる業者の半分ぐらいの評価点であった。

●このように、一方で、昔から「目先の利益確保」とは無関係に、地道に永年にわたり、継続して行っている「地域貢献活動」は、正当に評価されない場合が出てきたりするのをみると、こういう評価はやめてもらいたいものである。

 地道に、こつこつと永く続けてきた活動を評価されることは、うれしいものがあるが、こういう公平性に疑問を持つような評価の事例があると「余計な世話はやめてくれ」と云いたくなる。

 本当の「差異」とか「差別化」というのは、こういう「秘すれば花」のほうに現れると思う。「秘すれば花」を評価してくれるのは地域の人たちである。発注者ではありえない。なので、発注者サイドの「評価」は、基本的にはやめたほうがいいと考える。

●以上の観点から、地域貢献という評価項目そのものをなくしたほうが、より公平な評価ができるのではないだろうか、と考える。

●ただ、災害時の出動態勢などでは、むずしい問題もでてくる。地域社会で自然災害が発生すれば、すぐに行動にうつるのが地場型中小建設業者としての「本来の姿」であり、当然のことであり、そうしてきた歴史もある。しかしながら、公共工事の大幅減少、入札制度の改革などで、地場業者の経営は厳しく、存続の危機にたたされていて「発注者から見放された」みたいな感情もあり、公的機関から「道路が崩れたので出てください」と云われても「いや、うちは、協力しません」と、公然と断る業者も出てくると思われるし、現に、そういう姿勢を打ち出している会社もあるようにきいている。
●このことを考えると「何かしらのインセンティブ」ないし「メリット」がないと、災害時の出動に、支障が出てくる恐れがある。業者数の数が、以前よりも大幅に減少している現実をみると、災害時の出動をうながすための、最低限の「地域貢献」という評価は必要かもしれない。

●国交省が、現在行っている総合評価方式は、多くの問題があり、けっしてベストとは思えないが、地域貢献については、今のところ「災害時体制」と「維持工事の実績」だけの評価なので、「地域貢献度」としてはベターだと思う。


 
 以上、だらだらと、長く文章になった。見直してみると、もっと簡略すればよかったと思うが、すでに提出したあとなので「覆水盆に還らず」である。

 では。


 
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