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土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
今日は、飯塚市まで行った。
2009-04-03-Fri  CATEGORY: 未分類
 今日は、福岡県飯塚市まで、二次製品の工場検査のために行ってきた。
 往復8時間、走行距離は500キロを越える。
 私は、助手席に座ったまま、おしゃべりをしたり、うつらうつらしたりである。運転した、現場責任者は、ほんとにお疲れ様、だ。

 現場責任者は、品質管理、寸法管理、などに立会い、私は、工場の設備や、工場技術者とのインタビューなどを聞いたり、見たりして、システム的な検査をこころがけてきた。

 ほぼ満足のいった検査で、ここで製造されるなら、まず、間違いのない品物が出来る、と信頼できると確信した。



飯塚といえば、思い出すのは「青春の門」である。主人公伊吹信介は、隣の田川だが、飯塚も主要な武体でる。
 そして、飯塚には、麻生邸がある。
麻生邸宅

 さすが、炭鉱王、麻生一族の豪邸で、警備の方に話しを聞くと、24時間、交替で、警備しているそうである。

 麻生邸に続く橋は、御影石造りの立派な橋梁が架かっていた。

 飯塚の橋

 飯塚冨士、ぼた山が見える。
 緑が生い茂り、普通の山に見えるが、石炭の屑で出来た人口の山だ。鳥の糞や、風が種を運んだりして、自然に、植物が繁茂している。
 ぼた山

 


帰社したのは、午後7時半頃。
 帰りに本屋に立ち寄ったら、目に付く題名の本があつたので、思わず購入した。
ギターの本


 石川鷹彦の「フォークギター再入門」。この「」がにくらしい。
 「再」がなければ、購入しなかったろう。
 「再」にひかれて、買ってしまった。

 技術士の勉強もしないといけないのに、また、おもしろそうな本を買ってしまつた・・・・。


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蚤は、どこにいった
2009-04-02-Thu  CATEGORY: 昭和の話
  野に咲く花はとごにいった~
  Where have all the flours gone~

  ・・・・・という歌があった。ピートシーガーが作った歌だ。

 ジョーンバエズやピーターポール&マリーそれに、キングストントリオ、ブラザースフォアたちが、唄っていた。
 ピーターポール&マリーの、美しいハーモニーが今も耳に残っている。

 で、今日、書くのは「花」でなく「蚤」だ。



 私は、落語が好きだ。ipodには、200近くの落語が入ってる。

 で、今日も、落語を聞いていた。 二十四孝という咄だ。


冒頭に出てくる、おなじみの隠居と八つぁんの会話。

八「いんきょ。いんきょ。・・・・・さん。」

隠居「いんきょ と さんの間にずいぶん間があるなあ」

八「あ、いた、いた。」

隠居「ひとを蚤みたいにいうな」




そういえば・・。

子供の頃、蚤はどこもに居た。

あの蚤たちはどこに行ったのだろうか。

私たちが子供の頃、下着に蚤のクソがついていない子供は少なかった。(・と思う。)

蚤は、布団の中、破れた畳の中、シャツの襟首、綿の中・・・、いたるところに潜んでいて、夜になると活動をはじめる。

蚤にかまれると、とにかく、かゆい。

 夜中に「がば」と起きて、白熱電灯をつけて、布団やらシャツなどをまさぐり、蚤を見つけると、落語の八っつあんみたいに「あ、居た、居た」と騒いだものだ。

 指先で捕まえようとするけれど、なかなかすばしこくて、たいていは「ぴょん」とジャンプして、どこかに消えてしまう。

うまく捕らえられたら、両の手の親指の爪の間にはさんで「ぷちん」と退治するのである。


今は、蚤がいるのは犬ぐらいで、それも、少数である。

蚤は、蚊などと違って、そんなに悪いことはしない。 たいして、きたなくもない。
あの、かゆみはたまらないが、どこか、滑稽でもある。
蝿や蚊やゴキブリと一緒にしてはかわいそうだ。

あの蚤は、いつごろから、私たちの前から、姿を隠したのだろう。


 蚤が消えたことイコール、衛生環境がよくなったとはいえない。反面、化学物質での汚染が身近になってきた、といえるのかもしれない。

 落語から、こんなことを連想してしまった。


 


明日は、福岡県飯塚市にあるコンクリート二次製品の工場まで、検査に行く。
その、検査リストをこさえてみた。
一日という時間をつぶして、遠いところまで赴くのだから、いい製品が造られるシステムになっているか、真剣に検査してこようと思っている。

 では。








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徳島弁と延岡弁。
2009-04-01-Wed  CATEGORY: 貞光町
ふと、思った。

徳島弁を、自由自在に話してみたいなあ、と。

でも、なんで、話せないのだろう。

21年間もの間、使い続けてきたのに。

いまや、話そうとしても、出てこない。出てくるのは、宮崎、延岡弁だ。

徳島と延岡、両方の言葉を、自在にあやつりたいものだ。

 今、日常的に使っている「延岡弁」も、もちろん好きだ。その中で、徳島弁も、この、延岡でも、堂々と自在に使えればなあ、と思うのである。



私は、徳島県の山間部で生まれ育った。

 はじめて耳にした言葉は、誰の言葉なのかは、もちろん覚えていないが、徳島弁だったはずである。

 徳島弁は、関西弁に近い。映画「鬼龍院華子の生涯」での台詞の言い回しや、小説「龍馬がいく」の言葉遣いを読んだりすると、高知の言葉よりも、距離の離れている「大阪弁」のほうが近いように思える。

と、いっても、近い、というだけで、徳島独特の方言もある。

「おもしろい」は「おもっしょい」と言う。

「あー、疲れた」は「あー、せこ」と言う。

「何をしてるの?」は「何しよんえ?」となる。ちなみに延岡弁だと「何、しよっと?」だ。

「無くなる」は「のうなる」だし、「お宅の家」 は「おまはんく」になる。

「帰りぎわ」だと「いにしな」になる。「帰る」は「いぬ」である。

「ずるい」は「へらこい」である。

 徳島弁の意味はわかる。ただ、話すことができないのである。

 英文を読んだり、外人の話す英語の意味がわかっても、こちらからは、話せない、そんなようなものである。

思春期の頃は、徳島弁は嫌いだった。大阪の商売人みたいな使いまわしも、好きでなかったし、何よりも、私の耳には、徳島弁のイントネーションが卑屈に響いた。

 今から、思えば「卑屈だ」と感じたのは、当時の自分自身が「卑屈」だっただけで、何も、徳島弁が卑屈というのは、まったく、関係のない話である。

ふるさとの方言。今、住み暮らしているところの言葉。いつまでも、大切にしたいものだ。

地方、地方で、県民性というのがあるとしたら、それは、多分、その地でずっと使われている言葉(方言)の影響を強く受けていると思う。

 方言で私たちは育ち、方言で学んで、方言で考えてきた。
 
 いまも、同じだ。

 方言は、そのままパトリなのだと思う。




さて、ぼちぼち、技術士受験のための願書を書かなくてはならない。

 今回で4度目の受験だ。
 技術士建設部門→ 技術士補→ 技術士総監部門→ 今回・・

 今回は、インターネットで願書を提出する。受験料は、カードで払う。

 では。
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