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土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
徳島弁と延岡弁。
2009-04-01-Wed  CATEGORY: 貞光町
ふと、思った。

徳島弁を、自由自在に話してみたいなあ、と。

でも、なんで、話せないのだろう。

21年間もの間、使い続けてきたのに。

いまや、話そうとしても、出てこない。出てくるのは、宮崎、延岡弁だ。

徳島と延岡、両方の言葉を、自在にあやつりたいものだ。

 今、日常的に使っている「延岡弁」も、もちろん好きだ。その中で、徳島弁も、この、延岡でも、堂々と自在に使えればなあ、と思うのである。



私は、徳島県の山間部で生まれ育った。

 はじめて耳にした言葉は、誰の言葉なのかは、もちろん覚えていないが、徳島弁だったはずである。

 徳島弁は、関西弁に近い。映画「鬼龍院華子の生涯」での台詞の言い回しや、小説「龍馬がいく」の言葉遣いを読んだりすると、高知の言葉よりも、距離の離れている「大阪弁」のほうが近いように思える。

と、いっても、近い、というだけで、徳島独特の方言もある。

「おもしろい」は「おもっしょい」と言う。

「あー、疲れた」は「あー、せこ」と言う。

「何をしてるの?」は「何しよんえ?」となる。ちなみに延岡弁だと「何、しよっと?」だ。

「無くなる」は「のうなる」だし、「お宅の家」 は「おまはんく」になる。

「帰りぎわ」だと「いにしな」になる。「帰る」は「いぬ」である。

「ずるい」は「へらこい」である。

 徳島弁の意味はわかる。ただ、話すことができないのである。

 英文を読んだり、外人の話す英語の意味がわかっても、こちらからは、話せない、そんなようなものである。

思春期の頃は、徳島弁は嫌いだった。大阪の商売人みたいな使いまわしも、好きでなかったし、何よりも、私の耳には、徳島弁のイントネーションが卑屈に響いた。

 今から、思えば「卑屈だ」と感じたのは、当時の自分自身が「卑屈」だっただけで、何も、徳島弁が卑屈というのは、まったく、関係のない話である。

ふるさとの方言。今、住み暮らしているところの言葉。いつまでも、大切にしたいものだ。

地方、地方で、県民性というのがあるとしたら、それは、多分、その地でずっと使われている言葉(方言)の影響を強く受けていると思う。

 方言で私たちは育ち、方言で学んで、方言で考えてきた。
 
 いまも、同じだ。

 方言は、そのままパトリなのだと思う。




さて、ぼちぼち、技術士受験のための願書を書かなくてはならない。

 今回で4度目の受験だ。
 技術士建設部門→ 技術士補→ 技術士総監部門→ 今回・・

 今回は、インターネットで願書を提出する。受験料は、カードで払う。

 では。
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