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土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
徳島へ。
2009-04-28-Tue  CATEGORY: 貞光町
旧石器時代の九州と四国

 関あじ、関さばの豊後水道。

 大分から四国に渡るには、まず、豊後水道を船で渡らねばならない。

 数万年前の、旧石器時代と呼ばれる時期には、四国と九州は陸続きになっていた。古代の民が、ナウマン象と一緒に往来していたに違いない。

 海底には「つみきのいえ」みたいに、旧石器時代の名残が、幾層もの土砂に埋もれて今もあるかもしれない。

 四国と九州。豊後水道の海底には、豊予川が大きな流れを形作って古代の太平洋に流れこんでいたろう。

 その、豊予川のはるか上を、九四フェリーは、佐賀関港から三崎港を目指して進んでいくのである。

 そして、その先には、わが郷里「貞光町」が今もある。

久しぶりに、ふるさとの土を踏む。

 一日たらずしか留まれない。

 早く行きたいという気持ちも加速しているが、同時に「億劫」な気持ちも生まれてきている。

 犀星の「ふるさとは遠きにありて思うもの・・」は、そうだよなあと共感できる。

 これはなんなのだろう。

 行きたい、行きたくない。行きたいほうが8割とすれば、行きたくない気持ちが2割ある。この相反する気持ちは、なんなのだろう。

 それは「不安」である。(・・と思う。)

けっして「安定」ではない。こちらに居る方が、相対的には「安定」している。

 少しの不安を抱えたまま、こころの内にある「行きたい要求」に従って、四国に渡るのである。



 そして、孫の「ひなた」と一緒にふるさとに立てることなど、想像しえただろうか。とても、想像できなかった。

 とにかく、楽しんできたいと思っている。

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