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土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
無筋コンクリートの強さ。
2010-04-23-Fri  CATEGORY: 建設
 午前5時35分起床。曇り。室内温度18.5度、外気温14度の朝だった。 
 
 今朝は、炊きたてご飯、豆腐とワカメと茄子と白菜の味噌汁、納豆と海苔、キムチ、濃茶をいただいた。

 めったに新聞のチラシは見ない。
今朝、何の気なしにどっさりと入っていたチラシを一枚一枚見ていたら、半分ぐらいは大分市内にある店や施設のものなのに気づいた。
 大分県の商圏で、宮崎市の商圏ではないのかもしれないなあ。

 


 今日は、北方町から大分県境まで現場をあちこちした。

  
 日豊本線のコンクリート構造物には、鉄筋が入っていない(無筋コンクリート)が多く見られる。特に、延岡から佐伯あたりまでは、ほとんど無筋ではなかろうか。
 【鐙川橋梁】
 葛葉鉄橋

 【第一鐙川橋梁】
鉄橋日豊本線



 「延岡と日豊線」によれば、1917年3月に着手し、佐伯から延岡まで全線開通したのは1923年6月になっている。今から、おおよそ90年前のことである。
日本で、鉄筋コンクリートが工事に使われはじめたのは1903年頃で、1914年には、鉄道院で「鉄筋混疑土(鉄筋コンクリート)」の仕様が定められている。
 しかし、見る限り、日豊線では、鉄筋コンクリート構造物はきわめて少なくて、このあたりの工事には使われてなかったものと思われる。

 その後、日豊本線の多くの構造物は、数多の地震、洪水などにも大きな被害を被ることもなく今も健在で社会資本として役立っている。

 もし、鉄筋が入っていれば、どうなっていたのだろう。
内在鉄筋が錆びて劣化がすすみ、あちこちでひび割れが生じていたかもしれない。
いや、当時の施工はきちんとしていたので、案外、痛んでなかったのかもしれない。

 それはわからない。

 ただ、感じるのは、鉄筋コンクリートとよばれ、鉄筋とコンクリートは相性がいいとされているが、コンクリートにとって鉄筋は異物という一面もあるのなあ、と思ったりしている。



帰宅途中に見た、夕日

ひさしぶりの夕日

 明日は、いつもと同じ頃に起きて、そのまま現場に向かうことにしている。

 では。



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