土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
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とくになし。
2010-05-31-Mon  CATEGORY: 未分類
午前5時30分起床。曇り。夕方からぽつぽつと降りはじめて、今はパシャパシャと本格的な雨になっている。

ひよっとして梅雨が近い?と天気図を見ると、前線は、はるか南に位置している。梅雨入りは、まだ先だ。

今のところ、太平洋高気圧の勢力が弱いのだろう。

本格的な梅雨入りは、平年よりも遅くなるのかもしれない。




 今朝、会社で「今日は、山奥の現場に行く」といったところ、私も行きたいと、総勢4名で、往復の所要時間が5時間かかる、標高700mの現場に行ってきた。

 行き帰りの途中は、消毒ポイントで何回も車を消毒した。消毒液を散布する方、消毒マットを維持管理している方、交通誘導をされている方、ほんと、ご苦労様である。


 

 
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まだ、まだ。
2010-05-29-Sat  CATEGORY: 未分類
 午前6時起床。天候は晴れ。外気温16度の朝だ。

 今日は、全社の経営会議があった。

 今期は、久しぶり「いい結果」が出た。

 しかし「結果」にのうのうとしてはいられない。6月一日から新年度がはじまる。

 来期は、厳しい。

 地場中小建設業にとっては、かなり厳しい年になりそうだ。

 でも、なんとかしていかないといけない。

 どういう時代でも「いい仕事をする」というのが根本だと思う。

 誠意をもって、楽に流されず、いい仕事をめざしていきたい。

 自分や、自分たちに、「まだ、まだ」という気持ちがある限り、まだまだなのだ。



 では。

 
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現場。
2010-05-28-Fri  CATEGORY: 建設
 午前5時30分起床。天候は晴れ。外気温13℃の朝だ。

 今朝は、シャワーを一浴びしてから、卵かけご飯を食べた。

 私の卵かけご飯は、炊きたてのご飯をよそおい、真ん中に箸でくぼみをつける。その中に、新しい卵を割り落とす。

 そして、白身の部分をすする。全部すするのではなく、少し、白身が残る程度にすすり、黄身が10なら白身は3ぐらいにしてから、醤油をたらしすぎないように、慎重にたらす。

 熱いご飯を上から乗せて、少し時間をおいて、箸でかき混ぜて食べる。

 これが、実に、うまい。

 卵かけご飯を食べてから、そのまま現場に向かう。

 コンクリート打ち込みの現場だ。
 コンクリート打設

 いつものように、いい仕事をしていた。

 足場の上から、構造物群を見る。このうち3基は、弊社の仕事だ。
 構造物

 明日は、全社集合しての経営会議。




来月、17,18日だったと思うが、ホゼン式工法の理事会、総会が東京で行われることになり、理事として参加することにしている。
 理事会、総会のときに、コンクリート維持の研修会を行うことにしていて、これには300人ぐらい集まるそうなので、口蹄疫の募金をしてみたら、という提案があり、実施する運びになった。

 「がんばろう宮崎」のバッジを手に入れて、募金してみたい。

 では。

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2010-05-27-Thu  CATEGORY: 未分類
 午前5時32分起床。天候は晴れ。外気温16度の朝。 
 
 今朝は、炊きたてご飯、豆腐とワカメと筍の味噌汁、納豆と海苔、かおら、大根おろし、濃茶をいただいた。




午後から、完成検査があった。
物静かな検査員で、たいしたやりとりはなかった。
検査で「おもしろい、おもしろくない」というのは無いけれど、おもしろい検査ではなかった。
結果は「いい検査」だったと思うが、技術的な質問とか、今少しあるといいなあと思う。



夜は、異業種の集まりに参加。
 
 今日は、パンを作った。・・というより、形を整えた(?)だけで、ほとんどは、お仲間の先生が段取りされた。
 パンをつくるのは、大変だ。時間、温度・・。繊細な料理だ。
 焼く前
 パン 焼く前

 アンパン、クリームパン、マヨネーズパン・・・・
 焼き上がると・・・
パン 完成

 外に出ると、月が出ていた。
  (高感度で撮影)
夜景


明日は、いつものように起きて、そのまま現場に直行するのだ。

では。


 



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オオキンケイギク
2010-05-26-Wed  CATEGORY: 未分類
 午前5時33分起床。晴れ。室内温度22度。外気温16度の朝。
 炊きたてご飯、豆腐とワカメとえのき茸と筍の味噌汁、納豆と海苔、たんわん、濃茶をいただいた。


 午前中は、会社の裏手にある山に登ってきた。ふもとから頂上まで市の公園になっていて、毎年、清掃や除草、剪定などを、やらしてもらっているのだ。

 これをはじめて、かれこれ17,8年ぐらいになる。
 弊社で、道路整備、駐車場、広場、などの仕事をさせてもらったことが「縁」で、はじめたのだ。

 今年も、近いうちにすることにしているが、どのくらい雑草が生えているのか、剪定は、ゴミやチリはなどの情況を偵察してきた。
 来月はじめぐらいから、はじめたら一週間前後で終わるだろう。

 頂上の広場には、黄色の綺麗な花が沢山咲いていた。
 
 オオキンケイギクである。
 

オオキンケイギクは北アメリカ原産の帰化植物であり、栽培されていたものが野化した。河川の土手や河原を中心に広がっていたが、帰化植物ではあっても花が美しいので、移植されたり刈り残されたりした。根はよく発達し、荒地でもよく生育するので、近年は法面などにワイルドフラワーとして播種されたことも加わって、各地に広がっている。名前の由来は「大金鶏菊」である。
 外来生物法によって、オオキンケイギクは特定外来生物に指定された。栽培・補完・運搬・輸入・植栽が原則的に禁止されることになったわけである。荒地に強いことから、河原で繁茂し、在来の植物に対して大きな影響を与えるからであり、カワラナデシコなどの生育する河原にオオキンケイギクが侵入すると、カワラナデシコは負けてしまう。



 管理者である「市」と相談し、今年は、刈り取ってしまおうと思っている。

 でも、刈り取っていいのだろうか。人の都合で。


 では。
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いろいろと書いた。
2010-05-25-Tue  CATEGORY: 未分類
 午前5時32分起床。天候は晴れ。室内温度22度、外気温17度の朝。 
 
 今朝は、炊きたてご飯、豆腐とワカメとソーメンと大根の味噌汁、納豆と海苔、漬物、濃茶をいただいた。 
 
 このところ「なんなとなく体調不良」。

 どこが・・というほどでもないし、たいしたことでもない。なんとなく、だ。

 数値なら、血圧、血糖値、肝機能、その他いろいろ、すべて正常範囲だろう。 

 しかし、自分の体は自分がいちばんよくわかる。

 数値じゃぁ、ない。

 で、久しぶりにクリニックへ。二週間経過を見ることにした。


口蹄疫の惨禍に襲われている地区やその周辺では、建設工事の施工も止まっている。

ここ県北地区は、今のところ、口蹄疫の感染が確認されてないので、建設工事は継続している。

道路上の「消毒マット」も、今日現在で、40箇所で敷設されている。

弊社の現場においても、炭酸ソーダ水溶液染み込ませた「消毒マット」を現場出入口に設置している。
 消毒マット。

 搬入してくる資材は、迂回してでも、消毒ポイントで消毒することを奨励している。



49頭の宮崎牛の種牛、県は、殺処分を中止して延命させてと要請している。

このことについては、地元でも賛否両論があって、難しい問題となっている。

(ちなみに、私たち夫婦は、種牛の殺処分の取り消しの署名に署名した。)

これは、あきらかに法違反である。

でも、法がいつも正しいとは限らない。

思考停止社会」から、引用してみる。

 ドラマ「水戸黄門」で印籠が登場するのは、いつも午後八時四十五分。「ここにおわすお方をどなたと心得る。恐れ多くも、先の副将軍水戸光圀公なるぞ。頭が高い、ひかえおろう」という格さんの言葉とともに、葵の御紋の印籠が目の前に突き出されると、それまで、悪行を重ねていた悪代官、悪徳商人も含め、居並ぶ人々はその場にひれ伏します。そして、黄門様が悪者たちを厳しく叱責し、苦しめられていた町人に温床れる言葉をかけるという勧善懲悪のエンディングでドラマが締めくくられます。
 この印籠は、善悪の評価を確定する絶対的な権威を持っています。印籠がでてくるだけで物語は同様の結末を迎えます。しかし、それが違和感なく受け入れられるのは、それまでのドラマのストーリーの中で、悪徳商人が暴利を貪り悪代官が私腹を肥やし、それによって罪もない町人たちが苦しめられるという、善玉と悪玉がはっきりした事実が示されているからです。それが、水戸黄門の印籠の正当性を根拠づけているのです。
 もし、この水戸黄門の印籠が、八時五分に出てきたらどうでしょうか。テーマ音楽が終わり、代官所の奥座敷で代官と商人が密談している場面でドラマが始まった途端、突然、黄門様が助さんと格さんと一緒に乗り込んできて、印籠が示され、代官と商人の二人はその場にひれ伏します。二人がどのような話をしていたのか、まったく明らかにされません。
 密談にもいろいろあって、必ずしも「悪だくみ」とは限りません。代官が商人に慈善事業への貢献を求める話し合いをしていたのかも知れません。しかし、密談にたいして印籠が向けられたことで、一切の反論は許されず、二人はただひたすらひれ伏していなければなりません。その場面のままドラマは終わります。そして、五分ごとに別のドラマが始まって、水戸黄門の印籠が出てきて人々がその前にひれ伏すというストーリーが繰り返されるのです。

 このような「八時五分に印籠が登場するドラマ『水戸黄門』」と同じことが、今、日本の社会のあるゆる分野で起きています。
 「法令遵守」が徹底された今の世の中では、何か問題が表面化すると、事実やその背景や原因などより、法令に違反したかどうかが問題にされ、法令違反はいかなる理由があっても許されません。・・中略・・・・
 このように「法令遵守」などの「印籠」が登場し、その瞬間から思考停止に陥るという現象が、日本中を覆い尽くしています。・・・・・・ざっくり・・



 

 では。




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署名
2010-05-24-Mon  CATEGORY: 未分類
 種雄牛をなんとか守りたい(署名)、口蹄疫撲滅へ

 ↓ ↓ 

  署名

 県は、まだ、口蹄疫に感染していないので、延命させて、宮崎牛の種牛を残したいと要望していますが、国は、それは許されないという回答です。

 私は、家人と二人で、署名に協力しました。

 賛同いただける方は、よろしくお願いいたします。
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プロ。
2010-05-24-Mon  CATEGORY: 建設
午前5時32分起床。天候は曇り。室内温度22度、外気温20度の朝。 
 
 今朝は、炊きたてご飯、豆腐とワカメと白菜と大根の味噌汁、納豆と海苔、イカキムチ、たくわん、濃茶をいただいた。 




来期の経営計画のまとめをしていた。
 今期は、まあまあだったが、来期は、厳しい。厳しいのはわかっていたことで、懸命に、いい仕事をやっていくぞ。




工事中の架空線切断の事故が多い。
発注者がいくら声を枯らし注意しても、いくら罰則を大きくしても、毎朝の朝礼で注意をうながしても、架空線切断事故は後を絶たない。

しかし、昔は、こういう事故は今みたいに多くは無かった。こういうと「単に、表に出なかっただけで、結構、起きていた」と言われる方もいるかもしれない。でも、今みたいに、懇切丁寧に注意などしていなかった。

今は、注意しても、いや、すれはするほど増加しているようにさえ思える。

どういうことなんだろう。

 運転者の日当が安い、という一面もあるのではないだろうか。

ここには書かないが、昔より大幅に減っている。そのことも、要因のひとつのように思える。

日当が安いとブロ意識が育ちにくい。その日が過ぎればいいと考える人も出てくる。

いい仕事には、きちっとした評価がほしい。きちっとした評価には、きちっとした報酬が必要だ。

いい運転手は、職人だ。

プロのダンプ運転手になると、運転がうまいというだけでなく、運搬路をどうしたら痛めないですむか、いかにして燃料消費を少なくするか、ホコリを立てないようにするには、タイヤを長持ちさせるにはどうするか、どこに土砂を下ろしたら効率的な仕事が出来るかみたいなことまで無意識に考えハンドルを握っている。

 腕のいい運転手は職人である。

 幸い、弊社の現場においては、今のところ、そういった事故は発生していない。
 昔からよく知っているプロの運転手が重機の運転手、ダンプの運転手とも、うまくコミュニケーションがとれているのも、今のところ、事故の起きていない理由の一つかもしれない。





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2010-05-22-Sat  CATEGORY: 未分類
 午前6時起床。この頃は、早くに目がさめることが多い。
 年寄りは朝が早い、という年齢には、まだ、間があるのではあるが、5時にならないうちに覚める。

 また、体調はよくない。
 血圧、血糖、肝機能など数値的な異常は、多分、見られないと思うが、自分の体は自分がいちばんよくわかる。

 月曜日は、どこに行けばよいのかわからないが、とりあえず、歯医者ぐらいから診てもらおう。

 


口蹄疫は、今のところ、延岡市など西臼杵までは達していない。北上の速度は南下よりも遅いようだ。それでも、隣町の門川町の一部は、移動制限区域に入ったと聞く。

 市も、消毒ポイントを各所に設置していたが、増設しはじめている。

 弊社も、会社、支店の入り口に消毒マットの設置を段取りして、全ての現場の入り口には消毒マットを設置することにした。

 すでに、搬出入の車両を、消毒液をジェット噴霧器で消毒している現場もある。


 早く、沈静化してほしいと願うばかりである。

※消毒液は、4%炭酸ソーダ水溶液が主流。炭酸ソーダが品薄になっている。手に入らない場合は、食酢を500~1000倍程度に水で薄めるのもいいそうだ。

 炭酸ソーダというと、栗の渋皮煮をつくるときのアク抜きに使うやつだ。


 


話は変わる。
 ユーチューブで国会本会議を見た。


 
 宮崎県選出議員が、口蹄疫の件で熱弁をふるっていたら沢山のヤジがぶつけられていた。
 
 ヤジを飛ばすのは、議員の仕事なのかもしれないが、口蹄疫の惨状をを切々と述べている場面でのヤジは、あまりではないだろうか。

 では。
 
 
 

 
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三文以上の得。
2010-05-21-Fri  CATEGORY: 未分類
 午前4時30分起床。天候は晴れ、室内温度20度、外気温15度の朝だった。 
 
 今朝は、家人が朝食と弁当の準備をはじめたところに、ひなたも起きてきたので「もう、いいから、寝せろ」と、フリーズドライの味噌汁と卵かけご飯を食べて、出社した。

 途中、久しぶりに「朝焼け」を見た。
 久しぶりの朝焼け


 茜色の東雲の下、家並に、もやがたなびいている。

 こういった情景に出くわすと「早起きのご褒美だ」といつも思う。

 今日は「中間検査」。

 施工計画だけで半日かかるほどの丁寧な検査。午後からは施工管理書類で半日。現場は20分。

 特に指摘されることもなく、無事に終わった。


 では。



 
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タイトルなし。
2010-05-20-Thu  CATEGORY: 貞光町
 午前5時33分起床。曇り。外気温22度の朝だった。

 



 「貞光劇場」でググッてみると私のブログが上位にランクされている。


 昭和七年に建てられて今も現役の映画館として、今も、営業されている芝居小屋は、全国にも珍しいだろう。
 
  
貞光劇場 (映画館)


 

 もし、こういう現役の映画館が「昭和の町・豊後高田市」に存在するとしたら、耐震や防火などの設備投資を行い、観光資源として大いに活用されていることだろう。

 私の故郷、貞光でも、文化施設として、手を入れてでも、永く維持されたらなあ、と願う。(無理なのだろうけれど・・・)

 さて、明日は、山間部の現場の中間検査である。
 朝、6時に集合して6名で向かうことにしている。


 では。



 
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紙芝居・貸本屋。。。。。。。
2010-05-19-Wed  CATEGORY: 貞光町
 午前5時35分起床。天候は雨。室内温度23度、外気温・・確認忘れ・・の朝だ。とにかく、暖かい朝だ。 
 
 今朝は、炊きたてご飯、豆腐とワカメと大根ととろろ昆布の味噌汁、納豆と海苔、濃茶をいただいてきた。 
 
 どうも、この頃「肩が凝る」というのを実感する。つい、最近までは「肩が凝るというのはどんな症状?」というぐらいだったのに。で、家人に肩をとんとんと叩いてもらうと、すーっとするのだ。




 昼休み、「ゲゲゲの女房」を見ているのを時々後ろからのぞいたりすることがある。

あれを見ていると、リアルタイムで当時の「ビンボー生活」が思い出される。
 あんなこともあった、こんなことも・・・・。

 でも、ビンボーだったのは、父や母で、私は小さくてあまりわからなかったし、どちらかといえば、何の不自由もなく育ててくれたと思っている。

ドラマには、紙芝居と貸本屋が出てくる。

 紙芝居は、私の場合、ほとんど見たことがない。紙芝居を見ている子供たちを後方から眺めていたことのほうが多い。松尾神社の近くや街路の路傍で、おっさんが、自転車を停めてやっていたが、大勢の子供たちの後の方ではよく見えなかった。
なぜ、後ろに居たかというと、お金を持ってなかったからだ。紙芝居を見るためにはお金がかかる。水飴や米菓子などを購入すると前の方で紙芝居を見ることができる。
遠くなると、声もあまり聞こえないし。

 (↓・・・・・のような情況であった。写真は「三好・美馬・阿波・吉野川の今昔」から引用)

 紙芝居


 そういえば、家にも紙芝居があった。黄土色の固い紙に天然色で描かれていた。何枚か欠落があったようだが、今から思えば、あれは忠臣蔵の紙芝居だった。現存していれば「お宝」になっていたかもしれない。

 小学校に上がると、視聴覚教室で、担任の先生が紙芝居をしてくれた。いちばん印象に残った紙芝居は「フランダースの犬」だった。ネロやパトラッシュが可哀想で涙が出たことが思い出される。

「紙芝居」という言葉だけで、以上のようなことが浮かんでくる。

貸本屋。
わが、貞光町にも、貸本屋があった。何軒あったのかは知らないが、私の知っているのは専売公社から東浦に抜けていく道の突き当たりで営業していたような記憶がある。

貸本代金は、いくらだったのかも覚えていない。当時の小包の包み紙のようなカーキ色の分厚い紙で、本全体がひとつひとつ丁寧に装丁されていた。今から思うと、何十回も使い回しをするので、本が傷まないための補強だったのだろう。

貸本では「鉄人17号」という漫画があったのを、うっすらと覚えている。




炭酸ソーダを二袋購入することにした。50キロ。
これで4%水溶液をつくる。口蹄疫関連の消毒に使うのだ。


では。

 
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非常事態宣言
2010-05-18-Tue  CATEGORY: 未分類
午前5時35分起床。天候は曇り、今にも降り出しそう。室内温度22度、外気温19度の朝だ。 
 昨夜は、寝苦しくて、なかなか寝付けなかった。 
 
 今朝は、炊きたてご飯、豆腐とワカメとコザンチクの味噌汁、納豆と海苔、たくわん漬け、濃茶をいただいた。




 今日、東国原知事が「非常事態宣言」を発した。

 今週の土曜日に開催が予定されていた「2010ゴールデンゲームゲームINのべおか」も中止が決まった。

 タオル

 写真は、ゴミではない。
 家人の友人が、持ってきてくれたものだ。

 口蹄疫の現場では、タオル、バスタオル、シーツなどは、いくらあっても足りないぐらいだという。

 我が家の居候息子が「お金が無いので寄付が出来ない。でも、手伝いがしたいのでなにか無いかと探していたらシーツが必要なので、出してくれん?」という。

それで、我が家からも使い古しの数枚のシーツを供出。

 一方、家人が、シーツやタオルの件を、知人の高校の先生にお願いしたら、その高校でシーツを募集してくれるようになり、職員や生徒まで声をかけてくれることになっている。


 県央部では、県職員、役場職員、JA職員、農家の方のほか、地場の建設会社も汗をかいている。建設会社は、消毒や埋設などをしている。

 県庁職員は、休みの土曜日曜は、防護服に着替えて消毒作業に従事しているという。




 明後日は、中間検査で西都市まで行く。

 当然、都農、川南、新富も通過しなくてはならない。行き帰りは、消毒ポイントで消毒しよう。




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コンクリート、口蹄疫・・・・・・。
2010-05-17-Mon  CATEGORY: 未分類
午前5時35分起床。天候は晴れ。室内温度21度、外気温16度の朝だった。 
 
 今朝は、炊きたてご飯、豆腐とワカメと大根の味噌汁、納豆と海苔、青首大根の漬物、濃茶をいただいた。 
 
 弁当とカバンを下げて、そのまま現場に直行し社内検査を行った。今回は、コンクリート打ち込みの検査。

 こうやって「スランプ」という数値を測定する。
 スランプ値

 下がった寸法を測定し、コンクリートの形状を観察する。崩れ方、表面の荒れなども見る。いくら数値がOKでも、粘りが不足すると、ダラリとなる。
 そのあと、ハンマーで叩いて、下がって広がっいくさまを観察する。
 タンピング1

タンピング2

 いいコンクリートなら、写真のように、均等に広がりずれていく。

 打ち込み
 鉄筋の錯綜した内部に作業員が3名居る。上から、たらした振動機を使って、ここで締固めていく。
 上からでも、締固めは可能だ。しかし、いいコンクリートを施工するには、こういった狭隘な場所でも、下に降りて、できるだけ、打ち込み高さを低くして施工するのがいいのだ。
 打ち込み

 

 打ち込みは、急がない。ゆっくりと打ち上がる。あまり、ゆっくり過ぎてもいけない。
 打ち上がるに連れて、こうして、横から、小径の振動機で再振動をかける。
 こうしておけば、コンクリートが沈んで発生する「沈下ひび割れ」は、ほぼ、防止できる。
 再振動

 再振動をかけるタイミングも、いつでもというわけにはいかない。その日の、コンクリートの状況や、外気温、コンクリート温度、構造物、などで、違つてくる。これは、経験で、つまり「永年の勘」で、いちばんいいタイミングでかけるのである。
 こうして、職人の腕と気質に依存して、仕事をしている。



一旦、帰社してから別の現場の社内検査。 
 
 午後からは、安全の打ち合わせ。


 
 

話は変わる。
 
日曜日あたりから、ぼちぼちと全国レベルでマスコミも口蹄疫のニュースを流すようになってきた。そして、今日あたりから、一斉にマスコミも大々的に報道を開始し、政府も、やっと、重い腰を上げる姿勢を見せはじめているようにみえる。 
 
 国会で女性議員が倒れ「あなたが後ろから押した」「やってない」などと、交互に非難している場合ではない。そういうのは、どこかよそで本人同士でやればいい。もっと、大事なことを迅速に行うのがまつりごとではないか、と思うのである。 


 では。

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2010-05-16-Sun  CATEGORY: 未分類
 いつでも床を離れる時を「起床」というならば・・午前6時35分、ひなたに起こされて、起床。天候は晴れ。 

 朝は、いつものように白粥をいただいた。日曜日の朝、家人と私は、ほとんど白粥を食べている。
お粥

 
 
 今日は、一日、家でじっとしていた。 
 
 ひなたと近所を散歩したり、庭の、ヤマモモの木とクロガネモチの木の間に下げたブランコで遊んだり、近くのスーパーに散歩がてら、買い物に出かけたりと・・・・・・。 

 精肉売り場では、宮崎県産の豚肉、牛肉が置いてあり、売れていたようだ。

 スーパーでは口蹄疫の募金箱が置いてあったので、貧者の一灯として、財布の中の小銭をまとめて寄付させてもらった。 
 
 スーパーの近くの豚肉直売店に立ち寄り、こてっちゃんと豚の耳を頼んだら、豚の耳は売り切れ。しかたないので、こてっちゃん2パック購入した。

 小さい間口の店だが、新鮮な豚肉を購入する、お客の数は多かった。

 明日は、自宅から、現場に直行するのだ。


 では。



 
 
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技術の伝承。
2010-05-15-Sat  CATEGORY: 建設
 午前6時起床。天候は晴れ。室内温度19度、外気温13度の朝。 
 
 今朝は、炊きたてご飯、豆腐とワカメと筍の味噌汁に卵を割り落とし、納豆と海苔、大根おろし、濃茶をいただいた。 




 少し前、 NHKBSで「仕事をなめるな」というドキュメンタリーをちょっとだけ観た。江戸指物の技を伝えようとする親方と、彼のもとに弟子入りした大学出のフリーターの若者に仕事を教えるというルポだ。その中で親方が「いくら技術を教え込んでも、職人としての考え方がないと駄目だ」みたいなことを語っていた。
そうだよなあ、と思う。

 技術(テクニック)は年々変化していく。三十年前の方法と今の方法とでは、違っている。器具も方法も違ってきている。今のほうが、より便利に、より早く、そして複雑になってきているように思える。

で、何にしてもそうだと思うが、変えてはならないものがある。それが、考え方だとか姿勢だとかよばれるものだと思う。

公共土木工事が減り、大学や高校でも「土木工学部」「土木科」という名前は無くなろうとしている。企業も、以前のように毎年毎年計画的に新卒採用をするわけにもいかない。いや、新規採用を凍結せざるを得ないところまできている。

そういう状態が進むとどうなるか。

 連綿と伝わってきた「技術者」としての姿勢や考え方が将来に伝わらなくなる。

こういった考え方を含めて「技術」とよぶとすれば、各社で醸成されてきた「技術」が途切れてしまうことになる。
それならどうしたらよいのか。どうしていいのかはわからない。ただ、企業として、勇気と決断を持って「新規採用」に踏み切っていくしかないのだろう。

 右も左もわからない、社会のこともあまり知らない若者に仕事を教えていくのは、面倒なことだし、せっかく、教えても途中でやめるかもしれない。それでも、やるべきだと思うし、今までだって、そうやってきた。

 個人差にもよるが入社して三年から五年程度は、給与を支払うといっても、企業としては個人に対しての投資であり贈与でもある。しかし、一人前になり、企業の原動力となっていく。

 もし、途中で退社し他社に移っても、社会のため、個人のため、しいては地域のためになることと割りきって、えいやっで進めていくことがいいと思う。




来月、16、17日と上京することにした。

ある工法協会の理事会や総会を東京で開催するというのだ。私は、理事で、副会長(名のみ)をしていることや、先のことを考慮して行くことにした。

できれば、 久しぶりに浅草へも訪ねてみたい。

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表彰推薦。
2010-05-14-Fri  CATEGORY: 未分類
 午前5時33分起床。天候は晴れ。室内温度18度、外気温12度の朝。

 今朝は、炊きたてご飯、豆腐とワカメと白菜と筍と豚肉とだんごの入った味噌汁、納豆と海苔、たくわん漬け、濃茶をいただいた。




この前完成した工事の中から、弊社の現場責任者I君の表彰を推薦してくれるという。表彰が決定するかどうかは、九州各地からの候補が上がり、その中から、数名に絞り込んで決まるので、まだ、わからない。

 でも、うれしい。数ある工事の中から、選んで候補として推薦されるのは、うれしい。

 本決まりになるといいのになあ。




明日は、経営会議がある。

 私は、途中で退席して、山間部の現場に向かうことにしている。

 今日は、これまで。

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口蹄疫
2010-05-13-Thu  CATEGORY: 未分類
 午前5時35分起床。天候は晴れ。室内温度19度、外気温12度の朝だ。 
 
 今朝は、炊きたてご飯、豆腐とワカメと筍の味噌汁,納豆と海苔、たくわん漬け、濃茶をいただいてきた。 
 
 口蹄疫報道、Web上では盛んなようだが、新聞やTVではあまり取り上げられない。風評被害を慮ってのことなのか、それとも別の要因からなのか。 




私はmixiに登録している。今は、ほとんど日記の更新はしていないが、メッセージやコミュニティの連絡で使ったり、時々、マイミクさんの日記をのぞいていたりしている。

 口蹄疫についても、連日、沢山の日記が更新されている。

 その中から、無断で引用してみた。↓ ↓

 皆さんありがとうございます
昨日も20人近いマイミクさんが日記に書いてくれて1件1件お礼を言いたい所ですが、バタバタしてて
今一番ありがたいのはこの現状を知ってもらうこと世論で政府を動かすしかもう手が無いんです

昨日日記に書いた仲間の輪による消毒剤の話も、政府の圧力がかかり、
“各県まず自分所の防疫の徹底をせよ。宮崎は農相みずから出向き全力で対応している”
との電話があったみたいです。

消毒剤が圧倒的に足りません。
消毒剤の事は昨日書きましたが、
人手も圧倒的に足りません。
政府は“現場スタッフを国としても確保している”と発表してますが、一昨日までの現場スタッフ350人のほとんどは県のスタッフ。
九州農政局から3人の獣医師と20人のスタッフ、追加で30人の自衛隊。
農政局の獣医師はペーパー獣医師で現場しゃまともに牛に触ることも出来ない、追加で来た自衛隊は4日出たら2日休み実質2/3の労力。
昨日から宮崎による確保と九州各県の応援により倍の700人体勢に。
それでも殺処分対称の1割しか処分出来てません。
県も、保健所も、獣医師も、JAも、市町村も、休みなしで必死になって頑張ってます。
保健所の友人はGWどころか、発生からずっと休み無し、6~21時の重労働。爪は割れ、消毒剤で手の皮膚が爛れ…、
それでも必死になって戦ってます。
マイミクさんの旦那さんも新婚、子供が産まれて初めてのGWも休み無しで頑張ってくれてます。
ホントに感謝しています。

それでも全然処分が追い付かないんです。
今、処分対称の10万頭のうち、20日間で処分が終わったのは1万頭にも届きません。
今1日の処分頭数が千頭。毎日発症する頭数の方が圧倒的に多いんです。
感染した牛は毎日10億個、豚は5兆個のウイルスを撒き散らします。感染拡大が止まりません。

4月末に発症した友人の農場では、今のペースでは5月内に処分出来るかどうかと言った所です。
全て殺されてしまう。それでも弱れば排出するウイルスが増える。だから、殺されるのがわかってても、毎日餌をやり、ビタミンをやり、あらゆる手を尽くして少しでも牛を健康に保とうとしてます。
でも、農場全ての牛に広がり、弱い子牛から次々に弱り、死んでいきます。
死んでも処理業者も出入りできないため、死体の上に大量の石灰を乗せても、腐敗し異臭を放ち始め、
それでも親牛は自分の子を一生懸命舐め、石灰を落とそうとします。
消毒剤の不足から、本来は牛に使わないような強い薬を大量に毎日浴びせられ、牛は毛が抜けぼろぼろになっていきます。
そんな中で、自分の家族同然の牛を殺す事も出来ず、飼い続けなければならないんです。

また、保健所や獣医師が殺処分現場に集中せざるを得ず、発症が疑われる農場の検査も出来ず、
テレビや報道では50件80000頭となっていますが、
俺が把握してるだけで発症の疑いがあり検査待ちの所があと40農場あります。
とにかく人手が足りないんです。

もう殺処分が追い付かないんです。首相が激甚災害に認定し、自衛隊を出さない限り、拡大は収まりません。
「その必要があるかどうかを関係閣僚と話し合い、必要とあれば検討する」とか言ってる場合じゃないんです!!

ワクチンと言う手も有りますが、現行の法律では使えず、
しかも大臣は「参院選後の国会で立案立法を…」
とか言ってますが、
その頃には国内の牛・豚・山羊・羊・鹿・猪…等の偶蹄類はいなくなってるでしょう。

皆さんにお願いです。
とにかく、今、宮崎で大変な事が起こってると言うことを、多くの人に伝えて下さい。もう世論で政府を動かすしか方法がないんです。

資材機材も、人手も、予算も…
もう国に頼るしかないんです。
よろしくお願いします。



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ふるさと、貞光の話。昔と今。
2010-05-12-Wed  CATEGORY: 貞光町
 午前5時35分起床。天候は晴れ。室内温度20度、外気温、未確認の朝だ。 
 
 今朝は、炊きたてご飯、豆腐とワカメと玉ねぎの味噌汁、納豆と海苔、ちりめんじゃこの佃煮、濃茶をいただいた。



郷里の川,貞光川に架かっている橋、長橋。
 対比昔の長橋


この白黒写真は、昔の「長橋」である。撮影された年代は昭和32~33年頃だと思われる。というのは、写っている人物が私の兄の同級生であることから、想定できるのだ。
私も、長橋が吊り橋であった記憶はうっすらと残っている。その後、大水で流失して「潜水橋」に造り替えられたのだ。

子供の頃は、潜水橋の上をローラースケートで遊んだり、夏の夜は父に連れられて潜水橋の上で夕涼みをしたり、出水のときには潜水橋の上を激流が流れ下るのを見物にしたり、地域生活にとって重要な橋として、現在に至っている。

 今の長橋
 対比今の長橋


 もうひとつは、現在の美馬橋の貞光町側の入り口の写真だ。上の「長橋」と同時期に撮影されたとすれば昭和32年かもしれない。というのは、昭和33年には美馬橋が架橋され開通したので、この写真が撮られた頃は、架設工事の真っ最中だと思われる

 美馬橋の入り口
 対比昔の美馬入り口

 今
 対比今の美馬橋入り口



 美馬橋が開通するまでは、対岸の美馬町との交流は「喜来の渡し」が唯一の交通手段であった。今の、徳島県立貞光工業高等学校の前の道路を通っていくと竹林が鬱蒼と生い茂り、今でいう多自然型の護岸が形成されていた。このあたりは寂しく、竹林の手前、右側には「火葬場」があった。葬礼があるたびに火葬場の煙突から黒い煙がもくもくと吐き出されていた。火葬場の前を通り薄暗い竹林を抜けると視界が開けて吉野川の河川敷に出る。そこに「喜来の渡し」と呼ばれる渡し船があった。これに、人や自転車などを乗せて対岸に渡る。美馬町の人たちは、喜来の渡しから貞光に渡り、貞光駅で荷物を発送したり、汽車に乗ったりしていたのだ。

 今は、美馬橋のすぐ上流と下流にも吉野川をまたぐ橋が架けられている。
 橋と川。人の生活と「橋」や「川」の関係は切っても切れない生活の一部だなあと思う。

 こうして比較してみると、背景の山や川は、変わってなどない。

 「国破れて山河在り」。破れてなんかないけれど、まさしく「山河あり」だ。


 
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西都原考古博物館
2010-05-11-Tue  CATEGORY: 未分類
 午前5時35分起床。天候は曇り。室内温度21度、外気温18度の朝。 
 
 今朝は、炊きたてご飯、豆腐とワカメとほうれん草の味噌汁、納豆と海苔、ちりめんじゃこの佃煮、濃茶をいただいた。 
 

 今日は、片道二時間半の山間部の現場に行ってきた。昼前に到着し4時過ぎまでいた。
林道

 

西都原古墳群(サイトバル。宮崎では原のことをバルという)の一角に「県立西都原考古学博物館」がある。高校二年生の夏休み、建て替えられる前の博物館には行ったことがある。当時は、古代のことなど全く関心はなかったので、ほとんど記憶にはない。

で、この前の日曜日、新装あいなった「西都原考古学博物館」に行ってみた。

西都古代博物館

感想は「素晴らしい」の一言につきる。

 施設そのものも、お金をかけた見事なものであるが、展示物も刺激が与えられるような展示方法というか、また、ゆっくりと時間をかけて一人で訪ねてみたいと思わせる空間であった。
 縄文
 やじり
 弥生
男

 館内には、数名のボランティアの方が常駐され、詳しく解説をしてくれたり、親切に案内をしてくれたりしている。

 展示物には説明が書かれてあり、いったいどなたが書かれたのか、その説明書きが、また、実にいい。
 説明書き


その説明書きを少し記録してきたので、いいなあと思った語句を下に引用してみる。

人を思うことは素晴らしい
 歩く速度は、人を想うことができる。馬を駆ける速度は風に抱かれ自然と一体になれることができる。しかし、車の速度では、人を想いやることができない。


 

車社会は、しばらくの間、山を障壁としてきたように、山がつなぎ目として人と人との交流を支え、地域と地域を結びつける場所であったことを、私たちは永い間忘れていた。山は閉じられた場所ではないのだ。
 山には山の歴史がある。山間に住まう人々には、平野に住まう人々とは異なる歴史がある。



かつて、縄文と弥生の間に「闘争」が想定された。北部九州において、東北など東日本の流れとは別に、縄文時代後期に入り逆行するように土偶祭式が盛んになることを、新たな波としての弥生文化に対して縄文文化の伝統を維持しようとする決意の表れと理解する考えである。弥生が豊かで縄文が貧しかったかについては、単純には結論は導き出せない。しかし、たとえ縄文が貧しかったとしても、そのためにもろ手を挙げて豊かさになびくものではないことを、心の隅に留めておくべきである。



米を尺度にしたとき、米文化と異なる文化は
停滞あるいは後進とみなされ
誰もそれを不思議とは考えなかった。

文化を先進だとか後進だとか、
発展だとか停滞だとか、
そうした尺度で計ってはならない。
それは人間の価値を計るべきでないことと同じなのだ。



 コラムから引用

歴史は変っていくものではなく、重ねられていくものではないか、という思いがわたしにはある。流布する歴史年表とは別に、いわば不可避的に描かざるを得ないわたしの歴史年表は、旧石器文化の上に縄文文化が重ねられ、さらにその上に弥生文化が、そしてその上に古墳文化が、というように重層化していくものとして想定されている。こうして見た時、わたしたちはいままでと違った歴史像を描くことができる。・・ざっくり・・



こうした施設などが県北にもあるといいのだが、今も今後も造られることはないだろうなあ。



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ひょっこりひょうたん島みたいだ。
2010-05-10-Mon  CATEGORY: 本、読書
 午前5時37分起床。5時半過ぎ急に雨音がバシャバシャと強くなったが家をでる頃には小降りになった。
 
 室内温度22度、外気温17度の朝だ。 

 今朝は、炊きたてご飯、豆腐とワカメと大根の味噌汁、青ネギどっさりの納豆と海苔、濃茶をいただいた。




今日は、技術士会の年会費の支払と講習代の支払いを郵便局ですませて、現場で困っていることがあったので、発注機関を訪ねて、あるお願いをしてきた。
 こころよく引き受けてくれた。(・・と思う。)

そのあと、挨拶をしなくてはと、気になっていた宮崎市にある発注機関まで挨拶に行ってきた。



「不動如山」

武田軍団の幟旗。

動かざるごと山の如し、孫子の兵法から引用しているとか。

 
しかしハワイ諸島は年間10センチ、つまり、一日あたり0.3mm程度の速度で日本列島に接近しているし、オーストラリア大陸も年間5センチ程度の速度で近づいてきている。
 五千万年後の日本列島はオーストラリア大陸とアジア大陸に挟まれ消滅し名残として今のヒマラヤ山脈みたいになっているかもしれない、という。
 また、我々の住む列島自身も、中国大陸北東部のへりと南東部のへりが移動して互いに合体して形成されたという。(継ぎ目が中央構造線?)

 我々のあずかり知らぬところで、地を踏む大地も海洋も日々ダイナミックに活動している。

「それが、どうしたの ? 」というような事ではあるが、こういう話は大好きだ。

 で、コンクリートの勉強そっちのけで読んでいるのは「日本列島の誕生 平朝彦 岩波新書」である。このあとは「生命と地球の歴史 丸山茂徳 岩波新書」が控えている。

 前者には、宮崎県の基盤の地質である四万十層や秩父帯が出てくるし、吉野川北岸を通っている中央構造線が出てくる。それらの成り立ちがわかりやすく説明されていて、なかなか面白い。

 こんなことで技術士筆記試験の準備、間に合うのだろうか・・・・・・・・。

 
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大変だ。
2010-05-08-Sat  CATEGORY: 未分類
 午前5時55分起床。天候は晴れ。室内温度18度、外気温14度の朝。 
 少し涼しく感じられる。体感温度の変動が大きいと、体力の乏しい者は、体調を崩すのだろう。 
 
 今朝は、セットを忘れてご飯が炊けてなかったので、チキンラーメンに生卵とワカメを入れたのを食べて出社した。



 口蹄疫。
 宮崎県の基幹産業のひとつが大変なことになっている。地震や台風などの自然災害ではないとはいうものの、性質的には激甚災害と同じだと思う。
 畜産農家は、廃業に追い込まれているところも出ている。殺処分する場所さえもなくなりつつある。

 今のところ、日向、延岡、高千穂など県北エリアには感染の情報は確認されていないけれど、見えないウイルスなので、不安が増すばかり。

 私の家では、豚肉を食べることが多い。豚肉は、近所の養豚場から直接購入したり、養豚場の直売店から買ったりしている。
 
 以前、友人が言っていたが、飼っている牛を県外に「輸出」していたのだそうだ。そこで一ヶ月ぐらい飼育されると、「輸出」先のブランド名のついた○○牛として流通されるそうだ。
 それだけ、宮崎県の牛はいいということだと思う。

 これは、宮崎県だけの問題ではないかもしれない。


 → 畜産農家のブログ  無断でリンクしました・・・・・・。


しかし、担当所管大臣は「外遊中」とか。外遊とは、外国で遊んでいるということなのだろうか。

 危機管理面を考えるといかがなものかと思ってしまう。

 では。



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コンクリート温度ひび割れ。
2010-05-07-Fri  CATEGORY: コンクリート
午前5時40分起床。天候は曇り。小雨がぽつり。室内温度23度、外気温20度の朝。 
 
朝は、炊きたてご飯、豆腐とワカメと大根の味噌汁、納豆と海苔、大根おろし、たくわん漬け、濃茶をいただいた。


久しぶりにコンクリートの話題を書いてみる。

 午後から、橋梁下部工を施工している現場に向かった。連休前に打ち込んだコンクリートの状況を見たかったというのも理由の一つだ。
 ここは、典型的なマスコンクリートで「温度ひび割れ」の検討を行い、対策を立てて施工したので、成果が気になった。

壁部の検討

節点192の「温度ひび割れ指数」最小値は0.48  発生確率100%
参考として、温度ひび割れ幅wcの予測値を求める簡易式により試算すると
wc=γa(-0.071/p)*(lc+lb-2.04)
        Ic : 温度ひび割れ指数
        p: 鉄筋比(%)
      温度ひび割れ幅の予測値は0.28mmとなる。
      JCIの報告による「鋼材の腐食に対する限界値」の0.005cより
c:かぶり長を93mmとすると
0.465mm>0.28mm となり、ひび割れが生じたとしても鋼材腐食の恐れはないと判断される。
しかし、節点192における引張応力は1.2をオーバーし継続的に作用するため、使用自他場合のひび割れ幅を分散させるため、補強鉄筋等など、何らかの対策が望ましい。



・・・・・という予測と対策を考慮して、以下の対策を実施してみた。

壁部の1リフトは、外面はひび割れ指数が大きいものの内部でのひび割れ指数が小さく、応力もフーチングに拘束されるため、温度ひび割れが生じやすい。予想される温度ひび割れ幅は0.28mmと、コンクリート内部の鋼材が腐食する環境ではないが0.20mmより大きくなる可能性もあるので、耐アルカリガラス繊維ネットを30~50センチ間隔で設置し、ひび割れを制御する対策をとる。



 結果。
 ひび割れの発生はゼロ。目を皿のようにして探したが、確認できなかった。
 フォームタイによる沈下ひび割れも「時間をかけて打ち込む」「打ち込み後の再振動」を行い、沈下ひび割れもゼロであった。
 今回は、まずまずの成功。

 ガラス繊維ネットの効果は出ていると思われるが、また、別の箇所で実証してみたい。

 では。



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ひなたを看病しながら。
2010-05-06-Thu  CATEGORY: 未分類
 午前5時40分起床。天候は曇に近い晴れ。室内温度21度、外気温18度の朝だ。 
 今朝は、家人も本調子ではないので「寝ておけ」と言って、仏壇への供えをすまし線香を立て、炊きたてご飯、フリーズドライの味噌汁、納豆で朝をすませた。 
 
 ひなたは深夜の2時半頃に解熱剤を入れたら、5時頃には37度台に下降、出掛けには36.9度。帰宅したら、普通に戻っていた。解熱剤はあまり使いたくなかったのどが40度以上の熱で苦しそうにしていたので、使うことにはしたのだ。 

 横になってきつそうにしているひなたを見ながら、私の子供の頃を思い出し、外部から体内に侵入してきた異物と闘いながら、耐性とか免疫化とかを身につけているのだろうなあと思った。

 ウイルスと闘っているひなたを看病しながらいろいろなことを思った。
 
 私は健康体で強い。ただし、今のところ・・・・・。
 特に、外からのウイルスや細菌などの攻撃には「めっぽう強い」という、あまり根拠のない自信を持っている。

 私らの子供の頃は、衛生環境はよくなくて、蠅、蚊、のみ、しらみ、ねずみなどが身近に居た。回虫,サナダムシ、ギョウ虫などの寄生虫をお腹に飼っている子供はどこにでもいて、食あたり、赤痢、疫痢、天然痘、チフス、日本脳炎、ジフテリアなどに子供が罹り、不幸にも、毎年、何人かの児童が亡くなることもあった。

 それに、当時は、食べ物は貴重で、少しヘンな匂いがしても捨てることはもったいないので「これぐらいなら大丈夫」と、食べていたし、食べさせられていた。おかけで、今でいう「食中毒」には、毎年一回ぐらいは罹っていたりしていた。

 そういう、リスクの高い時代を、運良く、なんとかしのいで生きてきた世代は、何らかの耐性を身につけているのかもしれないと迷信みたいなことを思っているのだ。

 それで、何が言いたいかというと、私にもわからないのである。当時を懐かしんでいるだけかもしれない。

 ただ、思うのは、当時は「勢い」があった。子供の数も多かった。私の通った小学校でも全校児童数は八百名を越えていた。(現在は全校児童は192名で四分の一以下まで減少している)

 衛生、食料、交通、通信、道路・・などの社会的インフラは「これから」というところであったが、人だけは多かった。そして、みんな、なにしからせわしなげに働いていて、今の途上国みたいな「勢い」があったように思える。
「勢い」というのは「足りない」ということと「人口の多いこと」が大きく作用する。

 日本は、人口が大きく減って、下り坂みたいになっているが、やがて、反転し、再度人口が増えてくるに違いない。そして、昔の「勢い」が再来するに違いない。
そう、思っている。

 では。


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ひなたの風邪?
2010-05-05-Wed  CATEGORY: 未分類
 昨夜から、ひなたが熱を出していて、今朝は、いちばんに近所のかかりつけ医で診察。ベッドに横になったひなたの胸を二三回叩き、喉の奥を見て「喉風邪かな?」とつぶやき、解熱剤と抗生物質を処方してもらって、近くの薬局でいただいて帰宅した。

 家人も38度台の熱が下がらなくて、いちにち、ひなたと家人の看病をしていた。家人は、夕方になって、かかりつけ医に行き点滴をしてもらって帰宅してきた。

 熱が高いので心配である。40度前後の熱、食欲はない。
 さきほど、ついに、解熱剤をお尻に入れてみた。

 替ってれるものなら替ってやりたいとよくいうが、ほんと、替ってやりたいと思う。


 では。

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ひなたと遊んだ。
2010-05-03-Mon  CATEGORY: 未分類
 午前6時5分、起床。というより、ひなたから強制的に起床させられる。ひなたは「休み」という時間観念はない。毎日が遊びであり、その遊びが、活きた「学習」となっているのが、見ていてよくわかる。 
 
 なので休み期間中はひなたの「学習」の手伝いをする。といいつつ、こちらも、ついつい真面目に遊びに付き合ったりしている。 
 
 朝は、炊きたてご飯、豆腐とワカメと??の味噌汁に卵を割りおとしたもの、納豆、漬物、濃茶をいただいた。




午前中は図書館に行った。借りていた15册の絵本返却。図書館は、さすがに少なかった。十五冊の返却と同時に新しく十五冊を借りてきた。ほとんど、私が主観で選ぶのだが、今回は「ひなた」の借りたいのが2册入っている。

「かさをかしてあげたあひるさん」
「ちのはなし」
「おかあさんがいちばん」
「雨がふったらどこへいく?」
「あおいねこ」
「おおきくおおきくおおきくなったら」
「ありのごちそう」
「かあさんのおめん」
「みどりの船」
「おならのしゃもじ」
「おおきなきがほしい」
「どこ?」
「ひょうたんめん」
「雪わたり」
「だるまちゃんとかみなりちゃん」

 これを寝物語に読み聞かせている。私や家人や母親か読んであげている。


そのあと仕事から帰ってきた家人と、ひさしぶりに回る寿司へ。ひなたは4.5皿。家人は3.5皿。私は4皿。ひなたが、いちばんよく食べる。

 そのあと、この間まで仕事をしていた河川敷で遊ぶ。駆け回る、歩く。

 ひなた河川敷
 河川敷

 ・・・といったような一日を過ごした。

 明日は、今日は終日仕事であった母親から、サーカスに連れていってもらえるとか。


 

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2010-05-02-Sun  CATEGORY: 建設
 午前6時45分起床。天候は晴れ。室内温度16度の朝。外気温は???。 
 少し肌寒い。 
 
 いつもの休みのように白粥を食べた。

 それから、ひなたと家人の三人で、扁桃炎で体調不良の母親を残して、あてもなく熊本方面に車を走らせた。

 高千穂を過ぎ高森町。高森町を過ぎ南阿蘇。

 そこから俵山バイパスの方向に走らせていたら、右側に、阿蘇の山並みを背景に草原が広がり、いろいろな施設が見えたので、そこに入り、なんとか駐車スペースを確保して停めた。

 南阿蘇「あそ望の郷」

 延岡から車で二時間。丁度、いい距離だ。
ひなた南阿蘇

 食事をして、水遊びして、草スキーして、乗馬して、駆けまわって、遊んできた。


 では。



 
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ひなた六歳
2010-05-01-Sat  CATEGORY: 未分類
 午前5時48分起床。天候は晴れ。室内温度17度、外気温13度の朝だ。 
 
 今朝は、炊きたてご飯、豆腐とワカメと白菜の味噌汁、納豆と海苔、大根おろし、昆布の佃煮、たくわん漬け、濃茶をいただいた。

 今日は、出社。稼働している現場は二ヶ所。




孫のひなたは、今日で六歳になった。(右から三人目)
ひなたの六歳

早いものである。あれから六年を経過した。
おかげさまで、元気よく、育ってくれている。


健やかに、素直に、明るく、のびのびと育ってほしい。

当時の「ひなたの記録」。

「誕生」
 伊藤家に子供が授かった。男の子である。皆で愛情いっぱいで大切に育てるのである。
元気にすくすくと成長してほしい。そして、強く、たくましく、明るく、思いやりのあるやさしい子でいてほしい。大きくなったら、社会に貢献できるような日本男児になってほしい。そして幸せな生涯をおくられるように祈っている。生きて行くことは、つらいこともあるが、楽しいこともある。がんばれ、陽立よ。爺と婆はいつまでも応援しているぞ。たとえ、爺と婆がこの世にいなくなっていても、いつも、見守り、応援しているからな。

 僕は、やっと、生まれた。名前は、もうついている。陽立である。これで「ひなた」と呼ぶのである。お母さんが、つけてくれた。爺も「いい名前だ」という意見、それで決まった。
2004年5月1日4:04出生。今日の天候は、晴れ。夕方から小雨。
このときの満潮は、3:50頃。満潮時に生まれることが多いというのは本当かもしれない。38万キロも離れた天体が、生まれる応援をするのだから、自然の力というのは、何か、凄いものがあるなあ。月も、引っ張って加勢して生まれたのだからなあ。
一応、参考のために・・・・当日から5日までの宮崎県日南市油津の潮位は下のとおり。

   ざっくり・・・・・・・

ついでに、月齢は、約12日であった。
僕は、延岡市H原町のI上病院産婦人科病棟で生まれた。おかあさんは、ちょっと(見る人によっては、かなり・・)太りすぎていたせいもあり、陣痛から出産まで約26時間もかかってしまった。なので、生まれた直後は、羊水に長くつかっていたので、
手足は、真っ白でしわだらけだった。
婆は、お母さんが入院した日から、ずっと付き添っている。今日は、夕方頃から爺が来た。そのあとで、T樹おじさんも来た。犬の「まめ」は家でお留守番をしている。家族総出で、お母さんを励ましてくれた。
手を握ったり、さすったり・・「痛い、痛い」「きつい、きつい」「お父さん、お母さん、兄ちゃん」「痛いね。なんでこんなに痛いと?」「ああ、早く生まれないかなあ」「お父さんやお母さんが居てくれてよかった。私一人では、とても耐えられんかった」
お母さんは、かなりきつく痛く苦しい時間を長く経験したみたいだ。これで、少しは我儘が治るといいのになあ、である。陣痛から出産まで26時間もかかった。
A子、苦痛の中でいわく「自業自得じゃ」。全員、納得、である。

家族4人は、一睡もしないまま、A子を励まし、A子も一生懸命に頑張り、苦痛を耐えて、耐えて、僕は生まれたのである。
体重3296グラム、身長50.5センチ。手と足の指の長い僕です。よーく見ると、足が大きい。

さっそくのお見舞い。R恵ちゃん、大分のみえさん、T場さんが来た。
爺の兄ちゃんの、M夫も近いうちに来るとか。

爺のホームページや、メールには全国からお祝いの言葉が届いている。北海道から鹿児島まで、全国の人たちだ。凄いなあ。
H本さんからも、お祝いをいただく。

名前は「ひなた」か。悪くない。麻子がつけた。日向、としようと思ったら、画数がよくないとかで、陽立とかいて「ひなた」である。いい名前だと思う。まあ、センスはいい。

鹿児島のI之上さんからは、大きな鯛と甘エビをたくさん送っていただいた。でも、僕には食べられない。ありがとう、皆さん。

・・・ざっくり



ひなたは、おかげさまで、大した病気もしないで、元気のいい六歳になりました。
 
 感謝!!1 です。




 では。




 
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