土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
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題名なし。
2011-01-31-Mon  CATEGORY: 未分類
午前5時35分起床。天候は晴れ。外気温マイナス4度の朝だ。

気温が最も低い時間帯は、朝の5時前後かしらと思っていたら、日の出前後の時間帯がいちばん寒いことに気づいた。太陽が顔を出してもすぐには気温は上がらない。多分、放射冷却現象が関係しているのかもしれない。
 なので、今なら7時前後がいちばん寒いのだ。

 今日は1月31日。今年もはや一ヶ月が過ぎ去った。時間の流れは、ほんと、早いなあと思う。



 霧島新燃岳の噴火、早く終わればいいのだけれど、長期間継続するような予想が出ていた。

 以前、読んだ小説「死都日本」を思い出す。

 今回は、蓄積されたマグマは700万立方米と推定されているので、死都日本にあるような破局的噴火にはならないと思われる。

 日本列島では、破局的噴火は七千年から一万年に一回の割合で発生しており、近年の破局的噴火は今から七千三百年前の鬼海カルデラで起きたもので大分県でも50センチの厚さで火山灰が積ももり、九州に居住していた当時の縄文文化は壊滅した。

 アメリカではイエローストーン国立公園の破局的噴火が現実のものになると人類存亡の危機だといわれている。

 こうしてみると、我々は、行住坐臥、危ういところに居るのだなあと思える。



 
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飯炊き・・・・。
2011-01-29-Sat  CATEGORY: 昭和の話
午前6時30分起床。天候は晴れ。外気温2度の朝。

 今日も、技術提案について考えていた。いい案が出ない。

 一昨日、コンクリート打ち込みの現場に行く。養生は、ばっちりであった。
 ついでにコンクリート温度。

 28.6度をさしていた。これは、コンクリート表面から30センチぐらいの場所である。今日で二日目。明日から明後日にかけて31度ぐらいまで上がり、あとは、暫減していくのだろう。
 温度解析で得られた温度とほぼ同じであった。

 温度履歴

 


飯炊き
 今は、米をといで、炊飯器にセットしてスイッチを入れておくと起床と同時に炊き上がるようになっている。朝から、炊きたての御飯が食べられる。
 洗濯は、衣類と洗剤を投入するだけで、洗い、すすぎ、脱水までの一連の工程を一人でやってくれる。
 
 子供の頃。
 母は、毎日、かまどの前にしゃがんで火吹き竹を吹きながら飯を炊いた。

 洗濯たらいと洗濯板と洗濯石鹸で、襟元などの汚れを一枚一枚確認しながら洗い、水道から何回もバケツで水を運んできてゆすぎ洗いし、か細い腕で絞ったあと、梯子段で二階に上り、足元の不安定な屋根瓦の上に立って、軒下の物干し竿に衣類を干していた。

 二階の屋根は、洗濯物だけでなく、ザルに入れた梅干や布団も干した。

 秋は、庭の渋柿を父と母が一個づつむいて、荒縄に取り付けて、洗濯物と同じように干した。母は、時々、吊るした柿を指先でひとつずつもんでいた。

 まつりがあると団子を蒸したり、五目ずしをこさえたり、甘酒を仕込んでいた。
 母の五目ずしと甘酒と団子は絶品であった。まつりに訪れる親戚の者にも大好評であった。
 熱くした甘酒を湯のみに注いで、すりおろした生姜を入れて「ふーっ、ふーっ」と吹きながら飲むと、それは、いうにいわれない味わいであった。

 ここ数年、家人のつくる五目寿司も、母のそれに似てきて、とても美味い。




 生活は便利で、食べ物も豊富になり、快適になっているし、けれど「楽になった」のだろうかと思う。

 今更、当時の暮らしでは辛抱できないと思うが、今とはちがった豊かさもあったようにも思える。

 
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連帯保証人はつらい。
2011-01-28-Fri  CATEGORY: 未分類
 午前5時35分起床。天候は晴れ。外気温0度の朝だ。

 今日は、社内検査の整理と技術提案まとめ。




 連帯保証人はつらくて悲しい。

 連帯保証人を買ってでる人はあまりいない。(・・と思う。)
懇願され、断りきれなくて印鑑を押すひとが大多数だと思う。
 善意で、親切で、義理で、そして、やむなく、連帯保証人になっている。

 連帯保証人の責任は重い。本人と同じ責任を負っている。

 善意で連帯保証人になったものの、全然あずかり知らないところで、事態が進行し、巨額の債務を肩代わりしなければならなくなり破産した方の事例をよく聞くことがある。
 
 金銭や土地家屋を貸した方のリスクだけしか守られていない。

 不誠実な行為をしていなくても社会的立場を失うことだってある。



こういうルールが社会的に認められているが、間違っているように思えてならない。
廃止できないのだろうと思う。

※ 連帯保証人、私のことではありません。

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コンクリート
2011-01-27-Thu  CATEGORY: 未分類
 午前4時30分起床。天候は晴れ。外気温マイナス2度の朝だ。

 早朝からのコンクリート打ち込みに立ち会った。
コンクリート打ち込み

 気になるコンクリート温度は7℃。寒中コンクリート対策を行い、初期凍結防止を準備し、作業員29名、ポンプ車3台で打ち込み開始。内部振動機は9台使用。予備として2台。
 打ち重ね厚は50センチでマーキング。
 教科書通りの打ち込み作業。

 コンクリートは順調に納入され、これといったトラブルもなく完了。

 今回も、型枠解体時期の目安を知るために、温度センサーを設置した。

 
 


家では、障子やフスマが「びりびり」と音を立てて微振動をしていたという。

 空震。

 霧島新燃岳の噴火の影響だ。空震は、高知や愛媛にも及んだという。

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・・・
2011-01-26-Wed  CATEGORY: 未分類
午前5時35分起床。天候は晴れ。外気温0度の朝。

複合審査は、本日で終了。指摘事項はなかった。




明日は、早朝からコンクリート打ち込みの現場がある。
打ち込み数量は約700立方米。
明日の気温は少し気になるが、通常の寒中コンクリート対策でいける。

では。


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審査。
2011-01-25-Tue  CATEGORY: 建設
 午前5時35分起床。晴れ。外気温マイナス2度の朝。

 今朝の空。金星と旭化成レーヨン工場。
金星

 技術関係のことで「何かいい方法」を考えていた。
 「もうない」と諦めかけたが、ふと、思い出したのが37年前にお世話になっていた、徳島県美馬市脇町の会社

 元・同僚に電話をかけて、話を聞いたら、親切に、教えてくれた。さすが、専門である。

 わずか1年と7ヶ月しか在籍していない恩義のある会社。

 感謝! である。




今日は、久しぶりに審査員と議論をした。審査員の言われることはわかる。しかし、現場はそうじゃない。

審査員は「わかります。本当はそうでしょう。でも、システムの考え方でいくと、それでは、システムの意味がないのと同じです」
私「いや、そうではありません・・・・・」

途中で、何回か「わかりました」と妥協しようかなと思ったが「いや、ここで妥協はできない」と議論を続け、最後は、お互いに、矛を収める形で終わった。

私は「頑固者」ではない。「固唾」ではない。反対に、何でも理解しようとする気持ちのほうが強いほうだ。
でも、最後は「技術論」になってしまい、ついつい、年甲斐もなく、少しだけ熱くなってしまった。


審査は、明日まで。

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雪見。
2011-01-23-Sun  CATEGORY: 未分類
 午前7時起床。天候は晴れ。

 いつものように朝粥を炊いて軽めの塩とたくわん漬けで食した。

 今日は「雪」を見に、大分、久住高原に向かった。

 延岡では、雪はめったに降らない。降ったとしても、西臼杵地方に降る雪が風で飛ばせれて、舞い落ちてくる「風花」の雪だ。
 雪が降らないから、積雪もない。

 私が、徳島から延岡に来て37回目の年末年始を迎えたが、積雪したのは、2~3回ぐらいしかない。

 で、ひなたを連れて行ったのだが、子供は大喜びで駆けまわり、私も、息を切らせながら、雪玉をぶつけてあげた。

 ゆき

 さて、明日から三日間は、品質と安全の第三者システム監査が複合審査で行われるので、審査員と付き合わなければならない。


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無題。
2011-01-22-Sat  CATEGORY: 建設
午前6時30分起床。天候は晴れ。外気温マイナス1度。

 一度、出社してから、宮崎市まで、車で向かった。

 以前、依頼されていた技術士会の勉強会の講師だ。いや、講師の「師」ではなく「講士」だ。

 世話人から「今度、勉強会で何か話してください」といわれ、バタバタしていたこともあり「いいですよ」とやってしまったのだ。
 キャンセルも考えたが、一度「はい」と言っておきながら、今更、「あのー」とは云えない。

 本当は、こんなことしている時間はないのだが、約束は約束。

 やる以上は、せいいっぱいやる、と決めた。

 で、大学教授、准教授のあとの最後に、約1時間、話をしてきた。

 内容は「コンクリートのひび割れ」を、施工会社の観点で話をさせてもらってきた。

 話題が話題なので、発注者からの参加者が沢山いるとよかったのだが、今回は、少なかった・・。


 やはり、人前だとあがる。あがると「あれも云おう、これも云おう」と想定していたことが半分も云えない。

 受講者は、測量設計、地質、発注機関、設計事務所、、理解してもらえたのか不明だ。

 

 
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経験重視。
2011-01-21-Fri  CATEGORY: 建設
晴れ。外気温3度。寒くはない。


経験重視。
配置技術者も所属する会社も、経験豊富なところが高く評価される。土木は「経験工学的」なところが多分にあるので仕方ないかなとは思う。

でも、過ぎると、新規採用がやりにくくなる。新卒など「もってのほか」になってしまう。
新卒で入社して現場で「使いもの」になるには個人差もあるが5年程度はかかる。5年間、みっちり経験を積んで「やっと」となっても、発注者からは「経験した現場数が少ない」「資格を取って10年以上経過していない」ということで、ベテランよりも、かなり評価が下がる。

総合評価方式の入札では「点」が大きくものをいう。個人の点、会社の点、技術提案の点、だ。会社は、仕事の受注機会を増やすためには、たとえ0.5点でも他社より有利になりたいという意思を持たざるをえない。

それなら、時間とお金を投資して「いつ、使いものになるかどうかわからない」新規採用よりも、ベテランを中途採用したほうが「いい」という判断になる。そこで「引き抜き」が横行する。

 ベテランの活用もおおいに結構だが、若手もベテランかどちらかのトレードオフではなくて、トレードオンのような制度を検討しないと、業界の「少子高齢化」がますます進展し、技術継承ができにくくなり、若い人達の地元離れにもつながる。


こうしてみるとデメリットのほうが多いように思える。

「経験重視」の緩和や新規採用へのインセンティブが必要と思う。

・・・・・・といったことを、次回の発注者との意見交換会で発言しよう。
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コピペ
2011-01-19-Wed  CATEGORY: 未分類
 午前5時35分起床。天候は晴れ。外気温1度の朝。

 今年の冬は、寒さが厳しい。あの、ばかみたいに暑い夏はどこに行ったのか。

 今宵の月
満月

 今日も書くことが思い浮かばないので、昔の日記からコピペする。

 


小さい頃の愛読書は、もっぱら「漫画」と「地図帳」でした。

 漫画は「少年マガジン、サンデー、キング」といった週刊誌から「ぼくら」「少年」「冒険王」「日の丸」「少年画報」「少年ブック」「漫画王」と、いった月刊誌などを、買ってもらったり、友達から借ったりして、隅から隅まで、何回も繰り返して回し読みしていました。

 地図帳のほうは、学校で、自習の時間があると、鞄から、帝国書院の「地図帳」を引っ張り出して、あてもなく眺めるのが好きでした。
 

 

 場所は、日本国内でも海外でも「地図」になっていれば、いつまで眺めていても退屈しませんでした。私の地図帳は、書き込みや印を付けながら、家でも見たものです。



 子供の頃から、勉強嫌いな私は、小学校4年生の頃は、二桁の掛け算が出来なくて、テストや宿題が出ると「山勘」で、適当に数字を書いていたものです。「山勘」で書いても、不思議なもので、いくつかは正解があり、零点になるということはありませんでした。

 まあ、それぐらい勉強しない子供でしたが「地図帳」と「漫画」のおかげで「社会科だけ」は、いつも100点近い成績で、よく出来た、優秀な生徒だったと思います。

 グーグルアースもいいのですが、やはり、地図帳のほうが、想像力を描きたててくれます。
 今でも、アトラスの世界全図や、アトラス歴史地図などを、時々ながめたりしています。



 でも、今は、地図帳をながめても、昔ほど、面白くはありません。なぜかなあ。
 


以上、コピペ終わり。

明日は、完成検査。
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厄払い
2011-01-17-Mon  CATEGORY: 未分類
午前5時30分。天候は晴れ。外気温マイナス5度の朝だ。

 気温
 ピンボケだが、氷点下5度を指している。

 延岡は、雪は、全くといっていいほど降らないが、寒さだけは厳しい。




昨日の日曜日、今山神社で「厄払い」をしてきた。
初詣に行ったとき、昭和27年生まれは「本厄」となっていたので、厄を払ってもらったのだ。
なんでも、数え年だと、今年が、還暦になるそうだ。
娘も、厄入りだったので、親子ではらってもらった。

昨年から、新年あけて、身の回りに、あまりいいことではないことが続いていた・・・・・・。






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熱血先生の言葉 2
2011-01-14-Fri  CATEGORY: 建設
午前5時30分起床。天候晴れ。外気温マイナス2度の朝。

風邪やら、インフルエンザやらが、部署内で流行っているようだ。
私は、いまのところ、なんともなし。
インフルエンザなどに、罹ってなるものか。

水戸の長谷川様から「ほしいも」が届いた。感謝!!。
「ほしいも」この甘さが日本人にいちばんあう。美味い。
今も、ほしいもをほおばりながらキーボードを叩いている。
ほしいも



熱血先生の言葉 2 (再掲)

◆「人と交渉するときは、相手がこういったら、こう言う。ああ言ったらああいう。そのことを考えて考えて、考え抜いてから、交渉の場に望め。」


◆「他社の社長の中には、俺のことを「鬼の○○」と呼ぶものもいる。また、「○○さんは研究会のために生まれてきたよう人ですね」などとも言うのも居る。冗談じゃない。こんな仕事は向いていないし、嫌いだ。本当の、俺は、ぜんぜんそうじゃない」


◆「上のものは、イヤなことは、自ら率先して出ていくものだ。俺もそうしてきた。」


◆「勉強しろ。自分自身のために、勉強しろ」

◆熱血先生が、社員に指示をするときは、必ず、詳細な理由を説明してからでした。なぜ、やらなければならないのかを、詳細に説明していました。一 方的に「これをやれ」と指示したことは、ただの一回もありませんでした。中には、会社の極秘事項に触れるような事もありますが、隠すことなく、きちんと説 明した上で、社員に指示をする、というものでした。


◆「俺は、一生懸命にやればいいという考え方だ。命がけで一生懸命にやったら、どんな結果が出ても悔やまない、そう思って事に当ったら、俺の場合、ほとんど、うまくいった」

◆「医者に行くことと散髪に行くのは勤務中でもよろしい。健康と身だしなみを整えることは仕事の一環だ」


 私をはじめ社員が、熱血先生が退社することを引き止めました。退社する決心をされてから、約三年間、引き止め続けました。

 しかし「人間は去り際が大事だ。惜しまれるうちに辞めさせてくれ。俺は、建設省に28年、今の会社に28年、60年近く働きづめに働いてきた。ちっとは、ゆっくりさせてくれ」

「建設省の28年よりも、会社に入っての28年の方が楽しかった。やりがいがあった。みんなと出会えてよかった。お前たちには、厳しい事ばかり 言ってすまなかった。みんな、大きく成長してくれたし、今は、何の後悔も未練もない。これから、情勢は厳しくなると思うが、みんなが力を合わせれば、絶対 に、大丈夫だ。心から、感謝している。ありがとう」が、最後の言葉でした。


 そして、つい、この間の言葉

◆「伊藤君。お前は、俺が仕事をやめたらボケるとか言っていたが、そんなことはないぞ。毎日、楽しく過ごしている。今は、やめてよかったと思っている。あのとき辞めさせてもらって、感謝している。あのまま、居たら、命は無かったかもしれない」


そして、退社する前に、社員に向けたメッセージ(原文のまま)

・・・・・・・・ざっくり・・・・・・・・

 【昔の教育を受けた人間として、“恥を知れ”“命惜しまず名をこそ惜しめ”“武士に二言はない”というように、言ったことは必ず守るという言葉が三つ子の魂として残っています。物、金、万能の時代に古いと思われるかも知れませんが、これが私の人生観です。

“人の出所進退において、もっとも大事なことは、私利私欲のないことと、時期をはずさぬことである。花は美しく咲きたい、そしていつまでも咲きつづけたい、と思うのは人情である。しかし、美しくといつまでもと二つ願うのは欲が深すぎる。古い人間かも知れませんが、つまらぬ意地を理解していただきたいのです。
 時機を失すると老いのみを曝すことになる!】




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熱血先生の言葉
2011-01-13-Thu  CATEGORY: 建設
午前5時35分起床。天候は晴れ。外気温マイナス2℃の朝。

金星が東の空に出ていた。明けの明星。
明けの明星

桃知さんが書かれていたように、私も、なんで馬淵大臣を更迭する必要があるのだろうか、と思っていた。

真摯に地方の地場中小建設産業のことを考えているように思えて、期待していた。

残念である。




熱血先生の言葉。
以前、何かのブログで書いたのをそのまま、また書く。




私が、今まで生きてきて、大きく影響を与えてもらった人が、沢山、居ます。

 その中から、今日は熱血先生を取り上げてみました。
 
 弊社の中興の祖「熱血先生」

 ①命がけで仕事をすること②言う事とする事の一致③相手が役所でも、正しいことは主張すること④社員は経営者以上に経営者意識を持たねばならないこと。。。。⑤己自身のために技術を磨くこと、まだまだ、いろいろなことを身をもって示し、教えてくれた人。 
 
 不動明王のように厳しく、観音様のようにやさしかった人。

 部屋に入ってくると、全員が、条件反射的に思わず姿勢を「ぴしっ」と正さざるを得なくなる、そういう人。


◆印象に残っている言葉を列挙します。これは、私自身の覚えのためでもあります。


 「お前たち、(役所に対して)言うことは言え。その代わり、することも、きちんとしろ。することをしたなら、言いたいことは言え。で、ないと、その辺の土建屋の親父と変らんぞ」
 

「伊藤君、正論が一番強い。正論を言えば、相手は認めざるを得ない」

「約束した時間は絶対に守れ。時間が守れないような奴は、要らない。」

【社内旅行で東京に行ったときのこと。観光バスの集合時間に、五名の社員が10分ほど遅れてきたことがあります。旅行という開放感で油断したのだと思います。社員たちは、息せききって、待っていたバスに飛び込んできました。と、同時に、怒りの声が社内に響き渡りました。
「お前たち、たった10分ぐらいの遅刻と思っているかもしれないが、時間を守った大勢の人たちの時間を盗んだのと一緒だぞ。お前らは、時間の盗人だ」】


「飲んでいるときでも、しゃんとしとけ。酒の席では絶対に「横」になるな。横になる奴を俺は許さん。」


「精一杯やれ。精一杯、やって、やり抜いて、駄目になっても、いいじゃないか」


「来るなら、来てみろ!!」





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貞光町 うる覚えの記。 冬の貞光
2011-01-12-Wed  CATEGORY: 貞光町
午前5時35分起床。天候は晴れ。外気温0℃の朝。

TVのニュースで「各地でこの冬いちばん寒さ。氷点下4度を記録しました」と報じていた。

昔の貞光は、寒暖計が氷点下8度を示していたことを記憶している。マイナス6度前後まで下がるのはざらだったよう思い出がある。当時の家屋は、すき間だらけの上、暖房は火鉢か練炭ぐらいだった。しかし、今みたいに寒く感じていなかったような思いがする。

いろり 掘り炬燵 電気炬燵 ・・・・・・

雪が積もると、山道での「きんま」すべり。家の近くでの雪合戦、針金の先に木炭をくくりつけての雪吊り。みなで一回だけ「かまくら」も造ったこともある。
積雪


軒下にぶら下がる「つらら」を竹竿の先で折り取り、砂糖をまぶして食べたこともある。あまり、うまいものでもなかったが、そうやって遊んでいた。
凍結した雪道は、滑ってこけないように長靴の土踏まずのところにわら縄を括りつけて歩いた。
積雪の上に立ちションで「の」の字を書いた。

雪は、中学生の頃だったと思うが、30センチぐらい積もった。もう、すでに温暖化がはじまっていたのか、湿り雪のせいで重くて電線が切れて停電になり、百目ローソクを灯して夕食を食べたことがある。

学校は各教室の中央に石炭ストーブが置かれていた。
左上の丸い穴に、冬になると煙突が設置された。
教室


石炭当番というのがあり、朝早くから学校に来て、石炭置き場に石炭を取りにいき、マッチと新聞紙で石炭ストーブに火をつけたこともあった。
石炭ストーブの上には大きな蒸篭が置かれ、その中に、クラス全員の弁当を入れて置いた。こうすると、寒くても「ほかほか弁当」が食べられたのである。

こうしてみると、短期的には「温暖化」になっていると実感できる。


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コンクリート温度履歴
2011-01-11-Tue  CATEGORY: コンクリート
 午前5時35分起床。天候は晴れだが、明け方は空一面に雲が広がっていた。しかし、視界は良好なので「晴れ」という判定なのだ。外気温は2度。

 先日、コンクリート内の温度と外気温(養生内部と外)、三箇所でコンクリート打ち込み後から1時間間隔で温度を測定してみた。
 外気温履歴
外気温履歴

コンクリート温度履歴
コンクリート温度履歴

想定と実際の比較
比較




 なぜ、これをしたのかというと、計算で求めた温度予測との差異が知りたかったこと、もうひとつは脱枠時期の判断資料とするためだ。

温度予測は、もっと違うと思っていたのに「まあまあ」という結果だった。これはマグレかもしれない。まだ、わからない。

 脱枠時期の判断はRC示方書には圧縮強度での判断基準が示されているが、マスコンクリートになると、いちばん、ひび割れリスクの高い時期に脱枠してもいいということになる。理想的にはコンクリート内部と外気温の差が10度以内となっている。しかし10度差以内で管理すると、型枠存置期間が長くなり、工程間に合わなくなることが予想される。2008年版のコンクリートひび割れでは15度から20度以内となっている。今回は20度の差異で脱枠した。

 (ちなみに、ひび割れは見当たらなかった)

 これも、コンクリート内部の温度をどこで測定したのがいいのか。外気温とは、平均値なのか、最低温度なのか。。

 コンクリートは、またまだ、わからないところが沢山ある。化学変化は、生き物のようにも思える。
こうやって、いろいろなことを行い、経験とデータを積み上げていくことしかないのだろうと思われる。


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書初め。
2011-01-09-Sun  CATEGORY: 地域社会
 午前6時15分起床。天候晴れ。7時40分頃の外気温0度。

 今日は、孫のひなたの書初めデビュー。

 家人は、主催者側。ひなたは、別の先生から書道を習っている。

 チャレンジ

 今回は、50回目の書初めとか。五十年も続いている行事。50年続けるというのは、素晴しいことだと思う。
かんばん

 三歳半の幼児からお年寄りまで。
 
 みな、うまい。

 

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三歳の頃。
2011-01-08-Sat  CATEGORY: 貞光町
 午前5時50分起床。天候は晴天。外気温マイナス1度の朝。

 自宅近所を流れる、祝子川(ほおりがわ)
夜明けの祝子川

 右岸は、旭化成レーヨン工場。

 ※伝説
 火折命(ほおり)=神武天皇の祖父に当たる彦火々出見命(ひこほほでみのみこと)が誕生したとき、産湯に使う水をとった川を『祝子(ほおり)川』




幼児の頃の記憶は何歳ころまで覚えているものなのだろう。

 誰しも、三歳ぐらいまでの記憶が残っているようなのである。

この前、書いた「ノツゴはん」のお参りは、徳島民報の記事になったと兄が云うのだ。徳島民報が倒産したのは、兄が高校二年生(17歳?)なので「ノツゴはん」騒動は兄が16歳の頃、つまり、私が三歳の頃という推定ができるのだ。
 私が三歳ということは昭和30年に「ノツゴはん」騒動が起きたことになる。

 「ノツゴはん」は、今も、ぼんやりと目に浮かぶ。

 三つ子の魂、なのである。




明日は、ひなたの書初め展のデビュー戦だ。

では。



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いろいろ
2011-01-07-Fri  CATEGORY: 未分類
 午前5時30分起床。天候晴れ。外気温1度の朝。

 自宅近辺でみた夜明け
明け方

 市内での夜明け
しらじらあけ

 帰宅にみた三日月
夕月

 冬空は移り変わり行く情景がいい。




昨日は、宮崎市まで車を運転して新年挨拶や知人の見舞いに行ってきた。
行きは2時間で目的地に到着。帰りは、なんと1時間45分で帰りついた。

ほんの一部だけ開通している高速道路を走った。
なるほど、早く着ける。

はじめて高速道路の効果が垣間見えた。
延岡と宮崎が全線開通したら、1時間とちょっとで行き来できるという実感がわいた。

高速道路はA地点からB地点に移動するにはもってこいだ。
仕事にはいいが、「旅」には適してない。




専門化について考えている。

私が子供の頃のお医者さんは、盲腸の手術から眼病、虫歯抜き、出産まで広範囲に診てくれた。なんでもこなすことのできる、まるで「赤ひげ」みたいなオールマイティの先生が普通だった。

しかし、医療技術は、専門化し、専門分野ごとに深く高度に進化していった。

そのおかげで、医療技術は発達し、昔なら絶対に助からない病人や負傷者も命を長らえることができるようになった。とても、素晴しいことだ。

しかし、その反面、専門以外は「知らない」「私の責任ではない」という縦割り的な思考が出てきた。
大きな病院になると、脳外科、外科、内科、それぞれが独立してお互いに牽制や遠慮しあい、横の連携や情報共有などがスムーズに動いてない。

ハイブリッドが必要だ。

今、ちょっとしたことがきっかけとなり「設計」と「施工」について考えている。

昔は設計と施工は一緒だった。腕のいい大工職人は設計能力を持っていたし、設計能力がある職人は腕のいい大工であった。(・・・・・と思う。)

昔は、今みたいに「設計」と「施工」は分ける必要がなかったのだと思う。

小説にも出てくる。
幸田露伴の「五重塔」に登場する大工の十兵衛は、谷中の寺に五重塔が計画されている話を耳にする。すでに工事は、十兵衛の恩人、番匠の源太が見積もりを提出し、ほぼ決定しているにも関わらず、五重塔は百年に一度、一生に一度の仕事、どうしても自分がやりたいと決意し、アポなしでお寺に飛び込み上人に願い出る。

「五重塔の仕事を私にさせていただきたい」

五重塔の五十分の一の模型までこしらえてプレゼンをする。お上人はその熱意にほだされ、結局は、源太と十兵衛が話し合い、共同企業体の話も拒絶し、十兵衛が無理強いを通してしまう・・・・・・・・。

昔は、設計も施工も同じだった。(・・・・と思う。)

それが、いつからか、設計と施工に分離されるのが当たり前になってしまう。

物事が専門化していくことは、必要なことだ。技術の高度化、効率化には避けて通れない。

しかし、お互いがお互いを知らない、知ろうとしないのは、いいことではない。

・・・・・・・



考えがまとまらない。

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仕事はじめ。
2011-01-05-Wed  CATEGORY: 未分類
午前5時起床。天候は晴れ。きれいな星空。外気温マイナス1度。

6時30分に神社の境内に着くとすでに数人の社員が来ていて新年の挨拶をかわす。7時から恒例の安全祈願祭。社長、会長に続いて3番目の玉串奉典で二礼二拍手一礼。

私にとっては1974年1月5日の安全祈願祭からはじまり、今年は37回目の祈願祭である。

 毎年、毎年、厳しい時代を駆け抜けてきたが、去年から今年にかけての厳しさは半端じゃない。

 社長は新年の挨拶で、言い古された言葉かもしれないと前置きした上で「チェンジ」といわれた。

私も、同感である。決して変えてはならないものを持ちつつ、時代の流れを捉えて流れよりも早く突き進んでいく・・・・・・。云うは易し行うは難しだ。

企業、やはり、最後は「人」だ。人材だ。

 人は石垣 人は城 だ。


今日は、民間発注者へのあいさつ回りに行った。


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貞光町 うる覚えの記。 ノツゴはんのこと。
2011-01-04-Tue  CATEGORY: 貞光町
 午前5時30分目覚め。起床は6時30分。天候晴れ。

 仕事はじめは明日から。春日神社での早朝の安全祈願祭からスタート。
 もう、今年で、祈願祭に出るのは36回目となる。

今日は、いもの作業服に着替えて家に居る。



 今日は、故郷、貞光町のことについて書く。

 【貞光町 うる覚えの記。 ノツゴはんのことなど】

 「ノツゴはん」とは、どういう漢字をあてるのか知らない。

 貞光町西山の大坊の道端にぽつんと建てられている小さな祠だ。なんの神仏を祭っているのかも、もちろん知らない。
 昔、大勢の人々が山道を列をなして参詣していた記憶がある。私も、父に連れて行ってもらった。それは、すごい人出だった

 道端に沢山ののぼり旗が建てられていた。

 で、ぼんやりとした記憶を思い起こしつつ、町史で調べてみることにした。

 該当しそうなのは「山神社 大山祇命 端山字浦山677番地」か「八坂神社 素戔男命、櫛稲田姫命 天王さん」が挙げられるが「天王さん」ではなくて「ノツゴハン」なので、前者かもしれないし、町史には掲載されてない可能性もある。

 Webで「ノツゴ」「野津後」「能津後」「野津」で検索してみた。
「ノツゴ」は、四国地方に多く見られることがわかった。

 郷里の徳島県には「ノツゴ」「野津後」「野津後城」などの地名が散見される。愛媛にも高知にも「ノツゴ」がある。
 しかし、Webでは香川県における「ノツゴ」は見当たらない。

 なぜ、同じ四国で、伊予、土佐、阿波に散在している「ノツゴ」が讃岐では見当たらないのか。
 
 四国各県は、四国山地、阿讃山脈、海、河川で隔てられて、それぞれ各県独自の文化なのか・・。


 ところで、「ノツゴ」は牛馬の神様、野の神様、妖怪・・などのようである。

 祇園神社は牛頭天王とスサノオノミコトを祭っている。そのことからすると「山神社」と「祇園神社」両方とも「ノツゴ神」とは関連性があるようにも思える。


 こうなってきたら人に聞くほうが早いと思い、兄に電話をかけて「ノツゴハン」のことをたずねてみた。

兄は、覚えていた。

その話を要約すると以下のとおりだ。

兄が高校生の頃(ということは、私が4歳か5歳の頃か・・)。

 古城医院の山道を登っていくと畑があり、そこに「ノツゴハン」が祭られた。祭主は、某文房具店のご主人とか。当時は、一台ブームを巻き起こし、参拝者が延々と列をつくった。道端には幟旗が何十本も立てられ、多くのの町民か参拝に行った。

 その様を、対面の東山から兄は眺めたといっていた。

 当時、4,5歳の幼児の私も記憶に残っているぐらいだから、当時は、強烈だったのかもしれない。

 古城医院の上り口
古城医院のぼり道

 この坂を上り左の坂の突き当りに古城医院がある。


 今も「ノツゴはん」はあるのかしら。

※追記

 兄からメール。
 「記憶が正しければ漢字で「野津郷」だった。御神体は10キロほどの何の変哲もない丸い石であったと思う。」とのこと。

※追記2
野津郷で検索すると香川県に野津郷がたくさんヒットする。

四国全域で「ノツゴ」は祭られていたようだ。






 
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初詣。
2011-01-03-Mon  CATEGORY: 未分類
 午前7時過ぎに起床。天候は晴れ。寒い。

 箱根駅伝を見る。
 長時間、ただ、ひたすら走るだけのTV画面なのにおもしろい。

 午後から、ひなたと家人の三人で初詣。今山神社とお大師様に。
 
 初詣

 狛犬
 こまいぬ

 身長17mの弘法大師像
 初詣お大師様


 休みは明日までだが、明日あたりから、家で仕事をしよう。

 では。


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謹賀新年
2011-01-01-Sat  CATEGORY: 未分類
 午前7時起床。寒い、、、、。

 あけましておめでとうございます。本年もよろしくおねがいします。
 
 朝は、私だけ「あんこ餅」の雑煮にしてもらった。結構、いける。

 お昼は、八木沢さんが、自ら搗いた杵つき餅をいただいた。
 うまくて三個、食べた。
 
 元旦の今日は、いちにち家でのんべりとしていた。
 まずは、実業団駅伝。
 お目当ては、地元旭化成。
 しかし、今回も「古豪 復活!!」には至らなかった。
 しかし2区は、なんなんだ??と思った。ランナーはすべて外国人ばかり。
 グローバル化なので、仕方ないのか。

 旭化成のこの頃を見ていると、将棋の羽生名人の言葉「「将棋が強くなるための高速道路が一気に敷かれたということだと思います。でも、その高速道路を走り切ったところで大渋滞が起きています」
 を、連想する。
 初期(?)の頃、トップで走り続けてきたが、高速道路(ランナーの育成、練習方法・・??)が一気に敷かれた結果kの大渋滞が、このごろの旭化成なのかなあ、と思いつつTV画面を見ていた。

 でも、これは、今の日本が歩んでいる状況によく似ている。



 大晦日は、雪が舞った。 かざはな だ。
風花

 大晦日の蕎麦は、北海道産の新蕎麦だ。つなぎは小麦粉を10%。

 蕎麦打ち
そば1

 のし

そば2

蕎麦切り

そば3


そばつゆをこしらえる時間がなかったので、私と家人は、大根をすりおろして、醤油とかつお節削りをかけただけの「おろしソバ」をいただいた。
 いつも思うが、大根は野菜の出汁だ。大根おろしでも、十分にうまみが出てくる。

 他の家族は「冷たいのはイヤだ」というので、インスタントの出汁と薄口醤油、味醂でかけつゆ「ぱっぱ」とつくり、青ネギを刻んだ「かけそば」をつくって食べさせた。

 
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