土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
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土木遺産
2012-10-30-Tue  CATEGORY: 建設
 小椋佳の歌詞に歌の名前は忘れたが「一時間もすればあきてしまう自然を賛美し・・」というのがある。

 民族学者、宮本常一は「自然はさびしい。しかし人の手が加わるとあたたかくなる。そのあたたかなものを求めてあるいてみよう…」と云い日本全国に足あとを残している。

 ありのままの自然の光景は、よほどダイナミックなものでない限り5分も見ていればあきてしまう。でも、そこに、人の手がわずかでも加われば、そうでなくなる。段々畑、廃線、家並み、畑、家屋、寺院・・。自然の中に、人の手がはいれば、一時間ぐらいではあきのこない光景が出現する。それは、人の手がくわわったものに対して共感みたいなものを覚えるからだと思う。

 土木は、そういった物も造ってきているのである。

 土木学会 選奨土木遺産 宮崎県/延岡市北方町~西臼杵郡日之影町 「綱ノ瀬橋梁」
 高千穂鉄道綱の瀬チルト

 重要文化財 大分県竹田市 「白水堰堤」

 大分 白水ダム5




 また、自然というのもたいしたもので、人の手が加わった異物も、時間とともにつつみこんでしまい、人の手でこしらえたものを溶けこませさてくれる。

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たまには、よし
2012-10-27-Sat  CATEGORY: 未分類
今日は、休みとなった。

 昼は、前々から気になっていた隣市(日向市)の海沿いの食堂「みやこ家」に行って

 「おまかせ定食  980円」を食した。

  定食

 980円は、高くないと思った。


 完食してしまった。はらいっぱいになり、この頃の自分には、ちょっと食いすぎである。
 
 昨年の今頃は、食べたくても食べられなかった。それを思えば「よし」である。


 独楽吟・・橘曙覧(たちばなのあけみ)でいえば、


 

たのしみは妻子むつまじくうちつどひ頭ならべて物をくふ時

 たのしみは空暖かにうち晴し春秋の日に出でありく時



  ・・・・・というところか・・。




 
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去年の今日。
2012-10-25-Thu  CATEGORY: がんG3(じーさん)の独り言
今日は10月25日。

 私の体の中に「がん」が見つかったのが、昨年の今日である。

 日本では「がん」になって5年を経過すると「ガンサバイバー」とよばれるとか。

 あと4年でそうなる。

 この疾患、病気とよぶにはふさわしくないように思える。現に、今は、なんともなく、元気に仕事をさせてもらっている。

 元の正体は、自分の細胞なのだから、敵対する必要はないのかもしれない。

 喧嘩などしないで、ほどほどに付き合っていければいいなあ、と願っている。


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10/24/2012(水)晴天
今朝は寒かった。
外に出て「はーっ」と息を吐くととほのかに白くみえた。車の外気温は9度で、昨日の天気予報どおりの朝であった。



「全がん協生存率」というWebページが昨日から開設されている。

1997年~2004年に全がん協加盟施設の病院で診断治療した入院患者約24万人分のデータをまとめて30種類以上のがんの治療成績の公開を行なっている。

アクセスして「がん」の部位、ステージ、性別、年齢、手術等を代入すると、1年から5年後までの「生存率」を計算してくれる。ただし、ステージは「ステージ3b」のbのようなサブステージは選択できないようだ。

私も試算してみた。
生存率


・・・・というような数値が出た。


 5年後実測生存率は73%、相対生存率は79.6%となっている。私のステージは、サブステージがbなので、これよりは少し低いと思われる。

 これが、意味があるのか、ないのか、ちょっとわからないが、利用する人しだいだと思う。


 こうしてみるとステージ3までなら、大腸がんの5年後生存率は、膵臓、肝臓、肺など他の臓器に比べると「高い」ようだ。

「がん化」した臓器や部位によって、生存率が大きく違っている。
どちらにしても、早期に発見されれば、生存率は高いということがわかる。

 早期発見ができれば、だいたい、なんとかなる。
 しかし、ある程度、進行しないと自覚症状が出ないのも「がん」の特長である。

 とにかく、50歳を超えたら「がん」になる確率は「二人に一人が、がんになる」よりも、さらに高くなることを認識して暮らしながら、積極的に検診を受けることだと思う。


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のみ、しらみのことなど。
2012-10-23-Tue  CATEGORY: 昭和の話
 北海道の知人から、穫れたばかりの「新米」が届けられた。深川の米だ。
新米 北海道

まだ、食べていないが、楽しみである。




話は変わる。


高田渡の歌に「しらみの旅」というのがある。作詞は、明治・大正時代に活躍し演歌師の添田唖蝉坊という人だ。

♪ぞろりぞろりとはい行く先は
 右はわきの下、左は肩よ
 ボロボロ着物や汚れたシャツの
 縫い目、はぎ目を宿と決め
 明日は背中、今日は乳の下
 しらみの旅はいつまでつづく・・・



 また、奥の細道では、著名な俳句・

 

 のみ しらみ  馬の尿(しと)する枕元

がある。


 古今、のみやしらみのことを書いたものは多い。

 私たちの子供の頃にも、沢山の「蚤・シラミ・蚊・ハエ」が身近に生息していた。

 知り合いの四辻庚申通りの木下散髪店に行くと、毎回、決まって、散髪の前にツゲの櫛で頭髪をすく作業があった。ハサミやバリカンを入れる前の準備作業で、私のような子供を散髪するときの作業ルーチンになっていたのかもしれない。

 目の細かいツゲの櫛で髪の毛をすくと、毛髪の中にひそんでいる「シラミ」が取れるらしい。

 木下のおっさんが「わっ! おった、おった」「もう、ちょっと待っとってよ」「ほりゃ、じっとしといて」などと、云われるまま直立不動で木の椅子に腰掛けていたものだった。

 夜は、布団に横になると、今度は「蚤」たちが、どこからともなく、わいてきて、体のあちこちが痒くなり、寝てはいられなくなる場合もあったりする。

 しかたないので、布団から起き上がり頭上の白熱電灯を灯して、布団や、シャツの縫い目、はぎ目などをまさぐり、蚤を探す。見つけると、親指の爪と爪で挟んで「ぷちん」と退治する。「しらみの旅」で歌われた情景とそっくりだ。蚤は、装甲が硬いようで、指先で押しつけて揉んだぐらいでは、気を失うだけなのだ。

 同じ吸血昆虫でも、蚤は「メジャー」、蚊は「マイナー」という印象がある。蚊は日本脳炎などの伝染病を仲介するが、蚤は、噛まれると、ただ、痒いだけであった。

蚤のジャンプ力は、すごいものがあった。子供の腰ぐらいの高さまでは飛びついてきていたもの。

「蚊」は、あとで「哀れ蚊」という言葉を知った。
太宰治の「津軽」に出てきたと思う。晩秋の「蚊」は「哀れ蚊」といって、かわいそうなので打ってはならないという話だった。

 今は、蚤を見ることはない。蚊もこの頃は減少してきている。人間にとっては住みやすくなっている。水もきれいだし、冷蔵庫があるので食品も長持ちする。蠅がぶんぶんと飛び回っていたゴミ箱もないし、
いいことだと思うが、本当にいいことなのかは、もっと時間が立たないとわからない。

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2012-10-19-Fri  CATEGORY: 未分類
涼しい、というより「うっ、寒」というような朝である。
台風が過ぎ去り、いきなり秋本番になったような感じだ。

今日、独楽吟というのを、はじめて知った。

幕末の歌人・国学者、橘曙覧(たちばなのあけみ)(1812~1868)の連作短歌。全52首。
橘曙覧は文化9年(1812)、福井城下の商家に生まれた。2歳で母と死別、母の実家で養育された。15歳で父を失う。
21歳のとき奈於(直子)と結婚。後に家業を異母弟に譲り、隠棲生活に入る。本居宣長に私淑し、その弟子で飛騨高山の国学者、田中大秀(おおひで)に入門している。福井藩主松平春嶽や重臣中根雪江らと親交を深めた。
『独楽吟』は元治元年(1864)、53歳ころの作品。極貧ながらも、日常の些細な出来事に楽しみを求め、その喜びを感動的に詠み上げている。明治になってからは正岡子規に絶賛され、斎藤茂吉などにも多大な影響を与えた。





たのしみは紙をひろげてとる筆の思ひの外に能くかけし時

たのしみは妻子むつまじくうちつどひ頭ならべて物をくふ時

たのしみは空暖かにうち晴し春秋の日に出でありく時

たのしみは朝おきいでゝ昨日まで無りし花咲ける見る時

たのしみは常に見なれぬ鳥の来て軒遠からぬ樹に鳴しとき

たのしみはあき米櫃に米いでき今一月はよしといふとき

たのしみは物識人に稀にあひて古しへ今を語りあふとき

たのしみはまれに魚煮て児等皆がうましうましといひて食ふ時

たのしみはそゞろ読ゆく書の中に我とひとしき人をみし時

たのしみは雪ふるよさり酒の糟あぶりて食て火にあたる時

たのしみは世に解がたくする書の心をひとりさとり得し時

たのしみは炭さしすてゝおきし火の紅くなりきて湯の煮る時

たのしみは心をおかぬ友どちと笑ひかたりて腹をよるとき

たのしみは昼寝せしまに庭ぬらしふりたる雨をさめてしる時

たのしみは昼寝目さむる枕べにこと/\と湯の煮てある時

たのしみはとぼしきまゝに人集め酒飲め物を食へといふ時

たのしみは客人えたる折しもあれ瓢に酒のありあへる時

たのしみは家内五人五たりが風だにひかでありあへる時

たのしみは機おりたてゝ新しきころもを縫て妻が着する時

たのしみは三人の児どもすく/\と大きくなれる姿みる時

たのしみは木芽煮して大きなる饅頭を一つほゝばりしとき

たのしみはつねに好める焼豆腐うまく烹たてゝ食せけるとき

たのしみは小豆の飯の冷たるを茶漬てふ物になしてくふ時

たのしみはいやなる人の来たりしが長くもをらでかへりけるとき

たのしみは庭にうゑたる春秋の花のさかりにあへる時々



橋本徹 → 佐野眞一→佐野眞一を師匠と思っている方のブログから→橘曙覧を知り興味を持ち→アマゾンで橘曙覧の著作物を調べたら→新井満を知り、新井満とは「千の風になって」だったことを思い出し→アンサーソング→万の土になった〜お墓参りに行こう〜 ・・を知った。

 風が吹けば桶屋が儲かるみたいにネットサーフィンは飛び続け、結果として思いがけない知識を得ることができた。

 なかでも、橘曙覧という幕末の歌人を知ったことが、いい。

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ネットワークカメラ
2012-10-18-Thu  CATEGORY: 建設
外気温19度の朝。

日中は、3階建ての社屋が強風で揺れた。

 思わず「おっ、竜巻か」と外をみたら青い空に白い雲。

当地のはるか沖合を台風21号が通り過ぎている。そのせいで、風が強いのだろう。




 話は、変わる。


 昨日、移動式ネットワークカメラのデモを見た。

 従来の監視カメラと同じだ。ただ、コンパクトにまとめられているので、電源と電波さえあれば、置くだけで、すぐに利用できるシステムになっている。

電源の無いところではソーラーが使える。炎天下や厳寒期や降雨時も使用可能。結露防止機能もある。カメラの回転やパンも自在にできる。動画も静止画も夜は、遠隔操作で照明も可能だし、録画もできる。人に反応して追いかける機能もついている。音声も拾おうと思えば拾えるそうだ。

 パソコンでもスモホでも見える。同時に数千人がアクセスしても見ることができる。価格は思ったよりも安い。

使い方次第で活用方法はいくらでもある。
面白いといえば、面白い。

しかし、こういった、WEBカメラ、ネットワークカメラ等はある意味恐い。こういうものが普及しはじめると、使い方によっては個人のプライバシーなど意味をなさなくなる。四六時中どこかで監視されているかと思うと、気を休める暇が無くなる。精神的疾患が増えてくるかもしれない。

本当は、こういうものを無闇矢鱈に開発したり、販売してはいけないようにも思える。何らかの規制が必要かもしれない。

使い方次第というこでは、武器と同じだ。
映画「エミネーオブアメリカ」を思い出させて気持ちが悪い。

・・・と、思いつつも「部署に一台ぐらいあってもいいかもしれない」「試しに購入してみるか」などと迷っていたりする。

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運動会にて(がんのことなど)
2012-10-15-Mon  CATEGORY: 未分類
今日は、涼しすぎる朝である。故郷の「劔山1955m」では初氷が張ったとか。

もう、そろそろワイシャツを長袖に替える頃なのかな。長袖のワイシャツは袖口のボタンを止めねばならないので少々面倒だ。

 そういえば、抗がん剤の副作用が激しい頃は、袖口のボタンを止めることさえ出来なくて、家人にとめてもらっていたことがあったっけ。



昨日、日曜日はひなたの小学校の運動会があった。
運動会


前日の土曜日の夕方から場所取りに行き、体育館と給食室の間の屋根のある場所をキープした。屋根があれば、日差しを遮ることができるし、不意の雨にも対応できる。

家族全員で弁当を広げて食事をした。

運動会で流れる音楽も、様変わりしている。私たちの頃は、軍艦マーチ(守るも攻めるもくろがねの、浮かべるこの城 日ノ本の~である)だったり、童謡であったりしていたのが、この頃は今風のものが流れていて、それが、よく似合っていた。


 運動会で家人の同級の人と話をすることがあった。このご主人は、以前、当社に居られた私の先輩で、ずいぶん前に退社された人である。はじめて知ったが、昨年にがんでお亡くなりになられたとか。

 話を聞いてみると、結腸がんのステージ4であったらしい。手術をしたときには肝臓に一部転移していたが動脈の近傍の手術不能の場所で、抗がん剤治療を受けていた。

 結果的には、術後5年にしてご逝去された。最後の年には、体のあちこちに転移が広がり、効かなくなった抗がん剤をやめてから、体重が増加し、体調もよくなってきたので写真店で「遺影」を撮ってもらい、夫婦で温泉旅行などに行った・・というような話をしていた。

 「がん」は、抗がん剤の攻撃に対する新しい防御方法を獲得していく、つまり、次から次へと薬物耐性を身につけて最終的には効かなくさせる能力を持っているという。


 抗がん剤治療を続けたから5年を生きられたのか。抗がん剤治療の副作用で5年しか生存できなかったのかは、神のみぞ知るである。


 しかし、こういった副作用の問題は、すべての「がん患者」につきつけられている。

 私の場合、12月から今年の5月まで化学療法を受けたものの、副作用が激しくて中止しているようなところだ。正直いえば、もう、抗がん剤はイヤだ。あの副作用は一度経験すれば、もう十分である。まあ、副作用の軽い「ユーエフティ」なら、体調をみながら服用回数や量を自分でコントロールしながらなら、飲んでもいいかなあ、という気持ちもなくはない。

 三週間に一回、約8万円を支払って体調を崩すのは、ちょっと、待てである。

 基本的には生活の質(QOL)を大幅に低下させてまで、飲まない。

 あとは、来月の検診結果を見てからである。

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講習
2012-10-11-Thu  CATEGORY: コンクリート
コンクリート診断士 更新時の講習会にはじめて参加した。

講習


講習のメインは様々なコンクリートの「ひび割れ」事例の写真を見て、説明を受けながら、劣化原因、劣化の過程、補修・補強方法を記述しながら議論していく、方法をとっていた。

 最初は「わかるかな」「ついていけるかな」と不安もあったが、まあ、なんとかついていくことはできた。他の大勢の受講者とほぼ同じ意見だったし、主催の研究会の見解とも、ほぼ一致していたので、今回の事例については「まあ、ついて行けた」という自己評価となる。

 でも、みんな同じような答えなので「ほほう、こういう考えもあるのか」というような、おもしろい回答はなかった。

 しかし往復9時間の列車は、疲れる。

 車内でのお供の本は、内田樹「昭和のエートス」、浅田次郎「天切り松 闇語り」の二冊。前者は、(私にとっては)難しいことを書いているが、よく読むと「なるほど」「そうそう」と思わせるし、後者は、大正時代を背景にした、心意気の本で、両方とも違っていて、両方とも面白い。

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台風予想
2012-10-09-Tue  CATEGORY: 建設
 気になる台風21号の動き。
 11月は、接近する台風はほとんど見当たらないが、10月に上陸した台風は過去にいくつかある。

 10月の台風コース(過去事例)
10月台風




 

 気象庁の台風情報は・・・・・
台風 気象庁

 USネイビーでは・・・・・
US台風

 この時期、

 USの大胆予測のほうが、役に立つように思える。
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明日は福岡
2012-10-09-Tue  CATEGORY: 未分類
10/5に入院していた家人が、今日、退院した。足に「菌」が入り炎症を起こしていた。
  
 内服薬と4日間の点滴で完治とまではいかないが自宅療養で、回復するめどがたったという診断だ。

 連れ添って38年が過ぎた。夫婦も,お互い、歳をとると、いろいろ出てくるものではある。



 明日は、福岡までコンクリート診断士の更新講習に行くことにしている。往復JRで行く。

こういった「資格」というのは、使わなかったり、勉強しなかったりすると、錆び付いて駄目になるのだと思う。
せっかく、苦労してとった資格、錆びつかせるのはもったいないではないか。

こういうのは、意識的に、新しい知見を得たり、復習をしていかないと、ついてゆけなくなる。

しかし、相変わらず、福岡は遠い。
朝7時の列車に乗り、16時半に講習が終わり、帰宅するのは夜の10時を過ぎるのだから。




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こころ旅
2012-10-04-Thu  CATEGORY: 未分類
私の 朝は、起き抜けに、野菜と果物と豆乳の自家製ジュース300ccを飲み干す。それから、新聞を広げて、小ぶりの茶碗半分ぐらいのご飯、納豆+塩麹、豆腐と冬瓜と菜っ葉の味噌汁、大根おろし。これに「すだち」を絞ってかけていただく。すだは、何にでも合う。最後に、ヤクルトミルミルを飲んで出社する。


今朝は、好物の「ぼたもち」が目の前にあったので1個だけ食べた。

「ぼたもち」といえば、この頃は、子供の頃のように、甘いものが好きになっている。

 抗がん剤の副作用で、味覚機能が衰え、何を食べてもボール紙を噛んでいるようだったが、不思議に甘いものだけは、普通に味わうことができた。
 味覚が回復した今も、当時の勢いで、そのまま甘いものを好んで食べている。



さきほど、NHK BSで「にっぽん縦断こころ旅」を見た。
 
 この番組が好きで、ときどき見ているが、今回は、徳島県西部が舞台だ。週末には、1時間に拡大して放送される。

 今回の旅は、ここ、延岡もコースになっているようだ。



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我慢しない
2012-10-03-Wed  CATEGORY: 未分類

朝、外気温17度。

 柴犬を飼っている。まだ、子犬だ。

 起床してすぐに庭に出した。冷たい外気が心地良かった。




今回、入院、手術、退院、再入院、治療、退院、治療・・を経験して反省することがある。

それは「我慢はしないほうがいい」ということだ。

 体がきついときは「きつい」、痛いときは「痛い」と素直に、そして、遠慮などしないで医師や看護師に伝えることが重要だ。

 特に、手術直後などは、遠慮せず勇気をもってナースコールのボタンを押すことだ。


 入院中の私は、看護士さんから「伊藤さんは我慢強いですね」と云われた。

 本当の自分は我慢強くなんかない。術後は「ウー、ウー、痛い、痛い、たまらん、ちくしょう。これは拷問だ、どんげかならんのか」ベッドの上で唸っていた。手を伸ばしてナースコールを押せば看護士が飛んでくるのはわかっている。でも、どの程度の「きつさ」や「痛み」で看護士に助けを求めていいのかがわからないから、ついつい、そのままになってしまう。

 そばでずっと看病してくれた家人が「看護婦さん、呼ぼうか」と心配そうに声をかけても「いや、いい」と返事していた。どうしてもたまらず呼んだのは、氷枕を交換してもらうときだけだった。

 傍から見ると我慢強く見えるかもしれないが、そうじゃない。病院生活に慣れていたら、すぐに介助を要請したかもしれないと今思える。

 抗がん剤でもそうだ。
 副作用のきつさの程度がわからない。ちょっとしたことで弱音を吐くのは潔くないと思っているのかもしれない。なので、ついつい辛抱してしまう。

 抗がん剤の場合は、辛抱を積み重ねると、重い症状になって、がん治療なのに、かえって体全体を悪くしてしまうこともある。

 医師や看護師には、我慢しないで正直に伝えるべきなのだ。多分。
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時代劇
2012-10-02-Tue  CATEGORY: 未分類

家人から「何を食べたい?」と聞かれることがある。

何を食べたい ? ・・・か。

うーん、何もないのである。

 50年ぐらい昔なら「ビフテキが食べたい」と答えたと思うが、今は、ステーキなどどうでもよくなっている。

 食べ物のの好き嫌いは全く無いが、これといって食べたいものもない。

 食卓に出されたら、何でもおいしく食べられる。

 おかずは、豆腐だけでもいい。メザシだけでもいい。なんでも、いいのだ。なんでも、うまい。




今、昔の東映時代劇を鑑賞するのがマイブームになりつつある。
          【貞光劇場のポスターから】
 時代劇

 若い人は知らないけれど、そうそうたるスターが次々に出てきて、わくわくさせられる。

 大友柳太朗、片岡千恵蔵、中村錦之助、大川橋蔵、東千代之介、黒川弥太郎、近衛十四郎、高田浩吉、市川右太衛門、月形龍之介、伏見扇太郎、山形勲、進藤英太郎、薄田研二、堺俊二、吉田義夫・・ほとんどが今は亡き人たちだ。
 当時も、今も活躍しているのは、里見浩太郎と松形弘樹ぐらいだと思う。


 この頃の映画は、造りが丁寧だ。ストーリーは、だいたい決まっていて、片岡千恵蔵や市川右太衛門が大活躍して悪役スターの山形勲や進藤英太郎をやっつけて大円団をむかえる。

 水戸黄門にしても、月形龍之介が黄門様、助さん格さんは大川橋蔵と東千代之介という贅沢な配役になっていて、黄門と格さんたちは、今のようなフレンドリーな関係てはなく、武家社会の主人と家来の関係で締まっているのが新鮮に感じられて面白い。


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