土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
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フェリー予約した。
2012-11-30-Fri  CATEGORY: 未分類

 今朝は、朝霧がただよう中を車を走らせた。フロントガラスに水の細かな粒子がつぎつぎと当たるので、時々、ワイパーをかけないと視界不良になる、そんな朝であった。



 大晦日の、佐賀関港発、三崎港着のフェリーを予約した。延岡を9:00AMに出て12:00のフェリーに乗船する計画だ。貞光町には、夕方5時頃に入る予定。
 大晦日の夜は、0時になってから、西山の熊野神社と氏神様の松尾神社に初詣をしたい。
 考えてみれば1973年の9月に延岡に移転してきたので、41年ぶりに年末年始を貞光で過ごすことになる。思いもよらぬことではある。

 今回は、昔の古い貞光の写真を持って、見比べながら現在の貞光町内を探検して回ろうかと考えている。そして、できれば「白村部落」のどこかにある「白浦小学校跡地」を探してみたいと思っている。

 2日は「還暦同窓会」。町を離れて一回も会ったことのない同級生も居ると思う。

 そのほか、滞在中のどこかで時間をつくり、フーテン同様の私を雇い「仕事は何か」を教えてくれた、木村幸平さんのご仏前に線香を手向けたいし、昔の同僚にも会いたいと思っている。

 貞光には4日間、滞在することになるが、あれもこれもやりたい、訪ねたい事ばかりで、時間が足りないだろう。

 短期間の滞在だが、せっかくの機会なので、できるだけ充実した時間になるように行動したいと思う。

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東京だよおっかさん
2012-11-23-Fri  CATEGORY: 未分類
 桃知さんの影響でブログを書き始めたのは今から9年ぐらい前になるか・・。
 日々読み書きと題して、名の通り毎日書いていた。
 ブログを書くことが「考える道具」のひとつであった。

 でも、いつのまにか「日々読み書き」ではなく「たまに読み書き」になっている。

 書き続けていけば、日課となってしまうが、書かないとなると、きのおもむくままになってしまう。

 まあ、それもいいかもしれないと思う。




話は変わる。

笑われるかもしれないが、子供のころから、いまでも、胸がじんとなる歌がある。
島倉千代子の「東京だよおっかさん」である。

(一)
久しぶりに 手を引いて
 親子で歩ける うれしさに
 小さい頃が 浮かんできますよ
 おっ母さん
 ここが ここが二重橋
 記念の写真を撮りましょうね
(二)
 やさしかった兄さんが
 田舎の話を聞きたいと
 桜の下で さぞかし待つだろ
 おっ母さん
 あれが あれが九段坂
 逢ったら泣くでしょ 兄さんも
(三)
 さあさ着いた 着きました
 達者で永生き するように
 お参りしましょよ 観音様です
 おっ母さん
 ここが ここが浅草よ
 お祭りみたいに 賑やかね




 私は、戦争を知らない世代だし、靖国神社に対しても特別な感慨はないし、死後の世界を信じているわけでもないが、この(二)段は、ぐっとくるものがある。

一番、二番、三番と歌詞のストーリー姓があるから、二番の歌詞がぐっと来るのだと思う。
作詞は、野村俊夫。作曲は、船村徹である。

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去年の今頃。
2012-11-18-Sun  CATEGORY: 入院・手術・闘病
今日は文体を変えます。

 今、体調も元通りに回復して元気に生活しています。

しかし、約1年前の「11/16」大腸がんの摘出出術を受けました。

 どういう手術かというと、へそから2センチぐらい右側を12センチほど縦に開腹し、盲腸部にできた悪性新生物、いわゆる「がん」の部分を中心に上行結腸の半分ほどを切除し、回腸と切除した大腸を縫合し、「がん」が転移していた周囲のリンパ節を郭清するというような手術でした。この術式は「標準治療」といわれているみたいです。

  盲腸ガン


「がん」は国民の二人に一人が「がん」に罹り、三人に一人が「がん」で亡くなるという、どこにでもある疾患です。いつ、なんどき、誰がなっても不思議ではない疾患です。   
加齢とともに増加しているので「老化現象」の一つだと云われる医師もいます。

なかでも大腸がんは、食生活など社会様式が欧米化してきた影響からか、近年は増加傾向が続いています。グラフに表すと、ずっとトップの地位を守っている「胃がん」は下降が続いています。やがて「大腸がん」のラインと「胃がん」のラインが交差し、逆転してしまうかもしれません。

 グラフがん


大腸がんの検診は、便の潜血反応がよく行われています。潜血反応で陽性を示すと精密検査(内視鏡、注腸検査、CT撮影)が行われます。

 潜血検査は簡便でいいのですが、100%わかるものではありません。私の症例のように盲腸部に生じた腫瘍は、よほど大きくならないかぎり出血はしないと思われます。小腸から盲腸部、上行結腸あたりまでの消化物は、ほとんど液状なので、通り道がふさがらないかぎり、スムーズに流れていくと思われます。

「大腸がん」は、自覚症状でもあればいいのですが、私の場合、自覚症状は全然現れませんでした。
私のは、大腸断面の三分の二ぐらいまで成長していました。
がん画像

 
 医師から「これは5年や6年ぐらいのものではありませんよ。自覚症状はありませんでしたか?」と聞かれました。
健康診断のメニューに便の潜血検査が加わって以来ずっと陰性でした。そして、快食快便、健康そのものでした。
ということは、かなり昔、本人の全く知らないところで、何らかのきっかけで一部の細胞が突然変異を起こして「がん化」し、2から4倍、4から8倍、8から16倍と増殖し続けて、静かに「がん化」が進行していたのだと思われます。

 見つかったのは、定期健診の潜血検査で陽性と判断され、内視鏡検査に進んで確認されたわけですが、腫瘍からの出血というより、横行結腸にあった何個かの良性のポリープからの出血であった可能性が高いと思われます。

 普通の細胞ががん化したのが「運」なら、早期発見されなかったことも、発見されたことも「運」だと思います。

 全体として「運」がよかったのです。

 もし、ポリープからの出血がなかったら、知らぬ間にステージ4まで進展して、もっとやっかいな事になっていたかもしれません。

 ステージ 生存率


 こういった腫瘍を早期に発見するには、便の潜血反応だけでなく、内視鏡などの精密検査も併用するのがいいのかもしれません。早期に発見すれば、内視鏡だけで除去することができます。また、転移する可能性も低くなるので、いつ再発するかわからないと「はらはらどきどき」する必要も無くなります。

人間がすることですから、胃カメラと同じに大腸内視鏡検査もリスクは伴います。

 内視鏡検査がいいのか、そうでもないのか、医師ではないので本当のことはわかりません。
 私は、五十歳ぐらいになったら、内視鏡検査を受けてみるのも「いい事ではないか」と思います。

 私は、はじめて自分の大腸の中を見たとき「きれいだなあ」と感じました。


 なお、私の経験では、大腸内視鏡検査は、健康保険適用で5,500円前後、これに腫瘍の生検が加わったりすると10,000円程度です。

 いくら健康そのものでも、自覚症状、他覚症状などないまま、静かに進行することがあります。早めの検診と日頃の健康管理(喫煙、肥満、多飲、運動不足にならないよう)が、今になって、必要だったと思っています。


 

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明日。
2012-11-13-Tue  CATEGORY: 入院・手術・闘病
 
 明日は術後1年目の大腸内視鏡検査が予定されている。朝から夕方まで一日がかりになる。

 内視鏡検査は通算三回目になる。三回目といっても、こればかりは何回やっても慣れない。

 思えば、ちょうど1年前の明日は、はじめての入院生活の初日だった。

 当時は、がんについての知識など全くなくて、あれよあれよという間に過ぎ去っていったという感じだ。

 今は、違う。

 たいしたことはないが、知識も増えた。
 手術も、入院も、抗がん剤治療も、身を持って体験した。
 この一年間、たくさんのことを学んだし、考えることもあった。

 デメリットばかりでなくメリットもある。

 内視鏡検査そのものは、不愉快なのでイヤだが、大腸の内部がその後どうなっているの自分の目で確認してみたい。
   
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今朝
2012-11-12-Mon  CATEGORY: 未分類
今朝、まだ暗いうちに飼い犬を連れて散歩をした。ふと、空に目をやると、西の空の片隅にはオリオン座、ほぼ真上には北斗七星がまたたいていた。

「オリオン座があんなところにある。あの赤い星は、ペテルギウスか、あれは、いつ爆発してもおかしくはないと云ってたな」

「えーと、北斗七星があそこだから北極星はあれか。するとカシオペアはどこか・・」

・・などと、星座を探そうと佇んでいると「早く行け」とばかりに柴の子犬がリードを引っ張る。

寝巻の上に、何か羽織らないと寒くなってきた、朝であった。
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抗ガン治療
2012-11-10-Sat  CATEGORY: 入院・手術・闘病

今日は、宮崎市まで家人を横に乗せて兄の見舞いに行ってきた。
 突然、右足に力が入らなくなり、病院で全身を診てもらったら、腰のヘルニアだったとか。
 手術をして、よくなっているようである。

 


突然、 話は変わる。

 以下、個人的な今年の春頃の記録である。


3/22/2012(木)晴天
朝の外気温10℃
今日は2クール目の抗がん剤治療を受けてきた。点滴痛は、1クールの時ほどではないが、左腕全部がしびれている。

1クールのときよりも、きつい。
家の中でも手袋をして、床を歩くときはスリッパを履いていないとビリビリする。
食欲はあるが、悪しんがする。
両足が太ももの箇所から鈍痛があり、フラフラする。
頭の中も、ボーッとしている。
冷たい水、いや普通の温度の水も、のどを通過するときは、のどにピリピリ感がする。多分、体温との低い温度差に弱いのだと思う。
そして、今日の点滴と薬代、あわせて約8万。保険がきいて8万円だ。

「もう、だいぶ良くなりましか」と聞かれる人がいるが返答には困ってしまう。抗がん剤の副作用できつく、体調は悪くなるばかり。でも、もしかしたら、全身に回ってしまっている悪性新生物を退治してくれているのかもしれない。


3/24/2012(土)晴天
今日は社休日。稼働している現場ばかりだが抗がん剤の副作用が今回はきついので休んだ。
 昨日は、3時過ぎから早退した。しろくじちゅう、めまいに襲われているようで、帰宅したのだ。

 抗がん剤の治療は、私の場合は予防的な治療なので、癌細胞が縮んだ、消失したという成果はわからない。ただ、今後の検診で他の臓器や同じような場所にガン細胞が再発してくるのを抑えるために治療している。5年以内に再発しなければ、完治に近いものとなる。
ひなたが朝刊を読んでいる私のそばに来て「じーちゃん。春がきたよ。だって、鶯の鳴き声が聞こえたきたもん。」という。
そうか、うぐいすの初音か。「ふーん、ほーほけきょと鳴いていた?」
「うん」

頭の中のフラフラ感はすこしよくなったようだが、両足のふくらはぎが痛くてうまく歩けない。足裏、指先が感覚異常。手袋とスリッパは必定だ。
それと、今回は、排尿するとき尿道の先端近くに痛みが走るのも、困りものだ。
まだ、点滴の副作用が続いているのだろう。

高校野球、鳴門が一回戦を勝利した。いい、試合だった。ヒット数は洲本高校が多かったが、少ないチャンスをものにして10回裏に逆転で勝った。

・・・・・と、弱音が書いてある。

白血球のデータ。

白血球

赤血球のデータ
赤血球

 「きつい」はずである。

 白血球が低下していたので、風邪をうつされないようにマスクをしていた。

 グラフは、省くが、このほか化学療法中に大幅に変化するのは、私の場合は「GPT(肝機能)」「総コレステロール」「LDH(肝機能)」「総タンパク」「HDLコレステロール」「LDLコレステロール」などの値が大幅低下した。
 血糖値、血小板、ガンマGTP、腎臓機能、などは、正常で、いつもと同じであった。


 この「治療??」を4クールやってから、医師から、当分の間、やめましょうといわれて、現在の体調は、ほほ、回復している。


 もし、再び、抗ガン治療をやりますか? ・・といわれたら「考えさせてください」と答えると思う。




 
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どんげでもいい話
2012-11-09-Fri  CATEGORY: 未分類
 これは夢だ、とわかっていながら夢をみていることがある。

 明け方、再手術をする夢をみた。病院のベッドに横になり、つきそいの家人に「あーあ、またか」とぼやいた。

 また、あの「痰」の処理をしたり、管をつけるのか、嫌だなあ、仕方ないなあ、と思っているうちに、めがさめた。

 これは、夢だとわかっていても、あまり見たくない夢ではある。

 
 時々、腹部の傷跡が引きつったり、内部の縫合箇所と思われる場所にちょっとした痛みが走るようなこともある。それでも、たいして気にならないでいる。

「え?手術 ? そんげ云えば、そんげな事もあったなあ」という感じである。

 ここで、話は大幅に変わる。

 どんげでもいい話


  宮崎市、都城市辺りでは「そげんな事」と云うが、この辺りでは同じ宮崎県でも「そんげな事」と言う。
 例の、あの、都城出身の前知事は「宮崎をどげんかせんと(どうにかしないと)いかん」で一躍有名になったが、この辺り出の知事なら「宮崎をどんげかせんといかん」となる。

 そげん、どげん・・は鹿児島と同じか。こちらは大分も含めて「そんげ」と云う。

 宮崎県は、南北に長いため、南と北では、言葉も焼酎も地形も食文化も、多分、風土や性格も違うのだと思う。
焼酎でも、宮崎市方面では「芋」が主原料だが、こちらは「トウキビ」「ソバ」などが雑穀類が多い。

 地質や地形も、南は火山地帯でなだらかな山が多く、平野も広い。
 北は、急峻な地形で平野は少ない。

 こちらでは「北は夕暮れ」という言葉があった。つまり、県庁所在地である南の方のインフラ整備の地域格差のことを表しているようだ。

 宮崎の郷土料理では「冷や汁」が有名だが、こちらでは「冷や汁」はあまり食べられていない。

 同じ県内でも、延岡と日南、延岡と都城などの交流はあまり無い。

 このことは、徳島県でも同じことかもしれない。徳島は、県西部と県東部に分けられるし、阿南や日和佐町のように沖合を黒潮が流れているような地域や、木屋平や祖谷地方みたいに二千メートル級の四国山地のまっただ中もある。

 それらを、おしなべて「阿波」とか「徳島県」となっている。ただ、方言は、県内ほぼ同じで、宮崎県のほう言葉の差異が大きいように思える。

 新年は、下記の要件で、徳島に行く。四日間の単身赴任だ。このときだけ、旧姓にもどる。

 CIMG8316.jpg
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徳島県立図書館
2012-11-08-Thu  CATEGORY: 歌集など
 ふと思い立ち、Webで徳島県立図書館の所蔵資料検索で「紙谷たか十樹」と打ち込んでみた。

  え?!    2件ヒットした。  少し、びっくりした。

 「南海歌人」松並武夫さん と父の歌集「二つめにかかる」の二つだ。


 歌集は、五冊ほど保管されている。五冊のうち、三冊は持ち出し禁止となっている。

 父が生きた証みたいなものが「形」として残され、保管され続けていくのだろうか。

 なんとなくうれしい気持ちになった。

 父の事を書いてくれた「松並様」、そして、歌集を出版していただいた郷土「さだみつ」の皆様に感謝。


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10年前の口頭試験
2012-11-07-Wed  CATEGORY: 技術士二次試験
歯が痛い。ずっと痛みは続いているが、辛抱の限界に近づいているので、昼休みに歯医者で抜歯をしてもらった。よけい、痛くなった。と思ったら、徐々になくなってきた。
こうやって、1本、また、1本、そして1本と、加齢とともに、歯が失われていく。まるで、秋の枯葉みたいだ。


 今、技術士筆記試験に合格した人が、12月から1月にかけて東京で行われる「口頭試験」の準備をしている頃かなと思う。
 私も、技術士の口頭試験は2回ほど受けたことがある。二回とも、運良く、合格だった。


 10年前、はじめて受けたときは、緊張しまくっていた。

【試験会場のホテルの窓からの風景】
tokyo

 

 シングルルームのベッドを取り外した待合室に案内された。狭い部屋にはすでに7,8人の受験者が折りたたみ椅子に座って居た。全員が押し黙り、張りつめた空気の中、自分ひとりだけが緊張しているように思えた。

 周囲の受験者は、きちんとスーツを着こなしていて「僕は、大手企業に勤める優秀な技術者だ」みたいな雰囲気を漂わせいた。私は、なんとなく圧倒されかけていた。

 そっと左手の脈を取ってみた。5秒間における心拍数は10を数えた。
 こんな調子で受けられるだろうかと思うと、よけいに緊張が増した。
「これでは、いかん」

 ふと、周囲の人たちを見回してみた。瞑想している人、深々とため息をついている人、紙片を広げて何やらブツブツと唱えている人、鞄からペットボトルを取り出しては何度も飲んでいる人、ほとんど全員が私と同じように緊張している様子がありありと見えた。年輩の方も若い方も、ピンピンに張り詰めているようだった。

 私は、みんな自分と一緒だと思うと、だんだんと気持ちは落ち着き、緊張感も緩和されてきた。

 案内係りの、きれいな女性から呼ばれたときには「はい!」と元気よく返事をしたものであった。


 二回目は、数年後、総合技術監理部門で口頭試験を受けた。
 前夜、気のおけない友人と飲んで語っていたせいなのか、二回目ということで慣れていたのか、とにかく気持ちに余裕があった。
 広い待合室の他の受験者たちも、複数回の受験者みたいな雰囲気で、落ち着いた雰囲気のなかで静かに待つことができた。




 口頭試験の試験官は、二人いる。私の、乏しい経験では、つっこみと受けの役割になっているのかなと思った。つっこみの試験官は、返答に窮するような厳しいものを投げかけてくる。

 私の場合は「あなたは(地方の中小)建設会社の方でしょ。技術士なんか必要ないのではないですか」「技術士では仕事は取れないでしょう」などと云われた。

 いきなり、受験したことそのものを否定してくるのだった。

「これこれこういうことで必要です」と反論みたいに答えると、大げさに首を傾けて「そうかなあ、そうは思わないけどなあ」と云われる。

 少々、頭に来たので反論しようとしたら、隣の試験官が「はい、これは、そこで終わり」みたいな感じで別の質問をされて、その場は終わった。自分は、横に居た試験官が助け舟を出してくれたように思い、ひそかに感謝したものであった。

 突っ込まれても頭に血を登らせてはならないのだ、と知った。


 口頭試験というのは、東京という大都会で普段と違った雰囲気の中で行われる。特に、地方の片田舎に住んでいるものは、非日常の空気のなかで、飲まれないように、いかに日常を取り戻して対応できるかが、鍵になると思う。
 
 ひょっとしたら、口頭試験制度は、いつもと違った状況下におかれても、冷静かつ合理的に対応できるか、ということも観られているのかもしれない。(私は、もう少しで、文句いうところだった・・)
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マーカー
2012-11-01-Thu  CATEGORY: 入院・手術・闘病
今日の午前中は、定期検診のため病院に行ってきた。

 正直にいえば検診結果には「期待」と「不安」の両方があった。

 「腫瘍マーカー」の数値がどうなっているのかだけでなく、マーカー以外の数値にも興味があった。
  例えば、白血球などの数値が、どうなっているのか。肝機能はどうなのか・・と云った具合に。

 化学療法の副作用は、血液検査結果に如実にあらわれる。個人差はあると思うが、自分の場合は「白血球数」「赤血球数」のほか肝機能の数値やコレステロール値が、かなり減少していた。
それが、どうなっているのか。

 結果、白血球、赤血球、肝機能、コレステロール・・。ほぼ、元通りになっていた。

 腫瘍マーカー(CEA値)の変化

CEA
 
 基準内に低下しているようだ。
 
 こういった数値は、体調や年齢などにも左右されたりするし、基準を大幅に越えているわけでもない。
 要は、単なる目安に過ぎないので一喜一憂しても仕方ないと理解はしているが、患者にとっては、大事な数値なのだと思う。

 

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