土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
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気にかかる言葉など
2013-08-28-Wed  CATEGORY: 未分類
今朝も涼しい朝であった。

 「剣山の水」を飲んでいる。大剱神社の側の石塔で湧いているご神水では無いけれど、一宇産なので成分は似ていると思う。
剣山の水

味は、普通のミネラルウォーターである。ただ「剣山系」のどこかで採取した水なので、こういった水が貞光川に流入し、いわゆる「産湯」をつかった水と同じだと思うと、普通の水ではなくなるのである。




 気になる言葉

 昨日だったか、虫が大量に発生して困るという報道があり、TV取材に応じた店員の口から「・・駆除させていただいております」という言葉が出た。この頃は誰もかれも「・・いただいております」と言っている。
 この、使い方には耳を疑うものが少なくはない。「いただく」は敬語ではあるが、TVの真似をして、なんでもかんでも「いただく」のはやめたほうがいいように思う。

 もうひとつは「・・だとすれば、陳謝いたします」という使い方も気に障る。
 報道陣の前に地位の高そうな人が横一列にずらりと並んで、中央に位置する人が「今回の不祥事で、皆様方にご不快をおかけしたとすれば、心から陳謝いたします」と一斉に頭を下げる、という、あの図式である。
 よく聞いてみると、陳謝しているようで、あまり反省していないように思えるのは、彼らの態度だけでなく「・・・・とすれば」という使い方だと思う。迷惑や不快をかけたからこそ陳謝しているはずなのに、今頃になっても「ご迷惑をおかけしたとすれば」と仮定あるいは条件をつけた上で謝っている。
 細かいことかもしれないが、この頃、こういった使い方が気になるようになってきた。



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台風
2013-08-27-Tue  CATEGORY: 建設
涼しい朝になった。秋ーーーっ、という感じだ。

暑さが一段落しはじめると、台風シーズンが来る。

情報をみてみると、、、、
気象庁台風

USA

 予報進路には少し相違が見えるが、どちらにしても接近してきそうだ。海水温度が高いということなので、北上につれて大きくなるのかもしれない。

 南の海上には、大きな雲の塊も二つ、これらも台風になるのか。

 9月は、出動があるかもしれない。





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日記から
2013-08-26-Mon  CATEGORY: 未分類
昨日は、一日家に居た。孫の自転車乗りに付き合った。やっと、彼も「自転車に乗ってみたい」と本気で思いはじめたのか、乗りはじめると上達が早い。
 私自身は、4年生の頃、父がどこからかもらってきた中古の小型自転車で、必死になって近所の路地で練習した。でこぼ道を走る、ガチャン。走る、ガチャン。手足を傷だらけけにしながら乗れるようになった。孫は、路面が舗装されているせいもあるのか、当時の私よりもバランス感覚がいいのか、ほとんど倒れない。私よりは、かなりマシだ。




今朝、出がけにNHKニュースを見ていたら「地域だより」みたいなところで、つるぎ町東福寺での「三日坊主修行」という話題が取り上げられていたので見入ってしまった。おかけでいつもより出社が遅くなった。

 画面を見ながら、私も指折り数えて49年前の夏休みに東福寺で行われた林間学校に参加したことを思い出していた。

 小6の夏休み前に参加者の希望者を募った。調子に乗りやすい私は真っ先に「ハイハイ」と手を挙げて参加させてもらった。
 明治橋立道商店前のバス停で父に見送られて、身の回りのものを詰めたリュックサックと毛布を一枚小脇に抱えてバスに乗り込んで吉良で降りた。

 境内でのラジオ体操。貞光川でのキャンプファイヤー。本堂でのごろ寝。森永自転車店の息子さんの外国(アジア)での体験講話。吉良発電所の見学。

 現在の「修行日程」を見たが、当時とあまり変わっていないようだ。

「幸せなら手を叩こう」という歌を知ったのもココだ。日ごろ会わない端山小学校の同級生とも知り合いになった。

 今年で18回目、県内県外から児童が集まるということとか。座禅や読経などは記憶にはないが、早い話が、49年前にも似たようなことが行われていたよという話。
 
 12歳頃の記憶は、今でも、かりな鮮明に覚えているようだ。

 来年の夏あたり、孫を参加させてみたいような気になった。

 関連記事(8/26徳島新聞記事)
 

つるぎ町貞光木屋の東福寺で28日、小学生を対象にした夏休み恒例の「三日坊主修行」が始まった。県内外の1~6年生37人が30日まで2泊3日の日程で協調性や忍耐力、作法などを身に付ける。最初に入山式があり、白衣と黒い腰衣を着けた児童が本堂で合掌。仏前で「生き物を殺さない」「友だちの悪口は言わない」など10項目を約束した。大阪府堺市の金岡南小6年、魚住悠太朗君(12)が「3日間、和尚さんたちの言いつけをしっかり守ります」と誓いの言葉を述べた。

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本日の日記
2013-08-23-Fri  CATEGORY: 未分類
延岡学園は準優勝に終わった。今回の夏の大会、地元はおおいににぎわった。TVや新聞で「延岡学園」の文字が連日報道されていた。試合は、少し押され気味だったように見えたけれど9回裏の最後の攻撃まで目の離せない見事な戦いぶりであった。準決勝、決勝と弊社の各階、各室では勤務時間にも関わらず歓声が上がっていた。パレードの話も出ていたようだが、高野連の決め事でパレードをするのは難しいみたいだ。
号外


 今回、高校野球を見ていて「たら・れば」があれば、もっと違った展開になっていたろうになあと思う。

 あのときファーストベースに当たったボールが跳ねなかったら、準決勝は、花巻東ではなく、鳴門高校と当たっていたかもしれない。もし、鳴門と延岡学園が対戦していたら、私は51対49で鳴門を応援しただろう。

 決勝戦でも、いくつかの「たら・れば」があった。「たら・れば」は、ひとり高校野球だけでなく「人が生きる」すべてにいえることのように思える。




 免許の更新。
 午後から運転免許証の更新に行った。新・有効期限は平成30年の10月末までとなる。66歳になる歳だ。

 免許は、40年以上も昔、貞光自動車教習所で取得した。仕事しながらだったことや、なによりへたくそであったこと、そして、指導員につまらない反抗をしたことなどのせいもあり、入所から取得までギリギリの六か月間もかかってしまった。
 指導員への反抗は、日ごろからなんとなく相性の悪かった一人の教員が、知らず知らずにクラッチへダルに載せていた私の左足を蹴とばしたことではじまった。失礼だなと思った私は、無意識で相手の足を蹴り返したのだ。すると、教員が腹を立ててしまい「お前には二度と教えない」といったようなトラブルがあったのだ。
 あれこそ、典型的な若気の至りで、当時は、何にでも反抗する、そういう時期だったのだ。

 免許更新は、1時過ぎに受け付けて3時過ぎには終わった。新免許証にはICチップが組み込まれているという。

 今回は、免許証の写真用にと、はじめてネクタイを着用して写真撮影にのぞんだのだが、出来上がったばかりの免許証をみてみると、くたびれた初老の男がいた。少し期待していたのだが、写真はやっぱり「それなりに」しか写らないということが改めてわかった。
 免許証の裏面には臓器提供の意思の有無が書いてあったので、ちょっと考えて「提供する意思がある」に○をつけて、署名した。臓器提供については、昔は意味もなく拒否としていたが、今は、だれかの役にたつのなら、という考えになっている。

・・・ということで失礼します。
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ひさしぶりに
2013-08-09-Fri  CATEGORY: 未分類
 今日は、社外での会議で宮崎市青島まで行ってきた。

 久しぶりに訪れた「こどもの国」は、ずいぶんと様変わりしていた。
こどもの国

 いかにも「みやざきーーーっ」といった風景ではある。


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話芸
2013-08-08-Thu  CATEGORY: 未分類
 父と息子



父「おまえ、ええひと、おらんのか?」

息子「お父ちゃんに話そう、話そうとおもっとったけれど、実は、ひとり、おるんよ」

父「ええ! そりゃあよかった。誰ね」

息子「タバコ屋のきみちゃんよ。あの娘と結婚しよう、思うとる」



父「ええっ・・あかん。それは、やめとき。あの娘は、あかん」

息子「なんで、なんで、あかんの、お父ちゃん」

父「実は・・・・誰にも言わんといてな。実は、タバコ屋のあの娘は、若い頃、間違いで、外につくった、ワシの子なんよ」

息子「ええっーっ。ほな、兄妹? ああ、だから気が合うんやなあ」

父「でも、絶対、結婚はあかんよ」



母と息子

息子「どうした武夫。この頃、元気がないねえ」

母「うーん・・・」

母「どうしたの。お母ちゃんに言えんの。親子でしょ。話しなさい」

息子「うーん、実は、タバコ屋のきみちゃんと結婚したいいうたら、お父ちゃんが絶対あかん、て云うのよ」

母「ふーん。何で」

息子「それは、言えん。絶対に言うたらあかん」

母「言いなさい。黙っているから」

息子「ほんなら、絶対に言うたらいかんよ。実は、タバコ屋のきみちゃんは、お父ちゃんが若い頃、外に、つくった子供やねんて」



母「ええっ!!。あの人、そんなことしてたんか。私に隠れてから。ホンマ、頭くるなあ」

息子「兄弟同士は結婚できんから、ダメや・・・・・・・」

母「結婚しい。いいよ。結婚しなさい」

息子「でも、兄弟だから」



母「ええのよ。大丈夫だから。結婚しい。ここだけの話で、誰にも言うたらあかんよ。お父ちゃんにも言うたらあかんよ。実は、あんたは、お父ちゃんの子供やないのよ」




 この前聞いた、桂文珍の、落語の「まくら」だ。



 文章にすると、ちょっとショッキングな会話で笑い飛ばすところはないように思えるのだが、ほんものの芸人が落語にすると、爆笑になってしまう。

 話芸の力、話す力、というのは凄いものだと思う。

(67.1 24.9 )
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甘味
2013-08-07-Wed  CATEGORY: 食べ物

 帰宅途中、書店に立ち寄り久しぶりに本を購入した。
 両方とも、前々から興味があった本だ。
本




昨日の桃知さんのブログに「甘味は人間が覚えた禁断の味覚であり、刑務所の中にいると、甘味が猛烈に欲しくなる、と聞いたことがある。つまり人間の最後に残る味覚が甘味なのだ・・ざっくり・・」と書かれてあった。

「甘味は人間の最後に残る禁断の味覚か・・」そうだよなあと共感する。


 抗がん剤治療のおかげで、何を食べてもボール紙を食っているようで(実際にボール紙を食べたことはないが・・)ありとあらゆる味覚が総動員して私を裏切ったとき、小豆系の甘味だけは「うまいなあ」と味わさせてくれた。
 小豆系の甘さ、美味しさを改めて再確認させてくれたのだ。

 あの、きつかった時期に、私のQOLを向上してくれた。その恩返しにみたいに、今は、毎日、小豆系の甘さを食べている、いや、離れられなくなっている。
 

 ぜんざい、ぼたもち、やぶれまんじゅう、小豆最中アイス、あんころ餅、だんご・・いいなあ。私には日々の糧のひとつでもある。
 で、今夜はこれを食べるのだ。
ぜんざい
  虎屋の「冷やし白玉ぜんざい」季節商品

( 66.9 24.9)

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コーヒーを飲んでいる。
2013-08-05-Mon  CATEGORY: 食べ物
社員から聞いたが、昨日の日曜日、大分市で行われたソフトテニスのインターハイで、母校貞光工業高校がベストエイトに残り、準決勝で惜敗したとか。
団体も個人も強いですよ、話してくれた。そういえば、母校はラグビーも強いが、ソフトテニスは自分が入学した頃にも「愛好会」として存在していたなあ。

 
 手術前とちがい、この頃はコーヒーを毎日飲んでいる。しかし、日本茶とちがってコーヒーの味というのは、よくわからない。何が美味いのかはっきりしないまま飲んでいる。
 なぜ、急に、飲むようになったかというと、コーヒーの摂取が「がん予防」と相関があり、予防に対して有用性があるといわれているからだ。再発のトリガーを引くのをできるだけ防止したいので、そうしているのだ。

コーヒー

 コーヒーのカフェインは中毒症状になると耳にしたことがあるが、そこまでにはなっていない。

 コーヒーの味が、ただ単に「美味い」「美味くない」というのはなんとなくわかる。たとえば、同じコーヒーなら、ネスカフェを溶いたインスタントコーヒーよりも、豆を挽いてドリップしたのがコクも香りもはるかに優れている。なので、基本的にはドリップしたのしか飲まない。なので、家にも、職場にもインスタントは置いていない。

 コーヒーには、フレッシュも砂糖も何も入れない。アイスコーヒー(徳島では、今もレイコーと言うのだろうか)よりも、ホット好む。

 ここまで書いて、ふと考えた。緑茶みたいに、コーヒーでお茶漬けにしたらどんなものなんだろう、と。多分、不味いだろう。

 (66.9 24.9)

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親子丼
2013-08-04-Sun  CATEGORY: 食べ物
はじめての親子丼



 生まれてはじめて親子丼を食べた記憶ははっきりと焼きついている。

 時期は、昭和38年の夏である。当時、愛読していた少年マガジンに「紫電改のタカ・・ちばてつお」の連載が開始された頃だ。
紫電改のタカ

この「紫電改のタカ」の最後は、主人公滝城太郎が仲間たちとともに、黒塗りの愛機に搭乗し特攻で出撃して帰らぬ人となり連載が終わった。
 この漫画は、当時流行っていた戦記物と違って子供心にショックな結末で戦争の悲しさを教えてくれた漫画でもあった。

 私たちは、自転車を「紫電改」になぞらえて、「そらっ、逆タカ落としだ」「弔い合戦だ」とか言いつつ、運動場内を転倒しながらも駆けまわして遊んだ。
 そのときに怪我した膝小僧の傷が化膿し治癒しないまま、貞光町は阿波踊り一色になった。


 その頃、貞光町の阿波踊りは松尾神社の境内にしつられた桟敷でがメインステージであった。

 桟敷の傍らで、父から「親子どんぶり、食べたことないだろう」と、父が食べるものを、もらって食べたのが「はじめての親子丼」だった。

 父は、その頃地元商工会の職員で、町の阿波踊り大会の仕事にスタフとして携わっていたのだ。スタッフにふるまれた夕食が、多分、親子どんぶりだったのだ。

 はじめて食べたのは、こんな上等な感じではなかったが・・・・。過日、食べた親子丼の写真。
親子丼

膝小僧の傷の痛さも忘れ、周囲の喧騒も耳に届かないまま、夢中で食べた、というより食らった。

 食べたみた感想は「こんな、美味いものが世の中にあったのか」という感激だった。

 で、今も、好きなどんぶりだ。

     (66.7 24.8)

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記憶に残る言葉
2013-08-03-Sat  CATEGORY: 建設
 暑い。



 記憶に残る言葉

【石屋ののぶやん】

「もらうものは大腸菌でももらわな」

 石屋ののぶやん、入社してはじめての現場で会った、石工職人だ。

 現場の休憩中に買ってきたジュースを渡したら、冒頭の言葉がえってきた。



【中堅ゼネコン○○建設の植○氏。】

「他人の失敗、厳しく追求。自分の失敗、笑ってごまかし」

JVの橋梁下部工の現場で、私と二人で玉掛ワイヤーを編んでいたとき、ちょっと失敗してしまった。

そのとき記憶に残る言葉が植○氏の口から飛び出した。



 後日再開したとき、植○氏は支店の幹部に出世していた・・。



心に残る言葉 

【元・上司】

 「云うべきことは云え。そのかわり、することもきちんとやれ。・・で、ないと、その辺りの土建屋の親父と変わらんぞ」

「伊藤君、正論がいちばん強い」

元・上司は、言うことと行動を常に一致させ、正論を述べながら、土木部ならびに弊社の発展に大きく寄与してくれた人だ。
いまだに真似もできない。

66.9 24.87
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