土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
おおつごもり
2013-12-31-Tue  CATEGORY: 未分類

 今日は、恒例の「そば打ち」をした。
 午前9時頃から午後2時過ぎまで。餅を食べながらで、腰が少々痛い。

 
 そばうち

 今年は、北海道産そば粉と小麦粉を8:2、つまり、二八蕎麦だ。
 こね鉢のそば粉に水を注ぐと、新そばの香りが漂う。

 今日は、4,50人前くらい打った。




 では、よいお年をお迎えください。
 
 来年、よき年でありますように。
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裸の島に寄付した
2013-12-30-Mon  CATEGORY: 映画
今朝は、緑地帯の草花や畑に霜がおりていた。

去年の今日は、そば打ちをしていた。今年は、例年通り大晦日に打つことにしている。

で、今日は、外回りの掃除、風呂掃除、机の周りの片付け、墓参をして過ごした。

貞光では、積雪があったとか。

昔は、こんなに積もる日もあった。
積雪

 このころは、青洟を「ずずーっ」とすすりながら、遊んでいた。青洟を、服の袖でぬぐうものだから、両袖口は、かちんかちんになり、光沢をともない、ぴかんぴかんになっていた。

 つまり、かちんかちんのぴかんぴかん だった。

 わたしは、青洟をたらしたことも要因になったのか、その後、蓄膿症、扁桃腺炎にかかってしまった。

 扁桃腺炎は、成人してもなかなか治らなくて、毎年、きまって二三回ぐらい40度前後の発熱や発熱に伴う口内炎で苦しんでいた。

 結婚する前後「灸(やいと)で扁桃腺が治るらしい」と耳にし、治してくれるという、浄土真宗のお寺に向かった。発熱でふらふらしながら、お寺の本堂の石段に腰を掛けた。お寺のお婆さんが出てきて、両方の肘のツボに灸をすえてくれた。
 それだけである。

 この一回だけの灸(やいと)で、扁桃腺炎は完治してしまったようだ。その後、発熱で苦しむということ皆無となった。


 蓄膿症は、別府の整体院で治してくれると聞いて行ってみた。県外からも大勢の人が来ていた。私の場合は、鼻の骨を「ボキボキ」と、まっすぐに整体してもらってから、ほぼ完治(寛解というのか)して、今に至っている。

 東洋医学というのも、各個人の症状と体に適合すれば、素晴らしい治療方法になる。

 話は変わる。




あの、裸の島が競売に出されるらしい。近代映画協会が、落札して保護するために寄付を募っているとのことだったので、映画「裸の島」ファンとして、ほんの少しだけ寄付することにした。

映画の裸の島
裸の島

現在の「裸の島」
はだ゛かの島

雑木に覆われて「裸」ではなくなっているみたいだ。




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健康を自覚
2013-12-29-Sun  CATEGORY: 未分類
 今朝は寒かった。

 早朝の散歩。近くのコンビニの駐車場の水たまりに薄氷が張っていて、踏みつけるとジャリと音がした。



話は変わる。

 昨日の朝の車外気温7℃。

空は一面に雲が広がり、木星が西の空にかすかに見えただけで他の星はひとつも見えなかった。旭化成の工場煙突の煙は、煙突の真上20mぐらいから急に海側にむかって水平にたなびいていた。風が強そうであった。

 出社途上、交差点で信号停車したとき、左側のレーンに乗用車が同じように並んで停まった。なんとなはなしに横を見ていたら、運転手がタバコをくわえてライターで火をつけて吸い始めた。それを見ていると、煙草の甘い香りがこちらにも漂ってきたように感じだ。相手も私も窓を閉め切っているはずなのに、甘い香りを確かに感じたのだ。

「ああ、吸ってみたいなあ」「さぞや、うまいだろうな」と思った。

 タバコを吸ってみたいとなどと思ったのは、どのくらい前になるのだろう。


「あ、いかん、いかん」とすぐに打ち消した。禁煙して20年以上にもなるのに、まだ、こんな未練がましい気分が残っていることに、驚きを感じた。

昔、「今日も元気だ、タバコがうまい」という、素晴らしいキャッチコピーがあった。

 こうしてみると、現在の私の健康状態は本物なのかもしれない。
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元気ですよ
2013-12-27-Fri  CATEGORY: 未分類

朝の外気温7℃。曇り。

 この頃、ブログ更新を怠っていたら、同級生の間では「どこか調子が悪いのではないか」という話が出ることもあるみたいだ。
 「元気だ」ぐらいでもいいので更新したらと言う友人もいる。年齢でいえば中年の部類で、まだ若いつもりだが、更新が滞りがちになると、そう思われるのも仕方ない。
 なので「元気です」の意味からも、ちょいちょい更新してみようかなと思っていたりする。

「元気です」で思い出すのは、二階の棚の奥を探せばきっと見つかるであろう吉田拓郎のLPアルバム「元気です」。

 そして、さらには「元気です」という歌。

 「元気です」
 前略・・
♪~かすかに聞こえた 優しさの歌声は 友や家族の手招きほどなつかしく
木の葉にうずもれて 季節に身をまかす
それでも私は 私であるために
そうだ元気ですよと答えたい

・・・・を思い出す。
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お堂と母屋
2013-12-25-Wed  CATEGORY: 貞光町

昨年の年末年始に帰郷したときに「あの場所に行ってなかった」とか「あそこまで行ったのに、何であそこに行かなかったのだろう」とか「○○さんに会わないままだった、○さんにも・・」などと、今になって「心残り」というのが出てきたりしている。

 考えてみると、この世に生を受けて21年間も暮らしていた場所を、わずか四泊五日ぐらいで心おきなく廻れるわけは最初から無理な話ではある。

 そういった中で、東山(ひがっしゃま)の白村にある母屋(おもや)を訪ねたとき、なんで、ちょっと足を延ばして「大泉堂」まで行かなかったのだろうと、湯船につかりながら思った。

 母屋から、竹林の側の急傾斜の細道を下りていけば5分もかからなかったろうに。

大泉堂は、私は単に「お堂」と呼んでいた。家から、母屋までの登る過程の約8割方ぐらいの箇所にあり、ここを素通りすることなどただの一回もなかった。必ず立ち寄り、父の真似をして手を合わせてお堂の縁に座って休憩をしたものだった。
また、1年年上の真澄君と登ったときは、ごつごつしたお堂の広場で相撲をとって、なんかと負かしたこともある。



相撲といえば、当時の子供たちにとってはメジャー系のスポーツであった。校庭の砂場、河原、往来、田んぼ、ちょっとした広場などに、棒きれで円を描くと、簡単に土俵ができあがるのだ。
向かい合って「はっけよい」の掛け声で取っ組み合いをする。

今は、野球、サッカーが主流だが、当時の子供は野球派と相撲派がいたように思う。TVでは、朝潮、若乃花、大鵬、柏戸などの横綱のほかに、けたぐり専門の海乃山とか、もろ差しの鶴ヶ峰、吊り出しの明武谷など個性的な力士がいた。なかでも、藤の川という小兵の関取の飛び跳ねる相撲が好きだった。

私は、運動神経がよい方ではなかったので「相撲派」であった。勝っても負けても相撲をとるのは大好きで、こちらに来ても、若い者をつかまえては相撲をとっていたりした。

むろん、今は全くダメで体も筋肉も足の運びもついていかない。

 中学になって柔道をはじめたのは、兄や柔道ドラマ、柔道漫画の影響のほかに、相撲の延長線というのもあったのだと思う。



母屋は、誰も住まなくなってから、かなり時間が経過しているようであった。

 お堂から竹林の間を抜けて上がったところに水槽があり、山から引いた水がこんこんと湧いていた。いつも、ここでのどをいやした。
泉

 そして石段を上る。
石段

 母屋は、廃屋みたいになっていた。

 CIMG8627.jpg
CIMG8629.jpg

 置き忘れたように「そろ」が残っていた。
 CIMG8630.jpg






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コンクリートを 打つ
2013-12-21-Sat  CATEGORY: 建設

TVなどを見ていると「家のコンクリートを流し込みました」というような、コンクリートを液体と思っているのではないかと錯覚しそうな表現は少し耳障りだ。

 コンクリートは流してはいけない。コンクリートを流すと、いい仕事にはならない。コンクリートは締め固めるものだ。コンクリートを言葉通りに流している人たちもいるかもしれないが、それは多分、少数だ。ほとんどの工事ではコンクリートを打っているのである。

 ところでコンクリート施工は「コンクリートを打つ」「コンクリート打込み」「コンクリート打設」という表現をしている。この「打つ」という語源は諸説があり、どこから来たのかは正確にはわからない。

 私が思うには、昔は水分の少ない硬いコンクリートを突き棒などで叩いて締固めをしたことから来ていると思う。

 うどんにしても蕎麦にしても、練り混ぜ水が少ないと、硬く強く締まる。

 例えば、堤防の法面の土羽部などは不透水性の粘性土を持ってきて土羽板で「叩いて」締固めて、洪水のときに川の水が浸透しないように防いでいる。この作業を「土羽打ち」というし、そして、粘性土のことを土羽土といった。

 また、古い家屋の中にある土間、これも土間をつくるときに「土間打ち」といい、完成した土間のことを、略して「たたき」とも呼んだりすることもあった。つまり、古来から、締固めるためには、叩いたり打ったりしていたのだ。

 その昔、コンクリートは当て字を用いて「混疑土」と書いた。つまり、締め固めるために、堤防の土羽土と同じように「混疑土」を打って、叩き締めていたのだと思う。
 そこから「コンクリートを打つ」が出てきたと個人的には考える。
 昔から、職人は、丁寧にいい仕事をしていたという証でもある。

 今は、内部振動機(バイブレーター)で、流したりしないで懸命に締固めている。

 締固め≒打つ、なのである。
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方向音痴
2013-12-15-Sun  CATEGORY: 未分類
朝の外気温2℃。

 ちょっと前から、散歩コースを変更して南に向かうことにしいている。前方を見ると交差点の向こうに灯りが見える。内科・小児科のクリニックとコンビニだ。

 クリニックの先生は、いつも朝の5時半頃には出勤している様子だ。今日は当番医らしい。医院は窓のカーテンが開けられ「受け付けはいつでもどうぞ」みたいで、ちょっとした頼もしさを感じた。

 向かい側にはファミマがあり、駐車場には数台の車が止まっていた。すぐ前を通ったとき、パンの焼ける甘い香りが漂っていて、足元を歩いていた柴犬も立ち止まって鼻をくんくんとさせていた。

 今朝も昨日と同じようなことを思った。それは、方角のことだ。

 ここが「貞光町」だとしたら、瞬時に東西南北が識別できる。東なら「ひがっしゃま」方向だし、西は「浦山」方向、南は「大南町」の方向で、北は「三頭山」の方向だ。こんなもの体感ですぐにわかる。

 しかし、現在地では、暮らしはじめて四十年にもなるのに、いまだに地図を頭に描いて「えーと、こっちが東だな、ということは、あっちが北になるな」という感じで、なかなか覚えられない。識別の速さは1秒ぐらいかかっているかもしれない。
 これは、方向音痴の私だけかもしれないが、今朝も、そのようなことを思う早朝の散歩となったのである。


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専門分野
2013-12-14-Sat  CATEGORY: 建設
 たまには、専門分野のこと。

今日は、ある現場の橋脚コンクリートの柱部を1回で打ち上げた場合と2回で打ち上げた場合の、温度ひび割れの解析と資料整理を行っていた。現場は、1回打ち上げで計画し承認を得て、すでに施工したあとである。
 施工したあとから「二回打ちでなければいけないのではないか」とコンサルが言っているというので「よーし」と試算してみた。

 計画段階で概略の検討はしていたので「あまり大差はない」ということはわかっていた。
 念のため、きちんと手順を踏んで解析したみたら、果たして、予想どおりというか、1回打ち上げのほうが、わずかに有利という結果が出た。
 キャプチャ4

キャプチャ3


 
 コンサルさんが机上で計算したのはJCMAC1という古いソフトのようだし、設定した施工時期やセメント量も、実施工とは違うため、結果も違ってくるのだと思う。

 しかし、こういう計算は、いくら緻密な数値でも、出てくる結果は、所詮「発生確率」とか「可能性」など定性的なものでもある。

 よって、現場の方は、万一のことも考慮し、工程の許す限り養生期間を長く置くことにしてリスクを減らすようにしたのである。

 
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無題
2013-12-12-Thu  CATEGORY: 未分類
2/12/2013(木)晴天
朝の車外気温3℃。

朝の散歩時、星空をながめるのがちょっとした楽しみになっている。雲に覆われて星空が見えないときなどは「がっかり感」になり楽しみが半減してしまう。

今朝は、南西の空の端にペテルギウスと天狼星(シリウス)とプロキオンで構成する冬の大三角というのを生まれてはじめて視認した。

「ほほう、これが大三角というやつか」とながめた。そこには「にやにや」したくなるほどの正三角形があった。
ぺテルギウスは不気味に薄赤く、天狼星はLEDライトの光源みたいに青白く輝いている。すぐ近くの木星の輝きがせっかくの三角形を邪魔しているようにも感じた。




以前にも書いたが・・・

曲名は忘れたが、小椋桂の歌に「♪一時間もすれば あきてしまう自然を賛美し~」というフレーズがある。
 どんなにきれいな自然の風景も、あきがくる。でも、何らかの人の手が加わっていたりすると、私の場合、あきがこない。

「自然は寂しい。しかし、人の手が加わるとあたたかくなる」宮本常一。



 これらに同感を覚える。

 例えば北海道の辺境を旅したとき、車窓から見える寂しい大自然の中に、鉄道の廃線跡が見え隠れしていたり、急峻な崖の中に旧道を見かけたりすると「こんなところまで」と思うと同時に「ほっ」とするものを感じる。そういった構造物をこしらえた先人たちの想いと熱意が垣間見えるようだ。

 大分県 石橋 写真加工
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 大分県 石橋 写真加工
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高千穂鉄道 廃線前 写真加工

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白水ダム 大分県
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「自然は寂しい。しかし、人の手が加わるとあたたかくなる」

 なるほどなあと思う。

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