土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
屋敷
2014-02-20-Thu  CATEGORY: 貞光町

つるぎ町のホームページをのぞいていたら「空き家バンク情報」のコーナーに、生家の近所にある「Oさん宅」が写真と図面付で掲載されていた。なんでも昭和6年に建てられた家屋で、屋敷とよぶにふさわしい豪邸で貸家として紹介されている。
 折目邸

間取り




 家の中には、ほとんど入ったことはない。ただ、このおうちで見たテレビの相撲中継が印象に残っている。対戦は、初代若乃花と栃の海だったと思う。

 同時に、ここは、かつての遊び場所のひとつでもあった。大きな屋敷は、お年寄りのお婆さんが一人で管理されていたが、時折、私たちと同年輩の兄弟が遊びに帰省?していたみたいで、兄弟が帰省しなくなってからは、表も裏も内部から鍵がかけられ立ち入ることはできなくなっていた。
 このお宅の広い庭園は、悪ガキどもの恰好の遊び場で、木に登ったり、塀に登って梅の実をちぎって食べたり、植え込みに隠れたり、球技をしたり。ほかにも、ちょっと口には出せないぐらいの悪さもやった。(父からはたんこぶができるぐらいの拳骨をもらった)

 なつかしい一枚の写真である。
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軟派?
2014-02-19-Wed  CATEGORY: 未分類
 
 今朝は、雨は上がっていた。けれど、路面はぬれていて、まだまだ春遠からじという感じであった。

 社屋から見える「可愛岳(えのたけ)」は、白く覆われていた。
 えのたけ


  可愛神社社伝によると、ニニギノミコトを可愛山頂の鉾岩に安置、遠く古墳時代の崇神天皇時代に社殿を造った。しかし参拝に不便なので可愛山吾田(あがた)神社を建て可愛山稜大権現(可愛神社)と称していた。
近世では明治10年、西南戦争の末期、西郷隆盛が部下を率いて、薩摩をめざして官軍の包囲網を突破し、可愛山頂を抜けて逃走した道である。





 先日、地元の工業高校土木科の生徒を対象としたの課外授業を企画した。
高校生


 せっかくだがら、何か、記念に粗品でもと考えて、野帳とシャープペンシルを考えた。シャープの芯は何がいいのだろう。無難な0.5mmのHBにした。

 私の若い頃は「硬派」だった。
 4Hの鉛筆の先を針のように尖らせ、指先に力を込めて「これでもか」と図面を書いたりしていた。

 それが、今やすっかり「軟派」になっている。
 プラチナ社の「プレスマン」というシャープペンシル(定価200円、芯の太さ0.9mm、2B)を愛用している。

 なんであの頃、4Hを好んで使っていたのか、今となっては考えられない。
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日課
2014-02-18-Tue  CATEGORY: 未分類

気象予報では、今日の午後からが「雨が降るでしょう」だったが、朝、起きたら路面一面が濡れていた。

散歩に出かけるときになって雨脚が強くなり傘をさすのが困難なほどの風が吹きはじめた。いつもなら見えるレーヨン工場の煙突の白い煙も雨にまぎれて見ることはかなわなかった。

 こうして、毎朝、毎夕、犬を連れて散歩するのが私の日課になっている。コースもほとんど同じルートをたどる。生活のリズムのひとつになっている。

 こういった事を継続していく行為、実は、楽だ。継続しないことのほうが、気分はよくないのだろう。

 朝夕の散歩や日記だけでなく、朝起きてから就寝前の歯磨きまで、ほかにも日課としているものがある。

 雨の日も風の日も、呼吸と同じみたいに、いつも繰り返していることを今日もまた繰り返すことが出来る(た)というのは「楽」なのだなと思う。

 歳をとってくると「三日坊主」などは居なくなるのではないか。

 三日坊主の「坊主」は僧侶ではなく子供のことをさしているのかな。

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2014-02-11-Tue  CATEGORY: 未分類

早朝だと、自宅から会社までは12.3分ぐらい。

 車をいつものスペースに停める。玄関の鍵を開ける、セキュリティを解除する、3階に上がる、室内照明のスイッチを入れる、暖房器具に火を入れる、自分の机のパソコンをONにする、日めくりカレンダーをめくる・・という一連の動作から今日の仕事がはじまる。

 いつもなら、めくり取った日めくりカレンダーは片手で丸めてゴミ箱に捨ててしまうのに、今朝は、なぜか、手に取ったカレンダーに目を通した。

どんなことが書いてあるのだろう。
CIMG9862 (1)

 

「健康な人は自分の健康に気が付かない。病人だけが健康を知っている・・・・カーライル」



その通りだ。

 2年ちょっと前の秋、突然に「検査してみないとわかりませんが、私の経験では100%がんです。早急に切除手術が必要です」と医師から云われたとき、それまで健康だけが唯一の取り柄だと自負していた私は「あちゃー」となった。
 TVや小説みたいに「諤々」とか「動転してしまって」という事はなく、傍目には、割合、冷静な気持ちでいられたと思うが、内心では、それなりのショックはあった。

 そのあと、あれよあれとという間に、生まれてはじめての出来事を経験して今に至っている。

 入院してみてはじめて看護婦さんの有難さが身にしみてわかったし、医師の医療技術の素晴らしさというのもわかったし、何より、自分の命や健康についても多くのことを考えさせられたりもした。

 こればかりは「自分がその立場になってみないとわからないものだ」とつくづく思った。

 そこで冒頭の「健康な人は自分の健康に気が付かない。病人だけが健康を知っている」が、理屈抜きにわかるのである。



 
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ライブカメラ
2014-02-09-Sun  CATEGORY: 建設
故郷の雪の便りを耳にした。なつかしい山々や街並みが雪景色で覆われている。

 当地での積雪は40年住み暮らしていて2回ぐらいしか記憶にはない。
でも、ここから九州山地の方に1時間ちょっとばか上ると日本最南端のスキー場がにぎわっていたりする。

 この地は、山も川も海もなんでありだ。




 話は変わる。

 今度、ある道路工事において、掘削する箇所と掘削残土を搬出する箇所が遠く離れていたので、ライブカメラを設置してみた。
 現場・本社・発注機関のパソコンやスマホなどから、仕事をしている様子や、一般交通の状態、交通整理員の状況などをズームにしたり、上下左右に移動して見ることができる。
 unnamed.jpg


 この静止画は、それを、150km以上も離れている会社のパソコンからのぞいているという図式だ。

 こういうものがあると、ヘンな仕事はできない。つまりは、普段から自信のある仕事をしていないと、こういうものなどは設置できないということでもある。


 かなり昔、私が現場を走り回っている頃と比較すると、隔世の感がする。
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焚火
2014-02-06-Thu  CATEGORY: 未分類

この前、孫太郎の真冬のキャンプファイヤーにご相伴させてもらった。火を囲んで騒ぐ。真上を見ると木々の間からオリオン座が見えた。野生の血が騒ぐではないか。我々のご先祖、縄文の人たちもこうしていたに違いない。キャンプファイヤーに参加したのは何十年ぶりだろうか。夏もいいが冬のファイヤーもいいものだ。
冬のキャンプファイヤー

 キャンプファイヤーとは違うが、子供の頃、秋から冬にかけては「焚き火」をして遊んだ。場所は、貞光川に架かる長橋下流の川原だったり、近所の家の庭先だったり。

 まつのはん
 【写真は、昨年の松尾神社境内】

 焚き火の中には芋が入る。芋の入らないたき火はやらない。最初のうちはしくじってばかりで生焼けをかじることもあったが、幾度もチャレンジするうちに、火の起こし方や焼き芋の焼き方を覚え、小学校五年生ぐらいになるとマッチ数本と新聞紙、拾い集めた木切れだけで火を起こし芋を食べて、みんなで笑顔になった。

 焼き芋で失敗の少ないのは、石焼芋だ。焚火の中に直接芋を投入すると焼き過ぎて半分以上が炭になって、がっかりしてしまうことも多い。その点、石焼き芋はちょっと面倒くさいけれど、そういった失敗は少ない。

 石焼き芋は、大きな鍋の中に川原でひらってきた小石交じりの砂利で芋を包むようにする。あとは、鍋を焚き火でどんどん加熱するだけだ。近所の悪ガキどもと遊びながら待ちながら頃合いを見て、小石の中から芋を取り出すと、ほくほくの石焼芋になっているのだった。


 今は、焚火などしていると、白い眼で見られたり、野外焼却といって、野暮な法律や条例で取り締まられる。ダイオキシンなどは関係ないとしても、火事になる危険性もあるので致し方もない。
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