土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
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カメラを買った。
2014-04-20-Sun  CATEGORY: 未分類
一眼レフを買った。
キャノンは昔から相性がよくないのではずしてニコン・オリンパス・ペンタックス、どこのメーカーにしようかと迷った。
ソニーやパナソニックは対象外としたが、コニカ・ミノルタをソニーが吸収したことを知り、ソニーも対象範囲に加えた。

…で、結局、コスト・パフォーマンスを考えたあげく、ソニーに決めた。

ソニーとコニカミノルタのハイブリッドと考えれば、ソニーでいいとふんだ。



私が父からはじめて買ってもらったカメラはコニカだった。
 こんなカメラだった。
コニカ


 毎日、白い飯も食べるのもやっとだった貧乏所帯だったくせに、無理して買ってくれたのだ。
 当時、カメラを持っている子供はほとんどいなかった。多分、自分自身がカメラ好きで、兄にも買ってやったからだろうと思う。

そのあと、仕事である施工管理のために、カメラを使ってきた。
 ミノルタSRT104、オリンパスOM1、ニコンF2と遍歴した。

 で、世はデジタル時代になり、はじめて、そして、久しぶりの一眼レフを買ったのである。

 昔のカメラを引っ張り出してみた。(左端が新品カメラ)


 一眼


 なんと(当たり前かもしれないが・・)ミノルタの交換レンズや各種フィルターが、新品のデジタル一眼レフカメラに、寸分たがわず、ぴったりと合ったのである。
 つまり、40年以上の昔の、ミノルタの基幹技術が「ソニー」と名前が変わっても、現在まで、伝わっているという証のひとつでもある。

 すごいなあと思った。やはり、ソニーにしてよかった。



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元気です。 ニューシネマパラダイスから
2014-04-16-Wed  CATEGORY: 貞光町
  元気しています。





  映画好きな方ならおわかりになるかもしれないが、このブログのプロフィール用の画像は映画「ニューシネマパラダイス」に出てくるアルフレードとトトのシーンを真似たものだ。

なぜこのようなことを書くのかというと、先日、久しぶりにニューシネマパラダイスを観たからだ。

 いい映画は、いつ観てもいい。時代も背景も登場人物も何もかもすべてが日本ではないのに、妙になつかさを覚える映画だ。


 私の生まれ育った町にも映画館(パラダイス)があった。それも、貞光劇場と貞光会館の二つもの映画館だ。
 で、どちらがパラダイスにさわしいかを考えてみた。

 松尾神社の前にあった貞光会館のほうかなと思う。その理由は、会館は「映画館」として造られたのに対して、貞光劇場は芝居小屋として建てられ、時代の流れで映画を上映するようになったからだろう。

 上映されていた映画も、会館のほうは東宝・日活系の現代モノがメインで、ときには洋画なども上映されていたような記憶がある。

 劇場は、会館が休館してからは東宝の映画もかけられるようになったが、両者が同時に存在するときは、ごてごての東映専門で、スクリーンでは旗本退屈男や月形龍之介がところせましと動き回っていた。

 会館のほうは、隣に二階建てのグリルが併設され、当時のガキどもにとっては高嶺の花である「ビフテキ」などの洋食がメニューとしてあった。
 劇場のほうは、館内の南の隅っこに売店があり、そこでサイダーや駄菓子が売られていた。
 
 会館は出火があり休館したまま、いつのまにか無くなってしまい、今は跡形もみえなくなっている。ニューシネマパラダイスに登場するパラダイス座も火事で延焼した。なんとなく似ている。

 でも、回数を重ねて行ったのは貞光劇場のほうだ。東映の「伊賀の影丸」や「月光仮面」、東宝の「モスラ」を見たのも劇場だった。
 貞光劇場客席
 
 劇場のポスター


  その貞光劇場も、ついこの間まで映画館として営業していたが、今は、閉館しているようだ。

 こうしてみると、劇場も会館も、私にとっては、どちらもニューシネマパラダイスのパラダイス座だったのだ。

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それがどした
2014-04-07-Mon  CATEGORY: 建設

元気しています。





このところ、連日、工事の完成検査に立ち会ってきて、あることに気づいた。

 私よりも年上の人が一人も見当たらないのである。

 見た感じ、かなりの年齢にみえる検査官も、間違いなく私よりも年下なのである。

 ま、それがどうした、というような事であるが、そういうことに、遅ればせながら気がついたという話である。
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うれしかったこと。
2014-04-02-Wed  CATEGORY: 未分類
元気しています。

連日の完成検査の日々も無事におわり、元気にしている。


 先日、広島の親類に電話をかけた。口頭で会話するのはウン十年ぶりだ。

 「もしもし、白浦です」

 

県外に電話をかけて「白浦です」という返答、これは、うれしい。
 まるで「白浦です」を聞きたいがためにかけたような、そんなうれしさである。
 私が「白浦」という姓でなくなってから四十年近くなっているけれど、うれしいのである。


 
 「もしもし、白浦です」

 「はじめまして。私は伊藤と申します。旧姓・白浦です」

 「はい。はじめまして」

 初めての、しかも突然の電話なのに、すぐに私のことをわかったみたいであった。これも、うれしい。



奥様とは、はじめての会話だ。でも、はじめて話をしたという感じがしなかった。
やさしくて聡明そうな方に思えた。

近況のことなどを話し合った。
広島の「白浦家」には、「白浦姓」のお孫さん(男児)が誕生していることがわかった。

 思わず「おめでとうございます。大切に育ててください」と伝えた。

 ちょっとした電話だけれど、三度も、うれしさを感じた。

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