やっと「暑い夏」となったみたいだ。
昨夜は、孫太郎を連れて、昇太の独演会に行った。前座は、昇太の弟弟子、春風亭柳好(真打)がつとめるという贅沢な会。
ある意味二人会といってもおかしくはない。

最初は、柳好で「目薬」。これは、孫太郎の大好きな古典話だ。
続いて、昇太が登場して「猿後家」「新作落語(題名知らず)」、中入りの後「不動坊」で締めた。
私たちの指定席は最前列から2列目。噺家と私たちは5mぐらいしか離れていないという特等席。
孫太郎は、大うけしていた。特に「不動坊」では、大きな声を出して笑っていた。
昇太は、いつ、聞いてもいい。手を抜かない。お客のためのサービス精神が凄い。懸命に演じ分ける。
「不動坊」はよく知っていたが、こんなに面白い話だったのかと思ったぐらい。やはり、生の落語は最高だ。
独演会は300席が満席で、子供は孫太郎だけかと思っていたら、帰りしなに孫太郎と同年輩の子供がひとりいるのを見つけた。
帰りの車の中で孫太郎に聞いてみた。
「また、落語が来たら行くか?」
「行く、行く」
生意気な感想を、ひとつ。
今年の技術士二次試験。鋼・コン科目の設問をみた。(コンのみ。鋼のことはほとんど知らない)
Ⅱ-1
Ⅱ-1-5:壁状コンクリート構造物を構築する際にコンクリートの充填不良が生じる原因を2つあげ、それぞれについて設計又は施工上取るべき具体的な対策を述べよ。
Ⅱ-1-6:コンクリート構造物では施工段階で発生する不具合により構造物の安全性や耐久性が損なわれる場合がある。施工段階で発生するプレストレストコンクリート構造物に特有の不具合を2つあげ、それぞれについて原因と設計又は施工上の防止対策を述べよ。
Ⅱ-1-7:コンクリート構造物に発生するひび割れの1つにセメントの水和熱に起因する温度ひび割れがある。外部拘束が卓越する場合の温度ひび割れ発生のメカニズムを説明し、そのひび割れを抑制する具体的な方法を2つあげ、それぞれについて留意点を述べよ。
Ⅱ-1-8:コンクリート構造物の電気化学的補修工法の例を2つあげ、その概要を説明せよ。また。それぞれの工法について、劣化した構造物に適用する際の設計又は施工上の留意点を述べよ。
Ⅱ-2
Ⅱ-2-3:既設のコンクリート構造物を活用し、新たに部材や構造物を増設または増築して一体化する改修工事の設計に取り組むことになった。このような事例として耐震設計が必要な既設コンクリート構造物の工事計画を1つ想定して、この業務を遂行するに当たり下記の内容について記述せよ。
(1)想定した工事計画と耐震設計を行うために調査すべき項目
(2)耐震設計に関する業務手順とその内容
(3)合理的な耐震設計とするために留意すべき事項
Ⅱ-2-4:経年劣化によるかぶりコンクリートの剥離・剥落で鉄筋が露出したコンクリート構造物において補修対策を行うものとして以下の問いに答えよ。
(1)剥離・剥落の原因として考えられるものを2つあげ、それぞれの原因の特定と補修対策を行うために調査すべき内容を記述せよ。
(2)調査から対策実施までの業務手順とその内容を記述せよ。
(3)業務を進める際に留意すべき事項を記述せよ。
Ⅲ-3:東日本大震災から4年以上が経過し、復旧事業が各地が進められているものの、入札不調、工事進捗や予算執行の問題等から復興工事の遅れが目立っている。このような中で復興事業に影響のある社会的背景を考慮し、以下の問いに答えよ。
(1)復興工事が遅れている現状をふまえ、特にコンクリート構造物の建設を加速するうえで検討すべき項目を、建設分野に携わる技術者としてハード、ソフト両面の多様な観点から述べよ。
(2)上述した項目のうち、あなたが重要と考える技術的課題を1つあげ、実現可能な解決策を2つ提示せよ。
(3)あなたが提示した解決策がもたらす具体的に示すとともに、想定されるリスクやデメリットについて記述せよ。
Ⅲ-4:現在整備されている社会資本の多くは、整備の時期や各々が有する機能、設置環境が異なるほか、劣化や損傷の状態もさまざまで時々刻々変化している。こうした既存ストックを今後も有効に活用するためには、劣化や損傷といった変状を早期に発見・診断し、その結果に基づいて的確に対策を行い、これらの履歴等記録して次の点検・診断に活用するという維持管理の業務サイクルの実施が必要となる。このような状況を考慮し、以下の問いに答えよ。
(1)コンクリート構造物において、維持管理の業務サイクルを実施するために検討すべき項目を建設分野に携わる技術者として多様な観点から記述せよ。
(2)上述した項目のうち、あなたが重要であると考える技術的課題を1つあげ、実現可能な解決策を2つ提示せよ。
(2)あなたが提示した解決策がもたらす効果を具体的に示すとともに、想定されるリスクやデメリットについて記述せよ。
、
なかなか難しそうにみえる設問だが、それなりに準備しておけば、なんとか答えられそうだ。準備期間さえあれば、私でも対応できたかもしれない。
Ⅱ-1-5~7 これはいける。Ⅱ-1-8あまり自信はない。
耐震は苦手、というより勉強していない。なのでⅡ-2-4ならいけそうである。
Ⅲ-4も答えられる。Ⅲ-3は、現場に行ってないし、これは自信ない。
以上より、これぐらいなら、なんとか合格の射程圏内には入れそうな気がする。
来年、受けてみようかな。また、やってみるか。そんな気にさせる、今年度の設問であった。
しかし、技術士資格。足の裏にペタリとくっついた飯粒。取らないと気持ち悪いが、取っても食えない。
食えなくても、飯粒は簡単には取れない。
試してみる。努力してみる。このことは、気持ちいい。
これが、たかが資格、されど資格という所以か。
技術士試験制度が、同じ「士業」としての建築士・弁護士・弁理士みたいな職業資格なら「食える資格」になるだろうし、食うがためには各自が普段から懸命に、向上し努力し、資格のレベルアップにもつながると思う。技術士資格の限界は「職業資格」でないことだと思う。「名誉資格」から職業資格になればいいのに。でも、現状では無理だろうな。
「取れる」のに手が届きそうなのに、見て見ぬ振りするのも気持ちよくない。
覚える端(はな)から、ザルで水を汲むが如くこぼれてしまう現状だが、今までの蓄積とそれなりの努力で、なせばなるだろう。
でも・・・。
やってみるか、やらないか、それは来年のこころだ。
このところ、ずっと、夏らしい夏を見ていない。このまま秋がくるのか。
YH。
ユースホステルの略だ。
先日、新聞を広げたら「YHって何 ?」みたいな活字が目に飛び込んできた。
「おう、知ってる、知ってる」とすぐに反応して記事を読んだ。
1970年代当時と比較して宿泊客数は1/10に激減し、YH施設も大幅に減少しているという内容。
YHといえば、若い頃、ホステラーとしてお世話になった。ひとり、旅に出て泊まるところといえばYH。さもなくば野宿ぐらいしか選択肢はなかった。運がよければ、好意で公民館やお寺に泊まらせていただくこともあったが、ほとんどYHメインで利用させてもらっていた。
多分、1974年の夏、佐賀・長崎・耶馬溪、高森のYHを利用したのが最後だ。それ以後はない。
当時のYHの宿泊料金は、一泊二食付、腹いっぱい食べさせてもらって700円。そして見ず知らずの国内外の人たちと一晩中「一期一会」の会話ができるという特典がついていた。
それが激減、衰退だという。
見ず知らずの人たちと同宿するより、個人を楽しみたいという旅人が増えているのかもしれない。
私も、人見知りだし、どちらかというと寡黙なたちの性格だ。なので「個」を楽しむというのはわからないでもない。でも、見知らぬ土地に行って何日も朝から晩まで無言でいることも辛抱できない。
旅に明け暮れていた頃など「今日は、どんな人らと会えるのだろう」が楽しみのひとつでもあった。
で・・・・・
こんど、いつか、機会があったら、YHを利用してみよう、そう思っている。
写真は当時の会員証とバッチ。もう、とうに期限切れだ。


今日は、休み。
家人から頼まれて、孫を連れて「プレミアム付き商品券」というのを、雨の中求めに行った。
10時から販売開始というのに、販売施設は車や人で大混雑。
運よく、空いたスペースに駐車することができた。
しかし、列の最後尾を探すが、なかなか見つからない。
なんとか、会場のスタフに聞いて教えてもらう。
時折、横降りの強い雨が降りかかりながら列に並ぶ。

雨の中、列に並ぶのも孫にとっては社会勉強のひとつ。
少しずつ、ジグザグに移動して、内部に入り、いただいた整理券番号は1833番。
その後、1時間ぐらいして、やっと購入することができた。

帰宅するときは、こちらに向かってくる車が1キロぐらい渋滞にしていた。
場内整理や会場整理のスタフの苦労がしのばれる。
まあ、たまには並んでみるのもいい。理由はないけれど、そう思った。
中学生になりたての頃、町はずれの急な坂道を上ったところにある古城医院に、何の用事か忘れたが行ったことがある。医院の待合室でラジオから流れてくる歌に聞き入ってしまい、なんとなく覚えてしまった。
守屋浩の甲高い声で・・・
♪~日露の戦争大勝利
まだうら若き父と母~
ちんちん電車のランデブー・・
歌の題名は最近になってわかった。
「明治大恋歌」という。
このとき一回しか聞いたことがなかったのに、なぜかメロディも歌詞の一節が記憶の中に残っていて、この頃、ふとしたことで思い出し、もやもやしていたのだ。
しかし、ネットというのは便利なもので「守屋浩 日露の戦争大勝利 歌謡曲」で検索すると、この歌の情報がぞろぞろと出てきたのだ。そしてYouTubeにもアップされていた。
一番から三番まで改めて聴いてみると素晴らしい歌詞であることがわかる。日露戦争の勝利に湧く東京の情景が浮かんでくるようだ。二番の歌詞では、江戸幕府を造った家康公と徳川家を倒した西郷隆盛のことを並べているのがいい。
作詞は星野哲郎さん。さすがに凄いクリエーターだと思う。もちろんメロディも守屋浩の歌唱もいい。
一 日露の戦争大勝利
まだうら若き父と母
チンチン電車のランデブー
空は青空日曜日
そもそもその日の父さんは
マンテルズボンに山高帽
自慢の懐中銀時計
ふかす煙草は天狗堂
左に宮城おがみつつ
東京府庁を右に見て
馬場先門や和田倉門
大手町には内務省
二 側により添う乙女こそ
当時十九のお母さん
えび茶の袴のすそ軽く
髪に流行(はやり)のボンネット
さっさと追い抜く人力車
みなさい電車というものが
かくも素早く走るのは
これみなエレキの力なり
いつしか上野広小路
さて公園に見るものは
西郷翁の銅像よ
東照宮のみたまやよ
三 ステッキ片手に父さんが
うたうは甘きハイネの詩
若きふたりの未来をば
ミルクホールに語らずや
片道五銭でつりがくる
軍人さんなら割引きだ
パッと飛び散る電線の
開化明治の恋の花
京橋わたれば更にまた
光まばゆき銀座街
路(みち)には煉瓦をしきならべ
並木の柳風すずし
昔の歌謡曲もなかなかいい。
台風9、10、11号の動きが気になる。アメリカの予報、ヨーロッパの予報、気象庁の予報、それぞれが少しずつ違う。
台風シーズンになるとここをチェックさせてもらっている。セカンドオピニオンとして参考にしている。
台風は直撃も心配だが、台風が引き連れてくる雨もおおいに気になるところだ。
話は変わる。
以前の天声人語に、ちょっと興味をひくものがあった。
「規則を曲げて無理な仕事をさせることもあるが、仕事以外でも人の面倒をよく見る」という上司を良いと答える人は多かった。ところが前後を入れ替えて、「仕事以外でも人の面倒をよく見るが、規則を曲げて無理な仕事をさせることもある」だと減ったそうだ・・・・・・
なるほどなあ。同じ意味なのに、前後を代えるだけで、取り方がかなり違ってくる。
少し、簡略化してみる。
無理をさせるが、人の面倒はよくみる
人の面倒はよくみるが、無理をさせる
なるほど、意味合いが違ってくる。
こういった文体では、あとの言葉が強調される構造になっているのか。
表現するときは、こういったことも気をつける必要がありそうだ。
前の日曜日、昼は天領うどんにした。
私は「かき揚げうどん」が食べたくなり、家人に頼んだ。
豆腐のおでんを二個取ってテーブルについた。食券を購入した家人があとから座り、おでんを食べた。
食べ終わった。注文したうどんが来た。
家人はいつものように、わかめたっぷりの「わかめうどん」。私のは、かき揚げもネギもない、天かすだけの「かけうどん」だ。
云ったほうがいけないのか、聞いたほうがわるいのか「かき揚げうどん」ではなく「かけうどん」が来た。
家人は「だいたい、この頃は何いいよっとかわからんとよ」という。
かけうどんは天かすが乗っているので「天ぷらうどん」だと仮定しておいしく食べた。
山之内獏の詩。「たぬき」を思い出した。
たしか、上野茂人という方が、曲をつけて歌っていたはずだが、YouTubeにはなかった。
てんぷらの揚滓それが
たぬきそばのたぬきに化けても
たぬきうどんの
たぬきに化けても
たぬきは馬鹿に出来ないのだ
たぬきそばはたぬきのおかげで
てんぷらそばの味にかよい
たぬきうどんはたぬきのおかげで
てんぷらうどんの味にかよい
たぬきのその値が たぬきのおかげで
てんぷらよりも安あがり
ところがとぼけたそば屋じゃないか
たぬきはお生憎さま
やっていないんです
てんぷらでしたらございます
それでボクはいつも
すぐそこの青い暖簾を素通りして
もう一つ先の
白い暖簾をくぐるのだ