土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
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かあちゃん
2007-02-27-Tue  CATEGORY: 未分類
かあちゃん 
 
♪~寒い ある朝 窓辺で立っていたら、かあちゃん乗せていく 天国の車がやってきた・・・・・ 
 
 
 ・・が、先日の「やなぎ」さんの、ライブの最後の曲だった。この、フレーズが今も残っている。 
 
  作詞は加川良である。曲はアメリカ民謡。 
 
 
 母は、生きていれば今年で99歳。父は、明治39年生まれだから今年で101歳になる。 
 
 母は、幼い頃に何かの病気で耳が全く聞こえなくなった。 
 
 父と母は恋愛結婚だった。しかし、実直で曲がったことのできない、世渡り下手の父と、乳母日傘で育った、飯のよそおいかたも知らない母では、貧乏世帯になるのは簡単だ。当たり前、といってよい。 
 
 そんな中で、自分は生まれ、育てられてきたのだ。金銭的には、困窮していたけれど、母は、徹底して私をいとおしんでくれ、父も、素晴らしい父親であった。 
 
 母は、母牛が子牛をなめるように可愛がってくれた。父は、ときおり拳骨をもくれることもあったが、正直で、真面目で、おもしろくて、私にとっては素晴らしい「男」でもあった。 
 
 ・・・・というようなことを思い起こしながら、ひなたを寝せていたのだ。 
 
 それもこれも、ライブの最後に聴いた、冒頭の歌のせいにちがいない。 
 
 つづきのフレーズは ♪やがて 俺たち ひとりぼっちになるのかな でもよ 俺が死んだら また かあちゃんに会えるよね・・・・・・ 
 
 
 ・・・ということで本日はこれで失礼いたします。 
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コメント

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アメリカ民謡
コメントTasaki。 | URL | 2007-02-28-Wed 07:28 [EDIT]
あの日、やなぎとも話たんです、
フォークソングが歌い始められた当初歌われていた
アメリカ民謡って、いいよなぁ・・・と。
たんたんと歌われる、いっけん深みのない意味に思っていた歌詞も、
今聞くと、とても深い・・・。
コメントG3 | URL | 2007-02-28-Wed 17:29 [EDIT]
 Tasaki。さん。
  初コメントありがとうございます。

 やなぎさんも純子さんも、素晴らしい「吟遊詩人」でした。

 また、機会があれば、こんどはゆっくりと打ち上げまで

 居たいと思います。
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