土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
時代。
2010-07-07-Wed  CATEGORY: 未分類
午前5時35分起床。天候は晴れ、室内温度26度、外気温25度の朝だった。

 今朝も、いつもの日々と同じように、湯気の立つ炊きたてご飯、豆腐、ワカメ、玉ねぎ、茄子などの具沢山の味噌汁、納豆・・などをいただいてきた。
 こうやって、朝を食べることができるのは、日常的なことではあるが、至福の時間にちがいない。




ものごころついた頃、我が家には水道と電気がきていた。

 外側が木製でできたラジオもあった。父は一人でよく聞いていたが、私には雑音が多くてあまり聞き取れなかった。
 母はカマドの前にしゃがんで割木を入れて火吹き竹で火を起こし、ご飯を炊いていた。

 洗濯は、外の溝の上で洗濯たらいと洗濯板と洗濯石鹸で衣服の汚れをゴシゴシと落としていた。
電気は、もっぱら電灯用で他に使用する電気器具はなかった。当時、電気製品などはあまりなかったのだ。それでも、たまにヒューズが切れたりして右往左往していた。

しかし・・・・・・

今や、我が家には普通乗用車が1台、軽自動車は3台もあって、台数だけでいえば中小企業の規模並みだ。
TV受像機だって二台もある。エアコンは3台。レンジも電気炊飯器も冷凍庫も冷蔵庫もあるし、パソコンも車と同じ一人一台として5台もある。

 だからといって、経済的に豊かだという実感はない。しかし、こうしてみると、ほんと、贅沢になったものだとつくづく思う。

 当時も今も「厳しさ」というのは同じなのかもしれないが、厳しさの中身がかなり違ったものに変質しているように思える。

例えば、当時は「頑張る」という行為が、多くの場合、そのまま「なんとか」なった。

 昨今の報道をみていると、啄木の歌の「はたらけど、はたらけど猶わが生活(くらし)樂にならざり、ぢつと手を見る」のように、「頑張っても」なんともならないことが多く見られるようになっていて、将来、どうなるのか、たいへん危惧している。

 子供たちのコミュニティも、小学生の頃から、スポーツ少年団やクラブ、同好会などが主流であり、子供たちだけで自由に遊びまわるということもなくなっている。
 
 私が経験したことのない、時代になりつつある。


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