土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
貞光町 うる覚えの記。はじめてのラーメン。
2010-07-11-Sun  CATEGORY: 貞光町
 午前7時起床。いつものように朝粥をいただく。

 午後からは、ひなたと一緒に「トイ・ストーリー3」を観に。
 はじめて3Dを見た。いや、すごい技術だと思った。もちろん、映画の方も、なかなかいい。
 私「おもしろかった?」
 ひなた「うん。おもしろかった。けど、最後の方は、夢に見ないようしよう」
 見る夢をコントロールできるのかいな・・・。

映画を見てから、家族全員で参院選の投票に。




はじめてのラーメン

 一般的には「ラーメン」と呼んでいるが、徳島では「中華そば」とか「支那そば」などと呼んでいた。
はじめて「中華そば」を食べたのは「きらく」という食堂で、父が連れていってくれた。
 痩せぎすで、逆二等辺三角形の顔をしたご主人が居られたように思う。

 場所は徳島県美馬郡貞光町の四辻庚申通りの西端部近く。隣は何を売っていたお店かは知らないが「柏尾商店」があり、そこには、輝くようなきれいな目をした同級生が住んでいた。

多分、小学校3年か4年の頃だったと思う。(・・というと約50年ぐらい昔のことになる)

 中華そばの中の「もやし」という野菜を食べたのもここがはじめてだったし、中華どんぶりのギザギザ模様も珍しかった。

 父の真似をして、胡椒を振って食べたので、最初のラーメンは胡椒辛い印象の方が強かった。

 この話とは、まったく、関係ないけれど、今は、ラーメンに胡椒は絶対にかけないし、うどんに七味だってかけない。

 今は「徳島ラーメン」がご当地ラーメンとしてそれなりに有名だが、当時は、ラーメンが食べられる食堂は少なかった。あったとしても、煮干でとったであろう、うどんのようなあっさりしたスープの中に、麺だけが中華麺の、まさしく「中華そば」だったのだと思う。

 吉野川の北にある低い山の連なりを一つ越えると、うどんの国「讃岐」。讃岐とは山と川を隔てていたけれど、貞光は「うどん文化圏」であったのではないかと思う。


スポンサーサイト
ページトップへ  トラックバック0 コメント0
コメント

管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
TB*URL
<< 2017/06 >>
S M T W T F S
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -


余白 Copyright © 2005  日々(いや、気のむくままに)読み書き. all rights reserved.