土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
夕日。そして、貞光町 うる覚えの記。おごま。
2010-08-23-Mon  CATEGORY: 貞光町
 午前5時35分起床。空模様は快晴。外気温25度の朝でした。 
 
 今朝は、炊きたてご飯、豆腐とワカメと茄子の味噌汁、古漬けのたくわん、納豆と海苔、濃茶をいただきました。

 外に出ると、熱気が地面から「もやーっ」と立ち上り、上からは焦げつくような太陽光線でした。

 今日の行縢山の夕日です。
むかばき夕日




貞光町 うる覚えの記。おごま

 おごま
 貞光町には、街、山、ところどころにお堂が建てられていました。全部で45ヵ所ほどあります。
 年に一回、護摩を焚いて祈念する「おまつり」がありました。それを「おごま」と私たちはよんでいました。

 親戚の家がある東山の白村に行くときは、ちょっとした休憩場所に利用していましたが「おごま」の時は、出店が出て、アセチレンランプの下で、おおいに賑わったものでした。

 白村堂
白村堂
映画「虹をつかむ男」に使われた引地堂
引地どう

 いずれの写真も貞光町史から転載しました。



 おごまで親戚の家に泊まりがけで行くと、親戚のおっさんが、必ず百円札を一枚くれました。普段は母親から十円玉一枚もらえれば御の字だったので、この百円札は大金でした。それを、にぎりしめて、親戚の子供たちとお堂に行って、いろいろなものを買ったりしていました。

 そういったこと、そのものを忘れてしまっていたのですが、HONDA 60,S CLUBさんのブログを拝見させていただき、思い出したような次第です。

 今も、昔から継承されてきた祭事を、こうやって大切に維持されていることに、深く感銘を受けました。
 とうの昔に、故郷を離れた者として、本当にありがたい事だと思います。




明日は、奈良から、未だ見ぬ知人が訪れます。明日の午後から明後日の午前中いっぱい、お仕事の邪魔にならないように、案内でもできれば、、と思っています。



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コメント

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おごま
コメントななに | URL | 2010-08-24-Tue 07:54 [EDIT]
かつて、町内のそれぞれのお堂で執り行われていた「おごま」の行事ですが、真光寺さんとこでは現在、私どもの大泉堂と白村堂そして岡堂の3箇所だけとなっています
このお世話役を行っていた青年団?も、御護符等を各家々へ配ることにより得られるお志によって、夜には盛大な酒盛りをするということが楽しみの一つでありましたが、そのおいしい風習も今はなくなりました
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