土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
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父親
2007-08-11-Sat  CATEGORY: 未分類

父親力

 自業自得理論で育てると、友達が何かをなくしても一緒に探してあげることができない。「なくした自分が悪いんじゃん」となるからだ。それは思いやりではない。

 一緒に探してあげて、その子の苦しみや悩みを共感できることが思いやりなのだ。まずは受容と共感が第一、しつけや指導はその次だ。



 事情があり、ひなたには父親が居ない。私は、祖父であり、父ではない。なので、当然のこと「じーちゃん」と呼ばれている。
 とはいっても、父親的な役割をしないといけないのだろうなあ、と、思っている。

 自分が、今の息子や娘を育てたころは、仕事が生活そのものだった。

 家人からは、市内の現場を担当していたとでさえも「うちの家は、母子家庭みたい」といわれていた。
 車で通勤しても20分もかからないのに、現場に泊り込みしていたこともある。帰りは午前3時なら早いほうで2,3時間寝て現場に戻る、そういった生活を続けていた。

 今から思えば、あれではいけないと、つくづく思う。
 でも、あの頃は、すべてのことに余裕が持てなかった。仕事の消化もせいいっぱいだった。

 それと、今でも、なかなか治らないのだが「自分が出きることは自分以外の者が出来ても当たり前じゃないか」という考え方だ。それを子供に求めるところがあるのだ。

 社員にたいしては、寛容で、求めないのに、わが子には、ついつい求めてしまう。
 社員に対しては、ほめてあげられるのに、わが子は、なぜか、ほめにくい。照れくさいものもあるのかもしれないが。

 これは違う。理屈では、間違っていることが分かっているつもりだ。でも、なかなかできない。。

 今からでも、是正できるようにやっていきたい、とは思う。
 
 ひなただけには、自然に、出来ているように思える。

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