土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
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釼山に登ったこと・・など。
2010-09-12-Sun  CATEGORY: 未分類
 午前6時15分起床。天候は晴れ。残暑厳しい日曜日でした。
 今朝は、白粥をいただきました。副食は、白菜の漬物のみです。

 今日は、ひなたの友人を連れて、みんなで大分の山中に栗ひろいに行ってきました。。。。。。。

 



徳島には剱山という西日本第二の高峰があります。標高1954.7m。
 
 貞光町や一宇村、木屋平村、西・東祖谷山村にとっては、シンボルの霊峰です。特別の思い入れがあります。

 吉野川、剱山は、校歌の歌詞にも定番のように使われています。

 私がはじめて登ったのは11歳の夏休み、父に連れられて登りました。
 
 貞光からバスにゆられて、一宇村桑平つづろ堂でバスを降ります。そこから、徒歩です。

 夫婦池を経由して見ノ越の寺で宿泊。翌日、行場を巡りながら、頂上まで登りました。

 行場には「蟻のとお渡り」「胎内くぐり」「鎖場」などがありました。ほかにもあったかもしれませんが私が記憶しているのは以上の三つだけです。行場とは、文字通り、行者さんたちが修行したポイントです。

 父は木屋平村川上で生まれ育ち、牧野富太郎博士のガイドをしたこともあり、剱山系には通曉していました。

 一回だけですが、木屋平口からも登山したこともありました。
 
 木屋平村川上の垢離取川には屋根のついた橋が架かっていました。そこから、富士の池、一の森を経由して山頂。帰りは、見ノ越から、間道を歩いて富士の池まで降りた記憶があります。
 

 冬は、友人と二人で頂上に登ったと同時にホワイトアウト状態になり、遭難しかけたこともあります。

 若気のいたりで、二回ほど、自転車で登ったこともあります。貞光町から見ノ越まで自転車に乗り、見ノ越から頂上までは自転車を担ぎ上げました。
 剣山頂

 今は、こんなことはできませんが、当時は平家の馬場(頂上の草原)を自転車で駆け回りました。

 今の頂上
 つるぎライブ2

今は、見ノ越から西島神社までリフトがあり、ちょっと歩くだけで2000メートル級の山を体験することができます。
 
頂上からは、京阪神のネオンサインや、伯耆大山も見えます。


また、登ってみたいものです。



 

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