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土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
貞光、長橋
2007-08-16-Thu  CATEGORY: 昭和の話
 貞光思い出控帳に刺激を受け、第一のパトリ、貞光のことを書いてみたいと思います。

 先日、長橋のことを書きました

 この長橋は、幼い頃は「つり橋」でした。大水で流されて、今の「潜水橋」に架け替えられました。
 つり橋のときは、車は通行できなかったのですが、潜水橋になってからは、自動車が走ることができました。
 貞光潜水橋


 このコンクリート製の橋の上では、父に連れられて夕涼みもしましたが、冬などは、この上でローラースケートで走って遊んでいました。
 当時、コンクリートで舗装したところは、あまりなくて、潜水橋の上は、コンクリートの仕上げもよく、理想的なスケート場でした。
 大きな車が来ると、避けられないので、橋にぶら下がったりして、いました。

 つり橋時代の写真を古いネガアルバムから発見してので、載せてみます。
 年代としては、私の兄が高校生の頃ですから昭和30年ぐらいだと思います。
長橋 貞光


 長橋の背景の山は、にっしゃま(西山)です。煙突は、製糸工場の煙突だと思います。

 こうしてみると、西山は、地すべり地帯のように見えます。今、思い出しても、貞光町の東西の山々は、どうも、典型的な地すべり地帯で、そこを利用して、東山や西山に人が多く住み暮らしていたのですね。

 
 
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コメント

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コメントcb72type1 | URL | 2007-08-17-Fri 08:32 [EDIT]
 私が生まれた頃にこの吊り橋は存在しとって、かわいい眼で見たはずなんですが、まだ脳にその記憶を留めておくことできなんだようです。
 写真では見たことがあったんですが、こんなに近くからの写真を見たのは初めてです。
 向こうに見えとる煙突・・・・阿川の酒屋はんとこにあった煙突とちゃうんじゃろか?
コメントG3 | URL | 2007-08-17-Fri 20:55 [EDIT]
>阿川の酒屋はん

阿川だと、もっと手前で、そして、もっと右側に見えるので、長橋の影に隠れていると思います。
 武市はん(元・県知事)とこの、近くにあった福島製糸工場の煙突だと思います。
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