土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
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フォークを聴きながら。
2007-08-18-Sat  CATEGORY: 地域社会
  今、ヘッドホンからは、NHK FMのフォークソング特集が聞こえてくる。
 なつかしい。
 よしだたくろう。NSP。高石ともや。フォークル。PPMの「(邦題)虹とともに消えた恋」の、悲しそうな歌声も聞こえてくる。

  いい。
 あの頃のフォークは、素直で、正直で、やさしくて、男らしくて、いい。

 フォークを聴きながら・・・・・




 時々、昔の映画を見ている。と、いってもほとんどが初めて、あるいは久しぶりに観る映画であり、新鮮に感じられる。

 今まで、見たのは「生きる」「天国と地獄」「野良犬」「浮き草」「椿三十郎」「東京物語」「あかひげ」「遥かなる山の呼び声」「蜘蛛巣城」「隠し砦の三悪人」・・・・。

 ほとんどが、白黒のフィルム。

 「天国と地獄」

 苦学生の犯人が住んでいる、貧民窟のような町並み。
 苦労して成り上がった被害者の住む、高台にある冷房設備完備の近代住宅。高級住宅の大きな窓からは、犯人の住む、蒸し風呂のようなスラム街が一望に見渡される。

 格差。まさしく天国と地獄。

 この映画が製作された1963年といえば高度経済成長の時代でだ。
 私は、小学校5年生。

 あの時代に、あのような映画が製作されたということも凄いことだと思う。

 私は、徳島県の田舎に住んでいて、しかも子供だったので、わからなかったのだが、当時の格差社会は、今よりも、すさまじかったのかもしれないな、と思いながら観た。

 でも、今と違うのは、当時は、社会全体に、希望のようなものがあった、そのような気がする。
 両親は、お金がなくて苦労したと思うけれど、子供だった私には、一切の心配はさせなかった。
昭和の子供たち



 周りを見渡しても、自分の家だけがことさら貧困だとも感じられなくて、みんな、貧しくて、でも、何かの希望があって、こつこつと愚直に努力していたのだと思う。


 今は「格差社会」といわれている。
 たしかに、そうだなと思う。

 ただ、この「格差」は、経済的な要因の格差が大きい。
 今の、格差社会は経済だけ考えるとすれば「希望」が見えない。

 地方が「希望」を見出すとすれば、地域コミュニティの再構築ではないだろうか。昔のような地域コミュニティの復活は無理なので、それを、少し、進化したコミュニティ。

 閉じられた円環だけのコミュニティではなくて、他のコミュニティとリンクされた円環。円環が、昔のテレビCMの三ツ輪石鹸のそれのように、円環と円環がつながっていくコミュニティ。

  そういうものが出来ないだろうか。


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