土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
砂糖の甘さ。
2010-10-08-Fri  CATEGORY: 未分類
 午前5時33分起床。曇り。外気温19度。 
  
 今朝は、炊きたてご飯、豆腐とワカメと玉ねぎの味噌汁、茗荷にすだち、納豆と海苔、たくわん、濃茶をいただいた。 




今日は、かなり重要なことの打ち合わせを、他社の方をまじえて話をした。



話は変わる。

 
 子供の頃は「砂糖」の甘さが好きでした。いや、恋焦がれていたぐらいでした。当時は、「体」がダイレクトな甘さを求めていたのでしょうか。子供も大人も、みんな「砂糖的な甘さ」を欲していたようでした。

近頃は「甘いものの摂り過ぎ」などと、やや嫌悪される砂糖です。でも、当時は貴重品で、鶏卵と同じように進物・贈答用やお見舞いなどにも使われていました。

 コーヒーなどは、角砂糖二つとか、スプーン3杯とか入れるのが常識で、今のように「ブラックで・・」という飲み方はまず考えられませんでした。飲み干したカップの底に残る、溶けきれなかった白い砂糖の残滓まで指先ですくいとってはペロリ。

「ああ、うまい」とつぶやいたものでした。コーヒの苦さより砂糖の甘さでした。

 羊羹でも、端部には砂糖の粒々が集中していて、その部分がいちばん美味いところでした。

 加川良さんの歌「下宿屋」にも、【♪湯のみ茶わんにお湯を いっぱいいれてくれて「そこの角砂糖でもかじったら」って言ってくれました】というフレーズもあります。

 母が五目寿司をこしらえるときも、沢山の砂糖をお酢で溶いたものを、寿司桶の中の炊き上がったばかりのご飯にふりかけてシャモジで手早く混ぜていました。その横で、私が、団扇であおいでいたりしました。

 とにかく、当時の「砂糖」は、今みたいではなかったように思います。

 砂糖水、あめ湯、ぜんざい、ぼた餅、団子、あん入り餅、砂糖醤油と焼きたての餅、太鼓饅頭、大判焼き、はったい粉、きな粉・・・・。

 いつから、私たちは砂糖を離れ、砂糖を摂ることにバリアーを張るようになってきたのでしょう。


 
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