プロフィール

G3(じーさん)

Author:G3(じーさん)



孫が居るので、そのまんまG3(じーさん)です。
 徳島県で生まれ育ち、宮崎県に住んでいます。
  地場中小建設業に勤務する、自称土木技術屋です。最近は、永く現場を離れているため、培われた「技術」も、かなりあやしくなっています。

 このブログで書かれた内容は、所属している組織の見解と必ずしも同一とは限りません。自分は、勤務先という種のなかで育ってきた個です。したがって、種である勤務先から大きな影響を受けています。そして、なにより、私は、今の勤務先が大好きです。

 でも、種は、なにも勤務先ばかりではなくて、自分は日本人であり、元・徳島県民で今は宮崎県民です。親兄弟、生まれ育った家、故郷、以前の勤務先、恩師、今住んでいる地域社会、家族、友人知人、書物、歴史上の人物、架空の人物、広くてうすい紐帯の皆様、明日出会うかもしれない人たち、とにかく、いろいろな方たちの影響を受けていますし、受けている途中でもあります。そして、日々変化しています。なので、すべての文責は自分にあります。

 また、恥ずかしげもなく、間違っていることを堂々と書くかもしれません。だから、そのときはメールなどでご叱責を賜りたいと願っています。悪い、と思ったら「こりゃ、いかん」と落ち込むぐらい反省をします。

●たかが資格、されど資格。

測量士補(測量士は2回受験したあと断念しました)

普通自動車免許

自動二輪免許(ただし400CCまで)


衛生管理者

労働安全コンサルタント(土木)

宅地建物取引主任者(ペーパードライバー)

乙種火薬類取扱保安責任者(実際に爆破作業に従事していたのは二十年以上も前なので、ペーパードライバー気味かな・・)

技術士(建設部門「施工計画、施工設備及び積算」)

技術士(総合技術監理部門)

一級土木施工管理技士(これで仕事していたものだ)

一級造園施工管理技士(ペーパードライバー)

二級管工事施工管理技士(これも、ペーパードライバー)

VEリーダー (これもぺーパードライバーだな・)

コンクリート技士

コンクリート診断士

土木では、 コンクリートと地質(土質でなく地質)が好きです。

●好きなもの、嫌いなもの。

【好きなもの】盆踊り、旅、渡し舟、縄文時代、近代の土木構造物、宮本常一の本、食べること、河川、フォークソング、加川良、高田渡、吉田拓郎、あがた森魚、サイモンとガーファンクル、書物、落語、講談、浪曲、映画、Web、餅ひらい、沖縄の音楽、活字・・・・・

【嫌いなもの】脱脂粉乳、蛇、卑怯な人、理不尽な人、薬、注射、弱肉強食。。。。。。。
 

※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません


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 ご許可いただけない場合はご連絡ください。


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DATE: CATEGORY:未分類
 9月3日は、ドラエモンの誕生日だそうですが、私も、今日が55歳の誕生日となっています。
 だから、どうっていうわけではありませんが、Mixiでは、沢山の方からお祝いのメッセージや日記に対して、お祝いのコメントをいただいています。
 ありがとうございます。

 ウィークタイト、広くて薄い紐帯。

 これが、ネットというつかみきれない世界に、何らかのメッセージを発信してきて、得ることができた、とても、大切な紐帯なのです。
 
 55年前の今日、私は、徳島の貞光町という片田舎で生を受けました。
 道幅は狭く、家々も入り組んでおりました。各家庭の庭に、垣根や塀などのある家は多くはありませんでした。

 貞光の街並み2


 なので、ちょっとした用をたすために、よそ様の庭を道路代わりに利用していた。

 私の住んでいた家も、建ぺい率は50%以下で、わりと広い庭がありました。母は花が好きで、庭の手入れをよくしていました。庭には、花壇があり、季節季節の花が色とりどりに咲き、柿、無花果、枇杷、木イチゴ、蕗、茗荷、サクランボなどの「食べられる」木々も植えられていました。

 そのなかにも通路があり、そこを近状の子供や親が、世間話をしながら、通っていました。

 なので、子供たちも、勝手によその庭で、かくれんぼしたり石蹴りしたりチャンバラして自由に遊びました。そのことに、怒るものは一人も居ませんでした。

 今なら「人様の庭に無断で侵入するとは」と目くじらを立てて怒鳴り散らしたり、警察に電話をかける人が居るかもしれません。でも、当時は、それが、普通の生活だったのです。

 昔は、人様の庭も道路と同じ共有地という感覚を全員が持っていたのではないでしょうか。

 庭を通行しても、ことさら「お世話になっている」ということも「お世話している」ことも、全く無くて、そのことが「当たり前」だったのです。

 しかし、数年前に故郷を訪れたとき、昔と同じ様に、岡本さんの庭から津司さんの庭を通って西側の通りに出ようと歩いていたら、岡本さんと津司さんの庭の境界に、立派な塀が造られていて通り抜けが出来なくて不便になっていました。

  時代の流れとはいえ、少し、淋しい想いがしました。

 いつからか、人様の庭を通るときに「遠慮」みたいな気持ちが働くようになり、現在のように、なったのでしょう。

 合理、便利、財産、車、家、そられを得る代償として、こういった伝統(?)を失ってきたのでしょう。



 
コメント

正福寺通り

 永井んくの家ん中にある道?を通り、谷のツヨシんくからつっさんくの庭へ出たり、畑の中を通って藤田みせへ出て行くのは、数ある帰り道の一つでした。
 この写真を撮った背中の方向にあった角の家で、よくピンポンダッシュをしました。

>ヒゲ(cb72type さん。

 >谷のツヨシんく
私は「つよっちゃん」と呼んでいました。
 ここに「つよっちゃん」の写真が載っています。
 下を向いて、ズボンをずり上げている少年が、
 ツヨシ君だと思います。
 強君は、元気にしているのかなあ。


見つけた!&お誕生日おめでとうございます。

今日、偶然にこのブログを発見しました!これからも、巡回させて頂きます。

ところで、遅くなりましたが、お誕生日おめでとうございます。

やぎさわさん。
 ありがとうございます。

 こんなところで、ひっそりと発信しています。(笑)

 これからも、よろしくお願いします。

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