土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
貞光町 うる覚えの記。 冬の貞光
2011-01-12-Wed  CATEGORY: 貞光町
午前5時35分起床。天候は晴れ。外気温0℃の朝。

TVのニュースで「各地でこの冬いちばん寒さ。氷点下4度を記録しました」と報じていた。

昔の貞光は、寒暖計が氷点下8度を示していたことを記憶している。マイナス6度前後まで下がるのはざらだったよう思い出がある。当時の家屋は、すき間だらけの上、暖房は火鉢か練炭ぐらいだった。しかし、今みたいに寒く感じていなかったような思いがする。

いろり 掘り炬燵 電気炬燵 ・・・・・・

雪が積もると、山道での「きんま」すべり。家の近くでの雪合戦、針金の先に木炭をくくりつけての雪吊り。みなで一回だけ「かまくら」も造ったこともある。
積雪


軒下にぶら下がる「つらら」を竹竿の先で折り取り、砂糖をまぶして食べたこともある。あまり、うまいものでもなかったが、そうやって遊んでいた。
凍結した雪道は、滑ってこけないように長靴の土踏まずのところにわら縄を括りつけて歩いた。
積雪の上に立ちションで「の」の字を書いた。

雪は、中学生の頃だったと思うが、30センチぐらい積もった。もう、すでに温暖化がはじまっていたのか、湿り雪のせいで重くて電線が切れて停電になり、百目ローソクを灯して夕食を食べたことがある。

学校は各教室の中央に石炭ストーブが置かれていた。
左上の丸い穴に、冬になると煙突が設置された。
教室


石炭当番というのがあり、朝早くから学校に来て、石炭置き場に石炭を取りにいき、マッチと新聞紙で石炭ストーブに火をつけたこともあった。
石炭ストーブの上には大きな蒸篭が置かれ、その中に、クラス全員の弁当を入れて置いた。こうすると、寒くても「ほかほか弁当」が食べられたのである。

こうしてみると、短期的には「温暖化」になっていると実感できる。


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