土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
熱血先生の言葉 2
2011-01-14-Fri  CATEGORY: 建設
午前5時30分起床。天候晴れ。外気温マイナス2度の朝。

風邪やら、インフルエンザやらが、部署内で流行っているようだ。
私は、いまのところ、なんともなし。
インフルエンザなどに、罹ってなるものか。

水戸の長谷川様から「ほしいも」が届いた。感謝!!。
「ほしいも」この甘さが日本人にいちばんあう。美味い。
今も、ほしいもをほおばりながらキーボードを叩いている。
ほしいも



熱血先生の言葉 2 (再掲)

◆「人と交渉するときは、相手がこういったら、こう言う。ああ言ったらああいう。そのことを考えて考えて、考え抜いてから、交渉の場に望め。」


◆「他社の社長の中には、俺のことを「鬼の○○」と呼ぶものもいる。また、「○○さんは研究会のために生まれてきたよう人ですね」などとも言うのも居る。冗談じゃない。こんな仕事は向いていないし、嫌いだ。本当の、俺は、ぜんぜんそうじゃない」


◆「上のものは、イヤなことは、自ら率先して出ていくものだ。俺もそうしてきた。」


◆「勉強しろ。自分自身のために、勉強しろ」

◆熱血先生が、社員に指示をするときは、必ず、詳細な理由を説明してからでした。なぜ、やらなければならないのかを、詳細に説明していました。一 方的に「これをやれ」と指示したことは、ただの一回もありませんでした。中には、会社の極秘事項に触れるような事もありますが、隠すことなく、きちんと説 明した上で、社員に指示をする、というものでした。


◆「俺は、一生懸命にやればいいという考え方だ。命がけで一生懸命にやったら、どんな結果が出ても悔やまない、そう思って事に当ったら、俺の場合、ほとんど、うまくいった」

◆「医者に行くことと散髪に行くのは勤務中でもよろしい。健康と身だしなみを整えることは仕事の一環だ」


 私をはじめ社員が、熱血先生が退社することを引き止めました。退社する決心をされてから、約三年間、引き止め続けました。

 しかし「人間は去り際が大事だ。惜しまれるうちに辞めさせてくれ。俺は、建設省に28年、今の会社に28年、60年近く働きづめに働いてきた。ちっとは、ゆっくりさせてくれ」

「建設省の28年よりも、会社に入っての28年の方が楽しかった。やりがいがあった。みんなと出会えてよかった。お前たちには、厳しい事ばかり 言ってすまなかった。みんな、大きく成長してくれたし、今は、何の後悔も未練もない。これから、情勢は厳しくなると思うが、みんなが力を合わせれば、絶対 に、大丈夫だ。心から、感謝している。ありがとう」が、最後の言葉でした。


 そして、つい、この間の言葉

◆「伊藤君。お前は、俺が仕事をやめたらボケるとか言っていたが、そんなことはないぞ。毎日、楽しく過ごしている。今は、やめてよかったと思っている。あのとき辞めさせてもらって、感謝している。あのまま、居たら、命は無かったかもしれない」


そして、退社する前に、社員に向けたメッセージ(原文のまま)

・・・・・・・・ざっくり・・・・・・・・

 【昔の教育を受けた人間として、“恥を知れ”“命惜しまず名をこそ惜しめ”“武士に二言はない”というように、言ったことは必ず守るという言葉が三つ子の魂として残っています。物、金、万能の時代に古いと思われるかも知れませんが、これが私の人生観です。

“人の出所進退において、もっとも大事なことは、私利私欲のないことと、時期をはずさぬことである。花は美しく咲きたい、そしていつまでも咲きつづけたい、と思うのは人情である。しかし、美しくといつまでもと二つ願うのは欲が深すぎる。古い人間かも知れませんが、つまらぬ意地を理解していただきたいのです。
 時機を失すると老いのみを曝すことになる!】




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