土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
県立貞光工業高校 土木科
2011-02-24-Thu  CATEGORY: 貞光町
午前5時35分起床。天候は晴れ。外気温8度の朝。





今年度いっぱいで、徳島県立貞光工業高校土木科と建築科が閉科になることを知った。
土木科は昭和38年に開設され48年で1491名の生徒を社会に送り出した。

私も、千四百九十一名の一人である。これからは、建築と土木が統合され「建設科」と名前が変わるそうだ。

 「これも、時代の流れか」などと悟りたくはないが、これも現実である。

 当地も、この町にある県立高校一校だけが、県内で唯一「土木科」として残っている。せめて、県内に一校ぐらいは「土木科」を残してほしいなあと願う。



 ふと、昔を思い出した。


 1年生のある日の昼休み。北側の廊下の窓から首を出して、なんとなく「ぺっ」と下に唾をはいたら、数人の3年生がタバコを吸っていて、そのうちの一人と目があってしまった。

 「やられる」

 あわてて首を引っ込めて教室に戻ったら、ドカドカと先輩たちが教室に入ってきた。
 「こらっ。今、唾吐いたのは誰か。出てこんか。顔は見とんぞ」とシーンと静まりかえった教室内をねめまわした。

 仕方ないなあと「自分です」と立った。

 「お、お前か。こっちこい」と連中に囲まれ、あちこち小突かれながら廊下に連れだされた。
 
 絶対にやられる、いやだなあ、と覚悟していたら助けが入った。

 何故か、私立高校に行っているはずの中学校の先輩のIさんが突然目の前に現れたのだ。

 「おい、どしたんか」と私に声をかけた。

 Iさんは中学時代から「ワル」で通っていた。私とは、柔道部の先輩と後輩の関係でよくしてくれていた。

 「あ、Iさん。」

 今まさに、私を殴ろうしていた先輩たちに「こいつは、わしが知っているものじゃ。何もすな」と注意して、先輩連中を連れてどこかに行ってしまった。

 風の様に現れ、風の様に立ち去った。

 あとから聞いたところによると、県下のやんちゃな高校生の中のボス的な存在になっていたらしい。


 ところで、私を殴ろうとしていた先輩だが、無事に卒業して隣町の建設会社に就職された。最初の会社に入社してすぐに再会したことがある。会って話をしてみると、本当は、後輩思いのやさしい先輩であることがわかり、学生時代との落差におどろいたことをおぼえている。
 
 ・・というようなことを思い出した。
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