土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
貞光町 うる覚えの記。 お好み焼き 井村
2011-03-01-Tue  CATEGORY: 貞光町
午前5時30分起床。天候は曇り。外気温12度の朝。
 日めくりカレンダーは早くも3月1日になっている。まさしく光陰矢のごとし。大晦日まで10ヶ月しかない。

この頃、不調が連続している。ジリ貧、という文字がかけめぐっている。
 
 しかし、落ち込んではいられない。

 これから、である。




貞光町 うる覚えの記  お好み焼き 井村 のことなど。

我が家の近所に「井村」というお好み焼き店があった。
美馬セイヒツと天神屋の間の「天神小路」とよばれる細い道の東端に位置していた。

この写真の道の突き当たりにあった。

いむら今

当時の写真を探してみた。

あった。

これだ。

いむら

部分を拡大してみると・・・。
かくだい

 誰かが写っている。どなただろう。



 白い障子窓のすぐ左手に玄関があり「お好み焼き」ののれんが下がっていた。
 毎年、秋が深まると玄関に暖簾が下がる。秋から冬の終わり頃まで季節営業していたようだ。

 暖簾をくぐり引き戸をあけて店内に入ると、玄関の土間を改造して大きな鉄板が置いてあり、三方を囲むように長椅子があった。
 6人も入れば満員になるぐらいの広さ。ま正面には井村のおばさんが立ってお好み焼きを焼いた。
メニューは「卵焼き」「肉焼き」「肉玉焼き」「うどん焼き」「イカ焼き」などであった。焼き方は大阪焼きである。

「肉玉焼き」がいちばん値段が高くて、なかなか食べられなかった。
 当時の「肉」は高級品というイメージであった。

ソースは「甘口」と「辛口」が置いてあった。「辛口」はウスターソースだった。

兄が帰省するたび、友人たちと井村にお好み焼きを食べに行ったが、たまには、私もお相伴にあずかったりした。

 私、一人で行くこともあった。赤銅鈴之助の漫画本を読みながら、お好み焼きを食べた。
おばさんから「これ、食べみらんで」と、冷えて固くなった五目ずしにアツイ茶を注いだのを勧められていだいたことを今も憶えている。

 そういえば「街的ということ」という本に
お好み焼き屋は街の学校だ、と書かれていたが、そうなのかもしれない。


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