土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
流れの職人
2011-03-09-Wed  CATEGORY: 未分類
 午前5時30分起床。天候は晴れ。外気温3度の朝。

 ブログ更新が滞りがちである。

 


流れの職人のこと

 入社して右も左もわからないまま、はじめて回された現場は県発注の道路改良工事の現場である。
 急峻な山間に二車線道路を抜く工事で、この道路は、現在も幹線道路として供用されている。

 新米の私が少しだけ役に立ったのは、当時、道路曲線にはじめてクロソイドカーブが使われはじめた頃で、前の測量会社で覚えていたクロソイドの知識を伝達するぐらいであった。

 当時の施工方法は、ブルドーザーで掘削、押土をする工事で、硬い岩盤が出現するとダイナマイトを装填して爆破していた。

 今は、大型バックホウで掘削、ダンプトラックで運搬、岩盤は大型ブレーカーで破砕している。法面仕上げは、昔は手作業だったが、今はバックホウの職人技で平滑に仕上げる。


 爆破作業と法面仕上げは二人の「流れの職人」に依頼した。当時の労務単価は、おおよそ女性が800円/日、男性1500円/日だったのに対して「流れの職人」は3000円/日をもらっていた。

 施工中、硬い岩盤が出ると、削岩機で孔をあけてダイナマイトをつめて爆破する。あとは、斜面にロープ1本でぶら下がり、ピックハンマーやツルハシで、掘削したあとの斜面を平滑に仕上げていく。
 ピックハンマーのノミ先やツルハシの先端がまるくなると、鍛冶屋になって、コークスと吹子で真っ赤に加熱しトンテンカンと叩いて鋭くしていた。

 この職人たちは、元・鉱山夫だったようだ。私も、同じ飯場で寝泊りしていて、湯飲み茶碗の焼酎を前に、いろいろな話をしてくれた。

 昔は、ノミの先に玄能を風呂敷に包んで肩にかけて全国を旅したか。岩盤に孔を空けるときは、ノミ先を岩盤にあてて、ハンマーで叩いて孔を開けるのだ。
 削岩機などが普及していない時代は、ノミとハンマーだけで削孔していた様子がうかがえた。

 ある日、飯場の風呂に入った。浴室のガラス窓ごしに湯気の中に背中一面の彫り物が目に入り、入るのを遠慮したことがある。
 彫り物は、任侠の徒だけでなく、れっきとした職人も彫り物をしていたのだ。

 
 この職人さんからは現場で捉えた猪をさばいて、そのまま生肉を食べることを教えてもらった。猪の生肉は生姜醤油で食べたるのだが、やわらかくてうまかった。

 猪肉にジストマが生息していて危険と聞いたのは、後日のことで、ジストマのことを知ってからは食べていない。

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