土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
貞光町 うる覚えの記。 柔道対ボクシング。
2011-04-20-Wed  CATEGORY: 未分類
外気温6度の朝。晴れ。

 どうも、体調がよくない。
 胸焼けがする。
 食欲がない。

 でも、まだ、頑張れるように思える。

 原因はわかっている。でも、原因はいますぐ取り除けない。
 とりあえずは、やれるまでやるしかないのだろう。




 子供の頃、異種格闘技の試合を観たことがある。

 異種格闘技の試合は、猪木Vsモハメド・アリが最初ではない。
 多分、かなり昔からあった。

小説「姿三四郎」では、柔道の姿三四郎は空手やボクシングと戦っている。


小学校4年か5年生の頃なので、昭和37,38年、半世紀ぐらい前のことになる。
現・貞光駅の西側にあった広場の野外特設リングで行われた。多分、現在の貞光歯科の近く、現・貞光食糧の倉庫近辺のような気がする。

ここで何名かの友人たちと、柔道VSボクシングを観戦した。私たちは入場料(いくらか忘れた)を支払いリングサイドの近くで見た。後ろを振り返ると、街道を挟んだ南側の山の斜面には、大勢の人たちが貼りついて、こちらを見物していた。

前座は小人(こびと)のプロレス。六人のタッグマッチ形式の試合で、動きが早くて面白い印象があった。

いよいよ、メインイベント。

初めて間近で見る外国人選手らは、体が大きくて赤身かかった胸毛や金髪や青い目が鋭くて、強そうに見えた。
試合前のシャドーボクシングのときの「シュッ、シュッ」という音が印象的で、対戦する日本人柔道家を威嚇していた。
対する柔道家の人たちは、痩せて小柄で貧相に見えたが表情だけは精悍だった。

私たちは、もちろん、日本人を応援するのだが、はじまってみると、ボクシングのほうが圧倒的に優勢で、額から流血している柔道家もいて、なんとなく日本人の体格的な弱さを見世物にしているように思えて不愉快だった。どちらが勝利したのかは覚えていないが、ボクシングのほうが優勢で、現実を教わったような気がした。

思えば、こういう類の見世物はよくあった。
祗園さんのまつりのときは、手刀で自然石を割ったり、板の上の五寸釘を額で打ちつけて貫通させる荒業なども見られた。

 こういった芸(芸か?)は、小学校の講堂で全校児童を集めて見せたくれたりもした。今なら考えられないが。当時の先生方は、融通のきく方が多かったのだろう。




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コメント

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空手チョップ
コメントななに | URL | 2011-04-21-Thu 06:51 [EDIT]
小学校の講堂での石割興行は見たことがあります。
しかも事前に、先生にこのぐらいのと両手で大きさを示しながら、割られることとなる石を近くで探してくるよう言われたのを覚えています。
また、中学校の運動場でも、博覧会みたいなことやリングを設置して柔道の試合なんかをしていたことも覚えています。
柔道
コメントG3 | URL | 2011-04-23-Sat 08:41 [EDIT]
>リングを設置して柔道の試合なんかをしていたことも

東京オリンピックに出場した貞光出身の藤田選手が、全日本の選手と一緒に来て、デモンストレーションしたような記憶があります。

 また、中学校の柔道のK先生と、外国人の選手との試合も観ました。
 残念ながら、ヘーシングが神永選手が負けたように、体格差で負けて、くやしくてたまりませんでした。
承認待ちコメント
コメント | | 2011-04-23-Sat 16:46 [EDIT]
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