土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
世々の道にそむかざる事。
2011-05-09-Mon  CATEGORY: 災害
 午前5時35分起床。晴れ。外気温20度の朝。

 


これからの宅地は、地形なりに街をつくる、コンターライン・シティが望ましいといわれている。
コンターラインとは五万分の一の地図などに描かれている「等高線」のことをいう。つまり、等高線に逆らわないで無理をしないで現地に合わせて造る、という意味合いだ。

 山地を走る道路、以前は、コンターラインに沿って設計し、施工していたので、くねくねとカーブが連続し道路勾配もきつかった。それは、多分、工事費を抑えるだけでなく、今みたいな機械力がなかったので、当時の施工能力にあわせていたという一面もあるかもしれない。

 しかし、今や、違う。
 建設機械の能力や関連する土木施工技術の向上により、コンターラインのことは、あまり考えないで、真っ直ぐで幅員の広い高規格道路がどーんと山の中に造られている。

 一方、林道工事などは、今もコンターラインに沿って造られている道が多い。幅員4~5m、切土面の勾配はそびえるような急傾斜で造られている。一般的にいえば、こういう設計は、自然災害には不利だし、いつ崩れてもおかしくないように見える。
 しかし、以外と壊れていない。

 元々の自然地形を生かしながら造られているからだと思う。
 
 ここまでくると、高校生の頃読んだ、吉川英治の宮本武蔵、「法典ケ原」まで話は飛んでしまう。(この段は、なぜか、妙に、記憶している)

 武蔵は養子の伊織と二人で法典ケ原の荒地を開墾する。今まで相手を倒すだけの剣の修業の方向性を換える。自ら鍬をふるい、あわせて世の中に役立つ(開墾、治水)公共工事に、剣先を向けたのである。
来る日も来る日も、出水による被害を受けないように懸命に努力し、やがて完成を迎えた。しかし、達成感にひたる暇もなく、一夜の豪雨により、一帯は元の木阿弥、瓦礫地帯になってしまった。

そこで、武蔵(吉川英治)は云う。

 

「きょうまでおれは、土や水に対して、おこがましくも、政治をする気で、自分の経策に依って、水をうごかし、土を拓こうとしていた」
「・・・・間違いだった! 水には水の性格がある。土には土の本則がある。――その物質と性格に、素直に従いて、おれは水の従僕、土の保護者であればいいのだ。


 
 【世々の道にそむかざる事】

・・・・・と悟った。・・というのである。

 今は、建設技術の高度化、建設機械の大型、高機能化などで、施工技術は格段の進歩を遂げているが、今回の東日本震災をみると、いくら技術が向上していても、所詮は「人為」であり、基本は「法典ケ原」なのだろう。

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