土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
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59年目、そして38年目。
2011-09-06-Tue  CATEGORY: 未分類
秋の到来を実感できるような涼しい朝だ。

 耳をすませても蝉の鳴く声もわずかに聞こえてくるぐらいだ。そういえば、今年は蝉の声が例年よりも少なめだったような気がする。未だ、ツクツクボウシも聞こえてこない。

紀伊半島では台風12号により千年に一度みたいな大雨が降り甚大な被害をもたらせた。東日本震災に続き今回の災害。つくづく自然災害の多い国土だと再認識させられてしまう。



私はというと先日の9月3日が50代最後の誕生日であると同時に、住み慣れた徳島県貞光町から延岡に越してきた日でもある。

 38年前の9月3日の夜、免許取り立ての自分は、徳島県からファミリア1200クーペに乗り、高知県宿毛からフェリーで渡り、疲労困憊状態で延岡にたどり着いたのだ。
 
 

 とうの昔に、貞光で暮らした時間を追い抜き、延岡での時間のほうがはるかに長くなっている。それでも、原点は、徳島であり、貞光だと思っているところがあって、高校野球でも、どちらかというと宮崎県代表よりも徳島県代表を応援しているし、ラグビーなら、必ずといっていいぐらい一回戦で敗退する母校の貞光工業高校に声援をおくっている。

 もちろん、終の棲家は、家族の居る、長年住み暮らしてきた「ここ」である。でも、気持ちの一部は「貞光」にもある。未練たらしいように思えないでもないが、そうなのだから、仕方ない。

 38年目を迎えて・・


 私は今日まで生きてきました。
   ・・・・・略・・・・・・・
 そして、今、私は思っています。
 明日からもこうして生きて行くだろうと

 
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