土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
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昭和の食べ物 
2011-11-05-Sat  CATEGORY: 食べ物
例年10月、11月は「天高く馬肥ゆる秋」のたとえ通り、晴天が続く。

 だが、今年の10月、11月はどうだ。梅雨を思わせるような降りが続く。それも、この辺りだけに降る。


 


小学校の頃、現在みたいな給食制度は無かった。学校から遠い生徒以外は、昼休みに一時帰宅して昼食をとり再登校するのが日常だった。その中で、何日間か弁当をつくってもらって持参したことがあった。

 目的は、昼休みの時間に学校の裏山(熊野の森)で山遊びをするためだ。

 弁当を手早くすませた私たちは昼休みの短い時間を、森の中で楽しく過ごた。

 しかし、ある日、教師に見つかってしまった。

  怒られた。

 ペナルティとして、便所掃除1週間が与えられた。私と数人の仲間は雑巾を片手に真面目に罪に服した。


 弁当といえば、正月が過ぎると「餅のつけ焼き」を新聞紙に包んだだけの昼飯を持っていたことがあった。

「つけ焼き」は、焼いた餅の裏表に砂糖醤油をひたしてから再び網の上に載せて焼く餅だ。

 つけ焼きした餅は、時間がたっても固くならなくて柔らかさが維持される。でも、餅にくっついた包み紙を取り除くのが面倒で「ちょっとぐらいならかんまん」と、そのまま食べたこともあった。

 つけ焼きは、現在(いま)、食べても、最高にうまい!! 

 故郷、貞光の餅は、豊富なバリエーションがあった。

 形状では、丸餅 角餅 のし餅。
 
 種類では、白餅 粟餅 たかきび餅 よもぎ餅。

 そのほか、へぎ餅 あられ・・・があった。
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