土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
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運動会にて(がんのことなど)
2012-10-15-Mon  CATEGORY: 未分類
今日は、涼しすぎる朝である。故郷の「劔山1955m」では初氷が張ったとか。

もう、そろそろワイシャツを長袖に替える頃なのかな。長袖のワイシャツは袖口のボタンを止めねばならないので少々面倒だ。

 そういえば、抗がん剤の副作用が激しい頃は、袖口のボタンを止めることさえ出来なくて、家人にとめてもらっていたことがあったっけ。



昨日、日曜日はひなたの小学校の運動会があった。
運動会


前日の土曜日の夕方から場所取りに行き、体育館と給食室の間の屋根のある場所をキープした。屋根があれば、日差しを遮ることができるし、不意の雨にも対応できる。

家族全員で弁当を広げて食事をした。

運動会で流れる音楽も、様変わりしている。私たちの頃は、軍艦マーチ(守るも攻めるもくろがねの、浮かべるこの城 日ノ本の~である)だったり、童謡であったりしていたのが、この頃は今風のものが流れていて、それが、よく似合っていた。


 運動会で家人の同級の人と話をすることがあった。このご主人は、以前、当社に居られた私の先輩で、ずいぶん前に退社された人である。はじめて知ったが、昨年にがんでお亡くなりになられたとか。

 話を聞いてみると、結腸がんのステージ4であったらしい。手術をしたときには肝臓に一部転移していたが動脈の近傍の手術不能の場所で、抗がん剤治療を受けていた。

 結果的には、術後5年にしてご逝去された。最後の年には、体のあちこちに転移が広がり、効かなくなった抗がん剤をやめてから、体重が増加し、体調もよくなってきたので写真店で「遺影」を撮ってもらい、夫婦で温泉旅行などに行った・・というような話をしていた。

 「がん」は、抗がん剤の攻撃に対する新しい防御方法を獲得していく、つまり、次から次へと薬物耐性を身につけて最終的には効かなくさせる能力を持っているという。


 抗がん剤治療を続けたから5年を生きられたのか。抗がん剤治療の副作用で5年しか生存できなかったのかは、神のみぞ知るである。


 しかし、こういった副作用の問題は、すべての「がん患者」につきつけられている。

 私の場合、12月から今年の5月まで化学療法を受けたものの、副作用が激しくて中止しているようなところだ。正直いえば、もう、抗がん剤はイヤだ。あの副作用は一度経験すれば、もう十分である。まあ、副作用の軽い「ユーエフティ」なら、体調をみながら服用回数や量を自分でコントロールしながらなら、飲んでもいいかなあ、という気持ちもなくはない。

 三週間に一回、約8万円を支払って体調を崩すのは、ちょっと、待てである。

 基本的には生活の質(QOL)を大幅に低下させてまで、飲まない。

 あとは、来月の検診結果を見てからである。

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