土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
2012-10-19-Fri  CATEGORY: 未分類
涼しい、というより「うっ、寒」というような朝である。
台風が過ぎ去り、いきなり秋本番になったような感じだ。

今日、独楽吟というのを、はじめて知った。

幕末の歌人・国学者、橘曙覧(たちばなのあけみ)(1812~1868)の連作短歌。全52首。
橘曙覧は文化9年(1812)、福井城下の商家に生まれた。2歳で母と死別、母の実家で養育された。15歳で父を失う。
21歳のとき奈於(直子)と結婚。後に家業を異母弟に譲り、隠棲生活に入る。本居宣長に私淑し、その弟子で飛騨高山の国学者、田中大秀(おおひで)に入門している。福井藩主松平春嶽や重臣中根雪江らと親交を深めた。
『独楽吟』は元治元年(1864)、53歳ころの作品。極貧ながらも、日常の些細な出来事に楽しみを求め、その喜びを感動的に詠み上げている。明治になってからは正岡子規に絶賛され、斎藤茂吉などにも多大な影響を与えた。





たのしみは紙をひろげてとる筆の思ひの外に能くかけし時

たのしみは妻子むつまじくうちつどひ頭ならべて物をくふ時

たのしみは空暖かにうち晴し春秋の日に出でありく時

たのしみは朝おきいでゝ昨日まで無りし花咲ける見る時

たのしみは常に見なれぬ鳥の来て軒遠からぬ樹に鳴しとき

たのしみはあき米櫃に米いでき今一月はよしといふとき

たのしみは物識人に稀にあひて古しへ今を語りあふとき

たのしみはまれに魚煮て児等皆がうましうましといひて食ふ時

たのしみはそゞろ読ゆく書の中に我とひとしき人をみし時

たのしみは雪ふるよさり酒の糟あぶりて食て火にあたる時

たのしみは世に解がたくする書の心をひとりさとり得し時

たのしみは炭さしすてゝおきし火の紅くなりきて湯の煮る時

たのしみは心をおかぬ友どちと笑ひかたりて腹をよるとき

たのしみは昼寝せしまに庭ぬらしふりたる雨をさめてしる時

たのしみは昼寝目さむる枕べにこと/\と湯の煮てある時

たのしみはとぼしきまゝに人集め酒飲め物を食へといふ時

たのしみは客人えたる折しもあれ瓢に酒のありあへる時

たのしみは家内五人五たりが風だにひかでありあへる時

たのしみは機おりたてゝ新しきころもを縫て妻が着する時

たのしみは三人の児どもすく/\と大きくなれる姿みる時

たのしみは木芽煮して大きなる饅頭を一つほゝばりしとき

たのしみはつねに好める焼豆腐うまく烹たてゝ食せけるとき

たのしみは小豆の飯の冷たるを茶漬てふ物になしてくふ時

たのしみはいやなる人の来たりしが長くもをらでかへりけるとき

たのしみは庭にうゑたる春秋の花のさかりにあへる時々



橋本徹 → 佐野眞一→佐野眞一を師匠と思っている方のブログから→橘曙覧を知り興味を持ち→アマゾンで橘曙覧の著作物を調べたら→新井満を知り、新井満とは「千の風になって」だったことを思い出し→アンサーソング→万の土になった〜お墓参りに行こう〜 ・・を知った。

 風が吹けば桶屋が儲かるみたいにネットサーフィンは飛び続け、結果として思いがけない知識を得ることができた。

 なかでも、橘曙覧という幕末の歌人を知ったことが、いい。

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