土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
貞光中学校に想う。
2007-10-15-Mon  CATEGORY: 昭和の話
  卒業して40年になります。話が古すぎて合わないかもしれません。(笑)

 私は、馬出にある木造旧校舎で2年間、最後の1年間を現・校舎で過ごした、といったような世代です。

貞光中 旧校舎

 今の生徒数は知りませんが、当時は1学年がA組からD組まで4クラスありました。全校生徒数が500名ほどの大きな中学校でした。
 技術家庭の授業中に、そっと後方から抜け出して、屋上に上がって遊んで怒られたり、授業中に本で隠しながら弁当を食べて拳骨をもらったりしていました。

 現在の運動場は、元々水田が広がっていましたが、自衛隊が泊り込みで造成してくれました。なので、子供たちも運動場整備の作業に時々狩り出されて、大きな石ころをひらい集めたりしていました。
 写真は、当時の、未完成のグラウンドの写真です。
貞光中 新グラウンド


 ここで野球をしたりして遊びました。

 生まれ故郷の貞光は、今も、昔の建物や路地が残っています。町並みは、昭和そのものです。
貞光の街並み1


 聞くところによると、こんな田舎町にも、ヤマダ電気が進出してくるそうです。ヤマダ電気が店をかまえると、パートなどの雇用も生まれ、町に住む人たちも便利になることでしょう。

 しかし、故郷を捨てた私が、勝手なことだとは思いますが、できればヤマダ電機なんか、来てほしくない、そう思います。
 街の電気屋さん、そして、昔からのコミュニティや町並みを変貌させるのでは、という危惧があります。
 利便性がよくなる、雇用が生まれる、という半面、街の人々の生活、家族や近所のありかた、人間関係をも変質させながら今に至っています。パトリなき時代になっている現在をみていると、勝手な意見てすが、ヤマダ電機の進出にたいして、もろ手をあげて賛成したくないのです。



 
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