土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
美馬町のことなど。
2012-12-12-Wed  CATEGORY: 貞光町

 今朝も外気温は0℃であった高千穂はマイナス4.6℃とか。

 寒いはずだ。




貞光町だけでなく、美馬町のことなど。


 子供の頃「きたじ(美馬町)」では和傘が作られていた。大川(吉野川)の川原に沢山並べられていた風景を思い出す。

  こんなイメージ

 和傘


 
 今は、わざわざ「和傘」みたいに「和」と冠を付けないとわからないが、当時は「傘」であった。傘といえば、和傘であった。今の「傘」は「こうもり傘」とか「こうもり」などとよんでいた。

歌謡曲にもある。坂本九のそれである。
♪いつもの駅でいつも会うセーラー服のお下げ髪・・の歌である。その歌詞で「♪~ぬれてるあの娘 こうもりへ・・」にも使われている。

 当時、美馬町は和傘の生産は日本で2位だったとか。


 その美馬町の背後に低い衝立みたいに阿讃山脈が西から東へと続いていて隣県讃岐との県境になっている。そこに三頭山という目立つ山がある。隣町に所属している山だが貞光の人間にとっては、毎日、見慣れている山だ。あまりに身近すぎて忘れられそうな山でもある。遠くから久しぶりに帰郷すると、三頭山の山容をながめてはじめて「帰ってきたのだな」という実感がわく。三頭山はそういう山だ。

 三頭山に一度登ったことがあるが、貞光から一望できるように、三頭山からも貞光を一望できたのに心が動いた。
三頭山の山麓には、あの中央構造線(メジアンライン)が九州、四国、本州のフォッサマグナまで走っている。有名な活断層でもある。露頭も見られる。


その三頭山の山麓と吉野川に挟まれた狭い平地に美馬町の家々や耕作地がある。

美馬町は、古墳や、古いお寺が沢山。古い町だったと思う。

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コメント

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むかしむかし
コメントななに | URL | 2012-12-15-Sat 19:16 [EDIT]
いつだったか忘れてしまいましたが・・・
貞光駅でなにかの仕事をしていたときに、汽車から降りてきた夫婦とみられる高齢の方が、タクシーの運転手に「喜来の渡し」まで行ってくれませんかと頼んでいたのを思い出しました
何十年ぶりかに故郷へお帰りになったのかも知れませんが、そのご夫婦にとって美馬橋はどう映ったのだろうかと興味あるところでした
美馬町の和傘についてもすでにその後継者がなく、現在跡継ぎを募っているいるとか、育てているとかのTV報道があったばかりです
コメントG3 | URL | 2012-12-16-Sun 10:00 [EDIT]
ななにさん。
喜来の渡し、船の上から、美馬橋を工事しているのが記憶に残っています。

和傘ですが、今年、浅草で買いました。とても高価でした。でも、傘に当たる雨音、傘の油の香り、いいものです。
美馬町の和傘、復活してほしいですね。
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