土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
同じことのくりかえし
2013-04-11-Thu  CATEGORY: 未分類

手術して、まる1年と4ヶ月が経過した。
昨年の今頃は、ゼロックス抗がん剤治療の副作用がきつくなりはじめた頃だ。


体に現れる副作用は食べ物の味がわからない。和菓子の直接的な甘さ以外は何を食べてもボール紙を食べているようで不味い。最初の一口をくちに入れた瞬間、思わず顔をしかめるような痛みが口に広がるので、一口目を頬張るのがたまらなく嫌だった。

ほかには「頭がふらふらする」などの症状が出た。会社の階段を降りるときなど、手すりにつかまらないと転落するかもしれないという危惧があった。
手と足に、特に冷たいものに対して過敏になり、暖かくなっても、厚手の靴下と手袋はかかせない。散歩しても冷たいか風が首筋にあたると痛くて、散歩が続けられなかった。

両の手のひらは、カサカサして赤っぽい色になりところどころの皮膚がむけひりひりした。
指先は細かな動きをしようとすると筋肉が引きつって動かなくなり、ワイシャツのボタンは一人では止められなかった。
足の裏は、赤っぽく、皮膚は象みたいになり、皮がボロボロとむけ、自分の体ながら、正視するのに抵抗を覚えた。
足指先は、すべての爪の中が内出血して痛んだ。シャワーの水滴が「ぽつり」と指先に当たるだけで「うわっ、痛いっ」と大声を上げる始末。靴下も指先に触らないように慎重に履いた。
朝晩は、手と足にクリームを塗り、足指先は化膿止め軟膏をぬり包帯で巻くのだが悪くなるばかりで、一向によくならなかった。

食べ物はおいしくなくても、空腹感は以前と変わらないので食べてはいたが、体重は減る一方で、一時は60kgを割るぐらいまでに近づいた。多分、抗がん剤は肥満を抑制する働きもあると思う。

抗がん剤の点滴を受ける日の朝は、病院に行くのが億劫で「行きたくないなあ」であり、薬を服用するときは「ああ、飲みたくないなあ」であった。
「まだ、我慢できる」「もう少しの辛抱だ」「肉を切らせて骨を断つ」などと言い聞かせながら治療(?)を続けた。



何回目かの検診のとき、足の裏を診た主治医が「薬、いっとき止めましょうか」と云われ、即座に「お願いします」と休止となった。


もし、再度、医師から薬の再開をいわれても「ちょっと考えさせて下さい」もしくは「いや、まだ休止させてください」と答えるだろう。



 現在は、時折、腹部の縫合跡が引きつったり、ごくたまに、内部の縫合箇所とおぼしき場所に軽い痛みを感じたりするぐらいである。あとは「がん患者」としての自覚など忘れて元気そのものに生活している。

今日は4月11日。
月日の流れが早く感じられる。つい三ヶ月ほど前の年末年始は故郷で正月を過ごしたばかりなのに、昔のような気がする。

 春が来て梅雨になり、暑い夏が来て、わたしの好きな秋が来て、寒い冬が来る。そして、また桜の花びらが風に舞う。

 考えてみれば、同じようなことの繰り返しだ。いいかげん退屈しそうなものだ。

 この、同じことのくり返しいちばんいい。

 日々、同じようなことを繰り返すことで居られるのは、幸せなことである。


スポンサーサイト
ページトップへ  トラックバック0 コメント0
コメント

管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
TB*URL
<< 2017/05 >>
S M T W T F S
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -


余白 Copyright © 2005  日々(いや、気のむくままに)読み書き. all rights reserved.