土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
 日々(いや、気のむくままに)読み書き
親子丼
2013-08-04-Sun  CATEGORY: 食べ物
はじめての親子丼



 生まれてはじめて親子丼を食べた記憶ははっきりと焼きついている。

 時期は、昭和38年の夏である。当時、愛読していた少年マガジンに「紫電改のタカ・・ちばてつお」の連載が開始された頃だ。
紫電改のタカ

この「紫電改のタカ」の最後は、主人公滝城太郎が仲間たちとともに、黒塗りの愛機に搭乗し特攻で出撃して帰らぬ人となり連載が終わった。
 この漫画は、当時流行っていた戦記物と違って子供心にショックな結末で戦争の悲しさを教えてくれた漫画でもあった。

 私たちは、自転車を「紫電改」になぞらえて、「そらっ、逆タカ落としだ」「弔い合戦だ」とか言いつつ、運動場内を転倒しながらも駆けまわして遊んだ。
 そのときに怪我した膝小僧の傷が化膿し治癒しないまま、貞光町は阿波踊り一色になった。


 その頃、貞光町の阿波踊りは松尾神社の境内にしつられた桟敷でがメインステージであった。

 桟敷の傍らで、父から「親子どんぶり、食べたことないだろう」と、父が食べるものを、もらって食べたのが「はじめての親子丼」だった。

 父は、その頃地元商工会の職員で、町の阿波踊り大会の仕事にスタフとして携わっていたのだ。スタッフにふるまれた夕食が、多分、親子どんぶりだったのだ。

 はじめて食べたのは、こんな上等な感じではなかったが・・・・。過日、食べた親子丼の写真。
親子丼

膝小僧の傷の痛さも忘れ、周囲の喧騒も耳に届かないまま、夢中で食べた、というより食らった。

 食べたみた感想は「こんな、美味いものが世の中にあったのか」という感激だった。

 で、今も、好きなどんぶりだ。

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