土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
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風呂
2015-08-04-Tue  CATEGORY: 未分類
元気です。いたって。




「風呂に入って死んだやつはおるけど、風呂に入らんで死んだやつはおらん。」



朝刊「折々の言葉」から。

 私自身、ベートーベンや宮本武蔵などの偉人たちとちがって風呂は好きだ。けっして風呂嫌いではない。それだけは云っておく。
ただ、昔から面倒くさいことは嫌いだった。なので「面倒くさい」と「風呂」と並べて「どっち取る?」となると、風呂を敬遠するような場面もあった。自然「風呂嫌い」だと回りからは誤解されていたようだ。

 (今は、毎晩、風呂に入っているし、万一、風呂に長期間入れなくても大丈夫だ)

 でも、人はなんで風呂に入るのだろう。なんで風呂に入らなければならないのだろう。

 私の憶測だが、多分、宗教的な儀礼からきているところもあるのではないか。
いわゆる「禊(みそぎ)」とか「垢離取り」が元々のはじまりではなかったろうか。日頃の罪や穢れや体の汚れを浄化して神前にお参りする。そこから「体を洗う」ようになったのではないか。それが、健康管理や快適な習慣が付加価値として生まれてきたのではと思う。

 ところで、この前、大分県緒方町に行った。
車で1時間ぐらいかる。
以前から「辻河原石風呂」という地名が気になっていて、そこをたずねてみたのだ。名前だけで推測すると、太古の阿蘇火砕流で風呂のような形で造られた河原の自然の造形を想像していた。ところが行ってみると違った。
人の手でこしらえた風呂そのものであった。


浅学で知らなかったが「石風呂」というのは昔から瀬戸内地方にいくつもあったという。
ここの「辻河原石風呂」も石風呂そのものであった。今でいう岩盤浴だ。瀬戸内から、こんな内陸地域にどのようにして伝わってきたのか、それともどこかからか伝来したのか、そんなことはわからないが、とにかく風呂であった。
いし

中世(1600年代)に、造られたサウナ風呂だ。かまどには、炭の燃えカスも残っていて、最近も使用した痕跡があった。
壁には「梵字」が彫られ、石塔もあった。
ふろ

やはり、風呂は「宗教」と密接な関係があるな、という想いを強くした。

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