土木建設業に従事していますが、専門分野のことは少なくて、昭和のこと、故郷・徳島のこと、延岡のこと、雑多なことを自分の記録として日記代わりに書いています。St.3bの「がんサバイバー」でもあります。
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はじめての現場。
2007-11-28-Wed  CATEGORY: 建設

  はじめての現場。
 はじめて本格的に現場を担当したのは、入社して二年目の秋であった。
 内容は、小さな樋管工事。堤防、護岸、河川工事のほとんどの工種がすこしずつ、計上されていた。
 もらった図面は、枚数が30枚ぐらいあった。

   入社するまでの私は、舗装会社に二ヶ月居て、そのまま自転車で一人旅。旅から戻ると、いわゆるプー太郎暮らし。自転車に乗ってあちこち。時刻表とバッグを持って各駅停車に飛び乗り、あちらこちらの旅。
 そのあと、縁あって、創業したばかりの小さな測量会社に入社。この、会社で1年とちょっとお世話になり、今の会社に。
 なので土木工事の実務経験はゼロに近かった。

 それが、建設省発注の図面30枚の現場を一人で担当させられた。
できること、といえば測量ぐらい。
失敗につぐ失敗。
今から思えば、会社も、私も、無謀極まりない、と思う。素人同然で仕事をしたのである。

当時は、直営作業。
鋼矢板の打ち込みも自分でやった。
十数本の水中ポンプの設置も自分でやった。
ブルドーザーやバックホウも操作した。
釘袋を下げて大工の応援もした。
鉄筋組み立てもやった。
帰宅し、布団に入っても、次から次に現場の情景が浮かび、眠られない日々が続いた。
当時の私は、現場をやっていくことだけでいっぱいいっぱいだった。
家庭など、振り返る余裕もなかった。

よう、やったものだ。今なら、考えられない。
今は、バックホウの操作もできない。第一、免許を持たない。
ひなた以上の重いものは持てない。
まるで別人だ。

徹夜、突貫で、なんとか完成させたものの、熱血先生から、しこたま怒られたものだ。

 今でも、その構造物は、現役で共用されている。
 近くに行くと、なにかを感じる。
 当時の「不安」「夢中」「一生懸命」「完成した満足感」「熱血先生の厳しい怒り」すべてが、ないまぜになって、ふっとよみがえってくる。

 そのあと、同じように経験をいくつも積んだ。
 現場に出る前と完成したあとでは、体重が10キロも減っていた。

やがて、現場を管理しても体重が減らなくなり、布団の中で目を閉じても、現場のことを押しやって眠れるようにもなった。

 そして、今。
 そして、これから。




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